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【書籍化進行中】人間嫌いのハイエルフ、父になる  作者: 小狐


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第26話 人間の赤子は、すぐに育つ

 翌朝、居室の敷物に広げた旅支度は、片腕でも抱えられるほどだった。


 私の物は替えの外衣と記録帳だけである。

 野外で眠ることにも、食料や水の確保にも慣れている。

 必要になった物は途中で手に入れ、収納空間へ収めればよい。

 ルヴェンは大精霊なので、替えの外衣すら必要ない。


 残る荷はリーネの着替えと花の刺繍入りの毛布、乳を入れる瓶である。

 布の鳥も置いてあったが、リーネが敷物の上から持っていった。


 両手で鳥をつかみ、黄色い翼を口へ入れようとしている。旅支度に加わるつもりはないらしい。


 『主。本当に、これで出立なさるおつもりですか』


 「不足があれば道中で調達する。静かな場所を探すだけなら、十分だ」


 ルヴェンは畳んだ外衣よりも小さな荷を見回した。


 昨日の人間たちは、住む場所も決めずに出ることを問題にしていた。

 私には、先に旅程を決める必要が分からない。

 長い旅でも、寝る場所は日が暮れる前に選べば足りた。

 雨を避ける場所がなければ作り、道が途切れれば通れる場所を選べばよい。

 今回はリーネがいるので、乳と布を欠かさず、眠る時刻に合わせて休む。

 それで以前の旅より条件は増えるが、出発できない理由にはならなかった。


 『主とわたくしだけでしたら、異論はございません』


 「リーネの物もある」


 『鳥は、すでに持ち出されておりますが』


 リーネは布の鳥を振り、私たちへ「あぅ」と返した。

 返してくれる様子はない。

 出発する時に持たせておけば、荷へ戻す必要もないだろう。


 扉を叩く音がし、普段から乳や布を届けているシスターが入ってきた。

 シスターは、乳の瓶と洗い上がった布を収めた籠を持っていた。


 「おはようございます。今朝の乳と、乾いた布をお持ちしました」


 シスターはいつもの台へ瓶を置いた後、敷物の上を見た。


 「こちらは、何のご用意でしょうか」


 「旅支度だ。済み次第、ヴァルネを出る」


 シスターは引っ越しをやめるようには言わなかった。

 昨日から館の外が騒がしくなったことは、教会の者も知っている。

 今朝も乳を運ぶため、遠回りをして館まで来たはずだ。


 「では、この瓶もお持ちください。空になった瓶を洗う布は、こちらへ」


 シスターは乳の瓶を、私のすぐそばへ置いた。

 籠に残っていた乾いた布は、着替えと花の刺繍入りの毛布に重ねていく。


 リーネが清潔な布を一枚引っぱり、敷物の上へ広げた。

 シスターはそれを畳み直し、ほかの布とまとめる。

 続けて戸棚から、寝床に敷いていた柔らかな布と、寒さを防ぐ厚手の布を出し、清潔な物のまとまりへ重ねた。


 その隣には、使った布を入れるための空の袋を、清潔な物のまとまりから少し離して置いた。


 リーネはすぐに袋を抱え込み、布の鳥を押し込もうとした。

 黄色い翼が袋の口に引っかかり、どうしても中へ入らない。


 「リーネ様。それは使った布を入れる物です」


 「あぃ!」


 抗議するように声を上げた後、リーネは袋を放さず、布の鳥だけを引き抜いた。

 旅に必要な物を増やしているのか、シスターの仕事を増やしているのか分からない。


 「使った布と清潔な布を、一緒にはできませんので」


 「収納空間の中で離しておけばよい」


 「取り出す時に、どちらが清潔な布か分かる方がよろしいでしょう」


 それには反対する理由がなかった。


 シスターが薬を包んだ小袋を出すと、リーネが身を乗り出した。

 リーネの手が届く前に、シスターは小袋を乳の瓶のそばへ置く。

 代わりに清潔な布を一枚渡すと、リーネは袋を放し、その布を鳥にかぶせ始めた。


 シスターは空の袋を、清潔な布から少し離れた場所へ戻した。

 私のそばには乳と薬、敷物の中央には着替えと寝具、その脇には空の袋が並んだ。

 片腕で抱えられたはずの荷は、今では敷物の半分近くを占めていた。


 黄色い翼が隠れ、くちばしだけが出る。

 リーネはそれを見て笑い、また布を引き上げた。

 私には同じことを繰り返しているようにしか見えないが、本人は忙しそうである。


 『リーネ様の荷物だけで、ずいぶんな量になりましたな』


 最初は荷の横にいたルヴェンも、布が広がるうちに窓の下まで移っていた。


 「まだ入る」


 『収納空間の話ではございません。念のため伺いますが、あれは主とわたくしで分けて運ぶのでございましょうか』


 「荷物がこれ以上増えるなら、お前にも運んでもらう」


 『……なるほど』


 ルヴェンは窓台へ上がり、敷物の荷からさらに離れた。


 「もっと増えても、すべて収納空間へ収める。量にも重さにも限りはない」


 『それを先におっしゃっていただければ、わたくしも安心して眺めていられましたものを』


 「結局、お前が運ぶ物はない」


 『先ほどとは、お話が違いますな』


 シスターは、乳の瓶のそばに置いた小袋の説明へ戻った。


 「熱が出た時に使える薬です。乳と同じく、すぐ取り出せるようにしてください」


 「分かった」


 「乳も、どこでも手に入るとは限りません。村に山羊がいても、リーネ様にすぐ飲ませられるとは――」


 シスターは、今朝届けた瓶を見た。


 「静かな場所が見つかっていなくても、授乳の時刻になれば、リーネ様に乳を飲ませなければなりません」


 「知っている。必要な分を運び、得られる場所で補う」


 シスターは荷を増やすのをやめた。

 運ぶ量が問題にならないと分かると、今度は旅の期間を尋ねた。


 「旅は、どのくらいになるのでしょう」


 「決めていない。長くても数年だろう」


 『主』


 ルヴェンは、先ほどまでとは違う調子で私を呼んだ。


 「ハイエルフにとって、数年は長くない」


 シスターが答えた。


 「ですが、リーネ様はハイエルフではございません。殿下の旅支度は数年後もほとんど変わらないのでしょうが、リーネ様は旅の途中で必要な物そのものが変わります」


 シスターは、荷の一番上にあった着替えを広げた。

 北緑館へ来た頃の服は、もうリーネには合わない。

 今朝選んだ服も、いつまでも着られるわけではない。


 「数年後には、この服も毛布も、リーネ様には小さすぎます。乳だけを飲む時期も終わり、別の物を食べるようになります」


 敷物の上では、リーネが布に隠した鳥を見つけられず、上から何度も押していた。

 私が布をめくると、黄色い翼をつかんで嬉しそうに振る。


 「今はこうして遊んでおられますが、そのうちご自分で立って、歩きます。抱いて進もうとしても、降りたがるようになりますよ」


 シスターは、広げた着替えを荷の上へ戻した。


 「道で目についた物へ近づきたがり、周りで話される言葉を覚えます。どこで眠るかだけでなく、誰と暮らし、何を食べるかも、この子には毎日のことになります」


 「人間の子が早く育つことは知っている」


 『ご存じで、旅の年月には入れておられなかったのですな』


 否定はできなかった。

 昨日、私が数えていたのは、自分とルヴェンにとっての数年だけだった。


 出発する時のリーネに必要な乳と布なら、この部屋から持ち出せる。

 足りなくなれば補い、体調を崩せば休めばよい。

 だが、その世話が数年後まで同じではない。


 今は私が抱いて道を選べば済む。

 歩き始めれば、リーネ自身が立ち止まり、目にした物や聞いた言葉を覚えていく。

 行き先も決めず、通り過ぎていく場所でその時期を過ごさせることになる。

 それは、ヴァルネまでの数日の移動とは違う。


 「北緑館に残ってくださいとは申しません」


 シスターは、布の鳥を抱えたリーネの服を整えた。


 「ここが以前のように静かではないことは、私どもも分かっております。ただ、住む場所を探している間にも、この子は育ちます」


 リーネは私たちの話に構わず、鳥の黄色い翼を私へ差し出した。

 鳥を受け取ると、リーネは今度は鳥に掛けていた布を引き寄せた。

 何をしてほしいのかは分からないが、片方だけでは足りないらしい。


 引っ越すという判断を変える必要はない。

 変えるべきなのは、リーネを連れたまま、終わりの決まらない旅で住む場所を探す順番だ。


 リーネは、住む場所が決まるまで北緑館で暮らせばよい。

 私が先に候補地を探し、リーネが暮らせる場所だと確かめてから連れていく。


 「ならば、リーネを連れ出す前に、私がリーネの暮らす場所を見つければよい」

読んでいただきありがとうございます。

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