第21話 王女と大司教、北緑館へ到着する(後編)
王女の侍女と書記官、大司教の補佐司祭と記録官は別室へ案内され、近衛と神殿騎士は門の外に残った。
居間へ入ったのは、面会に必要な三人だけだ。
私はリーネを抱いて中央へ座り、王女と大司教を左右へ同じだけ離して座らせた。
ギルベルトは二人より少し後ろに控えている。
「ローディネル王エドヴァルド三世の名代として参りました。第二王女エレオノーラ・ローディネルと申します」
「聖灯教会教皇庁典礼院長、セヴェリン・サレスでございます」
「名は分かった。リーネに何が残るのかを話せ」
三人はお互いに顔を見合わせる。
内心、「端折りすぎないか?」とでも思っているような表情を見せていた。
エレオノーラは「では私から」と告げ、膝の上で両手を重ねた。
「リーネは洗礼以前からローディネル王国民です。その立場は今後も変わりません。アルヴァリス王家の庇護を尊重したうえで、王国はリーネの権利と将来を守ります」
王国が保証するのは、王国法による保護、医療と教育を受ける権利、成人後に財産と公的身分を持つ権利だという。
「王国がリーネの引き取りや親権を求めることはなく、アルヴァリス王家の庇護も否定いたしません」
王女が言い終えると、セヴェリンが口を開いた。
「洗礼を受ければ、リーネ様は聖灯教会の信徒として迎えられます。祈りと教義を学ぶ機会、祝祭と人生の節目における支援、困窮した際に教会共同体から助けを受ける権利を得られます」
教会もリーネの身柄を求めず、私へ改宗を迫らない。
アルヴァリス王家の庇護を否定することもないと続けた。
「ふむ。それで、お前たちは何を得る」
私のこの質問に、再度三人は顔を見合わせた。
内心、「え? そんなことここで聞く??」とでも思っているような表情をみせていた。
エレオノーラは、また私から言うのか?と言いたげに、「…では私から」と告げた。
膝の上では手がいつの間にか握りこぶしを作っている。
「王国は、自国民であるリーネとの関係を、王国とは別の組織だけに独占されずに済みます」
エレオノーラは言った後、横目で、次はお前の番だぞ、と大司教を睨みつけた。
「…教会は、これまで縁のなかったハイエルネリア王族の庇護下へ、最初の信徒を迎えられます」
「つまり両者とも、リーネを理由に私と連絡を取り続けたいのか」
「否定はいたしません」
「私も否定いたしません」
「…ふむ」
結局の所、リーネへ差し出すものがリーネにとって役に立つなら、相手が王国でも教会でも構わない。
もし気に入らないことになれば、私が関係を強制的に終了させればいいだけの話だからだ。
「リーネへ害がなく、役に立つ何かを提供し続けるというのなら、お前たちと交流もすることはあるだろうし、この縁も使うことだってあり得るのだろう。だが、それはお前たち次第だ」
二人は異を唱えなかった。
リーネはその間も、布の鳥の黄色い翼を折り曲げては戻している。
王家と教皇庁を代表する二人がこちらの返事を待つ間に、リーネは鳥を私の腕へ何度か打ちつけた。
布が触れるたびに翼が揺れ、そのリーネの行動に対して徐々に私の集中力はそちらに傾いていった。
そんな私の心情を三人は知る訳もなく、続いてエレオノーラが、将来のリーネの教育について切り出した。
「人間社会で必要な読み書きや法、生活の知識は、王国から教師を手配できます」
王女の言葉を聞いた大司教は、慌てて王女の言葉の後に続いた。
「し、信徒としての教義と、人の共同体における倫理は教会が担います」
エレオノーラは大司教を横目で再度睨みつける。
「宗教教育だけで社会のすべてを学ぶことはできません」
それに対して、舐めんな小娘、と言いたげな表情で睨み返した。
「王国の教育だけで、人の魂を導くこともできません」
そんな二人の内なる戦いをどうでもいい、と言わんばかりに私は言葉を遮った。
「リーネはまだ言葉も話せない。本人が何を望むか分からないうちから、先のことを勝手に決めるな」
片手で布の鳥を振り始めたリーネを抱き直し、二人へ告げる。
「必要になれば、王国の教師も教会の者も使う。選ぶのはその時だ」
『双方をお使いになればよい、ということですな』
「使えるものを使わない理由はない」
教育の話はそこで終わった。
続いて私は洗礼について大司教に質問した。
「洗礼で、リーネの身体や魔力に何か変化はあるのか」
「変化、でございますか。そのようなことは…ございません」
「病や呪いを防ぐのか」
「殿下、洗礼とは魔術的な防護を授ける儀式ではございません」
私は大司教の返答に戸惑いを覚える。
「……では、何を授ける」
「神への祈りと、リーネ様を信徒として支えるという教会の約束を授けます」
「…約束を洗礼と呼ぶのか?」
その時、エレオノーラが私の腰にある銀の印章へ目を向けた。
そこでエレオノーラが、話が行き違わないよう大司教に代わって補足した。
「王家の証書も、それ自体が剣を止めるわけではございません。しかし、その者へ剣を向ければ王国が責任を問う。その約束に意味がございます」
「……なるほど?」
いまいち理解できていない私に対して、ルヴェンが助け舟を出した。
『人間の祝福とは、力を直接宿すことではなく、守ると誓う者を増やす宣言なのでございましょう』
「なるほど。術ではなく、約束か」
リーネを守ると誓う者が増える。
人間の社会で生きるなら、その約束には使い道がある。
ただ、リーネの生命にも魔力にも、直接残るものはなかった。
「当日は、王国民であることを王家の名代として確認いたします」
「洗礼では、主宰者が最初にその子の名を尋ねます」
「リーネの名はリーネだ。順番で名や守りが変わるのか」
「「……変わりません」」
王女と大司教の返事が重なった。
「ならば手間が少ない方にしろ」
先に大司教が名を尋ね、王女が王国民であることを確認する。
その後、教会簿と王国の記録へそれぞれ記し、洗礼へ進むことで決まった。
続けて、私から実施の条件を伝えた。
「儀式中も私がリーネを抱く。触れる前には許可を求め、嫌がればすぐに止めろ。非公開の最少人数で行い、大きな音を出すな。授乳と昼寝を崩さず、短時間で終わらせろ」
さらに、王国も教会も、リーネを所有せず、親権も庇護も主張しない文言にするよう求めた。
エレオノーラとセヴェリンは、これらをすべて受け入れた。
リーネが口を開けてあくびをした。
布の鳥から手を離し、私の服をつかんで胸元へ顔を寄せる。
「もう終わりだ。眠いらしい」
王女と大司教は同時に立ち上がった。
ギルベルトもそれに続き、三人は声を抑えて退室した。
イレナは扉を閉めると、私へ向き直って深く頭を下げた。
「エレオノーラ殿下が、リーネ様を王国の都合へ巻き込むような物言いを重ね、申し訳ございません。王国に仕える者として、その非礼をお詫び申し上げます」
『人間は、リーネ様をどちらへお迎えしたかで競っておられるようですな』
「リーネはここにいる。どこへも行きはしない」
『左様でございますな』
リーネを寝床へ移すと、柔らかな上着の胸元が小さく上下した。
布の鳥は、眠る手のすぐそばに置いてある。
「……人間の洗礼は、本当に身体へ何も残さないのか」
『人の社会における立場と、守る者たちの約束は残ります。ですが、魔術的な加護はございません』
まだ安定しきらないリーネの魔力を確かめ、腰に下げた王家の銀の印章へ触れた。
普段と少し違う様子の主人を確かめるかのように、ルヴェンは傍に寄った。
『主。何かお考えでございますか』
「……何も考えていない」
人間の約束としては理解できた。
だが、リーネの洗礼としては、少しばかり足りない気がした。
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