↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/70

第27話 静かな場所を探す前に

 翌朝、イレナがヴァルネ周辺の地図を居室へ運んできた。

 地図にはヴァルネ周辺の村と街道が描かれている。

 森の広がりと川の流れも分かり、机に広げると、机の半分ほどを占める大きさだ。


 イレナによれば、領主館が物資の運搬や周辺の警備に使っている物と同じものらしい。

 荷車や警備兵が通る街道は詳しく描かれていたが、森について分かるのは木々がどこまで続いているかだけで、奥の地形までは記されていなかった。


 敷物では、リーネが布の鳥を両手で持ち、黄色い翼を揺らしていた。

 ルヴェンは窓台から机へ移り、地図に描かれた森を眺めている。


 昨日決めたとおり、リーネを連れ出す前に、私が先にリーネの暮らせる場所を探す。

 そのために必要な条件を、地図で確かめることにした。


 以前の私なら、人間のいない森と水場があれば候補に入れただろう。

 だが、リーネが暮らすなら、静かなだけでは足りない。乳を飲む時期が終わっても、人間の言葉や暮らしから遠ざけるつもりはなかった。


 「人が少なく、夜まで静かな場所がよい。水も近くで得られなければ困る」


 イレナは川と森の位置に、小さな木片をいくつか置いた。


 「乳と布、薬を定期的に運べる道も必要だ。冬に荷車が通れなくなる場所は外せ」


 「大きな街道沿いを避けながら、荷車が通れる道を残すとなると、候補は限られます」


 『森の奥へ入るほど、人の声は減りましょう。ただし、人の暮らしからも遠ざかりますな』


 それでは北緑館を出ても、リーネを人間社会から切り離すことになる。


 「村や街道に近すぎず、それでも人間が行き来できる距離にしろ。それから、何かあれば私が北緑館へすぐ戻れる場所だ」


 北緑館には、リーネの世話を手伝ってきたシスターたちがおり、乳や薬を届ける仕組みもある。

 新しい場所で乳や薬が足りなくなった時、すぐ北緑館へ戻れなければ、リーネを待たせることになる。


 イレナは木片を三つまで減らした。

 一つはヴァルネ西側の川に近い森、一つは北側の深い森、残る一つは前線方面へ続く道から外れた林に置かれていた。


 西側の森には水があり、冬も荷車が通れる。

 だが、近くの街道を商人と農民が頻繁に使うという。


 「戦が続いている間は、ヴァルネから王国軍の前線へ物資を運ぶ荷車もこの街道を使います。昼だけでなく、夜明け前から列が通ることもあります」


 「朝から荷車が通る場所では、北緑館と変わらぬ」


 川沿いには洗い場もあり、近くの村から人が集まる。

 水があるという条件だけなら満たしていても、静かな生活には向かなかった。


 北側の森は村から遠く、普段は静かだった。


 『地図の通り森が残っているならば、精霊へ尋ねることもできましょう』


 「ただし、雪が積もる頃には道が細くなります。乳や薬を運ぶ荷車は、途中で止まる可能性があります」


 それでは、リーネに必要な物が天候次第になる。

 私一人なら道が雪に埋もれても困らないが、人間が荷車で通れなければ、同じ場所で暮らすリーネには関係がある。


 三つ目は川から近く、周囲に大きな村もない。静けさと水については、最も条件に近かった。

 一方で、少し離れた場所に前線方面へ通じる道がある。


 森との間には丘があり、普段なら街道の音も届きにくいという。

 しかし兵がまとまって通り、野営地や荷置き場が作られれば、その静けさが続くとは限らない。


 「戦が続いている間は、兵と荷馬車が増える可能性があります」


 「地図だけでは決められぬな」


 道から離れた場所まで音が届くか、森が荒れていないか、飲める水がどこにあるかは、描かれた線では分からない。

 精霊が穏やかに行き交う森かどうかも確かめる必要がある。


 川が描かれていても、水が濁っていないとは限らない。

 森の広さが十分でも、倒れやすい木や獣の通り道が寝床の近くにあれば使えない。

 リーネを連れて移る前に、私が見るべき物は多かった。


 「三か所とも、私が現地を見る。もちろんだが、リーネは連れていかない」


 リーネが布の鳥を持ち上げ、机の方へ倒した。

 鳥の黄色い翼が地図へ乗ったが、木片には触れていない。

 私が鳥を返すと、リーネはまた翼を握った。


 『森の精霊と水の流れでしたら、わたくしにも確かめられることがございます』


 「現地を確かめに行くとしても、リーネに乳を飲ませる時刻や昼寝の時間までには館へ戻る」


 同行者も、確認する順番も、出発するまでに決めればよい。

 実際の場所を見てから、リーネが暮らせるかを判断する。


 候補地で確かめることを記録帳へ記そうとした時、館の外で馬が止まった。

 続いて複数の靴音が玄関前へ集まり、外周の警備兵と短い言葉を交わす。

 乳や布を届けに来る時とは、人の数も足音も違っていた。


 普段の訪問者なら馬は館へ続く道の手前で止められる。

 今は複数の馬が門の外に残り、一人だけが急いで玄関まで入ってきた。


 「領主館より軍務連絡。イレナ・ヴァルク殿へ火急の通達です」



 ◇



 扉の外から声が届いた。

 イレナが応じると、軍装の伝令が一人だけ入室した。

 そして伝令はイレナへ封書を渡した。


 「前方の防衛線が突破されました。ヴァルネはただちに防衛体制へ移行します」


 扉の外にいたシスターが、驚いて別のシスターを呼んだ。

 応じる声が重なり、廊下を急ぐ足音が続いた。


 「敵軍が北緑館まで来る可能性はあるか」


 私が尋ねると、イレナが答えた。


 「城壁と防衛部隊が持ちこたえれば、ここまでは来ません。ただし、必ず防げるとは申し上げられません」


 イレナは封書の内容を確かめ、伝令へ必要なことだけを聞いた。


 「敵の進行方向は」


 「ヴァルネ方面です」


 「兵数は」


 「正確には不明です。少数の偵察隊ではありません。前線を破った部隊が含まれています」


 追撃に出た王国軍の部隊とも、すでに連絡が途切れているという。

 敵軍がいくつに分かれているかも分からず、伝令が断定できるのは進行方向だけだった。


 「到達まで、どの程度と見ている」


 「最短なら翌日。進み方が遅くても、数日以内にヴァルネ周辺へ達する可能性があります」


 敵軍がヴァルネを最終目的としているかまでは分からないという。

 ただ、軍事と補給を担うこの都市へ続く道を進んでいる事実は変わらなかった。


 イレナが、伝令の持参した簡易図を開いた。

 イレナはそこに記された進路を、黒い木片を使って先ほどの地図へ写した。


 簡易図には、破られた防衛地点と、最後に敵軍を確認した街道だけが記されている。

 イレナは川の曲がり方と道の分岐を照合し、黒い木片を前線側からヴァルネへ向けて並べた。


 黒い木片は前線方面から軍用の街道に沿って並び、三つ目の移住候補地を示す木片に重なった。


 「三つ目の候補地へ向かえば、敵軍の進路に入ることになるな」


 「すでに防衛地域へ組み込まれています。残る二か所も、城門閉鎖と街道規制が始まれば、すぐには向かえません」


 先ほどまで三つあった候補は、どれもすぐには確認できない場所になった。

 西側へ向かうには城門を通り、北側の森へ行くにも軍が使う道を横切る必要がある。

 街の外へ出られたとしても、リーネの乳や昼寝に合わせて戻れる保証はなかった。


 「候補地探しは延期する」


 イレナも伝令も、私に戦うよう求めなかった。


 「敵軍がここへ来ないと分かるまで、リーネを残して出るつもりはない」


 候補地を先に探すのは、リーネを目的地のない旅へ連れ出さないためだった。

 そのために北緑館を離れ、リーネへ危険が近づいたのでは意味がない。


 静かな場所は、敵の動きが分かってから探せばよい。

 今は北緑館を離れない。


 敷物の上では、リーネが布の鳥を毛布へ押しつけていた。

 伝令の報告が続いても、その遊びをやめる様子はなかった。


 イレナは北緑館に関係する確認へ移った。


 「城門はいつ閉じますか」


 「入城待ちの者を収容した後、順次閉鎖します。主要街道も軍の管理へ移ります」


 「北緑館への乳と薬、それから外周警備への影響は」


 「搬入は可能な限り継続します。ただし、軍の荷車を優先するため、時刻どおりに届かない場合があります。警備は交代要員を増やしますが、館内へは入りません」


 「警鐘はいつですか」


 「日暮れと同時に、ヴァルネ全域の警鐘を鳴らします」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。