第137話 リーネ、みんなをお迎えする
数日後、友達が遊びに来る日になった。
リーネは朝から落ち着かなかった。
ダリオからは、三人の親も訪問を了承したと連絡があった。
今日は夫妻がリタとカイル、バルト、エステルを連れてくる。
ヴァルネの市街から、森へ入る古い作業道を通ってここまで、馬車で二時間ほどだ。
まだ約束の時刻には早いのに、リーネは居間の入口へ行っては戻ってくる。
「パパ、むかえにいく!」
そろそろ下で待っていてもよい頃か。
私はイレナとルヴェンも連れ、リーネとともに風のフィルネと下級の風精霊たちに運ばれて地上へ降りた。
マルタ、セラ、ニナは家に残っている。
根元へ着いても、リーネは道の向こうを気にしている。
「まだ来ておらん。そう何度も見ても変わらんぞ」
私の声を聞いてこちらを向いたが、すぐにまた作業道をのぞく。
やがて木々の間へ馬車が見えると、リーネが真っ先に声を上げた。
「きた!」
馬車は大樹の根元近くで止まり、ダリオとクララが降りてくる。
続いてリタ、カイル、バルト、エステルが地面へ下りたところへ、リーネは駆け寄った。
「みんな、きた!」
「リーネ!」
リタも近づき、二人で手をつなぐ。
カイルは挨拶しかけたところで、大きな幹を見上げた。
「うわっ! でっけえ木!」
そばのバルトも、幹に沿って上へ続く階段を見上げている。
「これが、リーネの家?」
「うん! リーネのおうち!」
エステルは少し離れて、枝の間にある入口を探していた。
ダリオとクララの挨拶を受ける間も、三人は木から目を離さない。
「三人の親にも、ちゃんと許可をもらっております。今日はよろしくお願いいたします」
「ああ。来る前から、あの調子だ」
私がリーネを示すと、クララも笑った。
カイルはようやく家の入口を見つけ、上を指す。
「あんな上に家があるのか?」
「うん。あそこまで行くんだよ」
リタの返事を聞き、カイルは長く続く階段の下へ顔を向けた。
「なあ、どうやって上に行くんだ?」
「フィルネ!」
リーネが呼ぶと、近くにいた風のフィルネが飛んでくる。
淡い青白色の小獣が長い耳を動かし、羽毛に似た尾の周囲へ風を巡らせた。
「えっ!? 何だ、これ!」
「フィルネ! リーネの、おともだち!」
リタが手を振ると、風のフィルネも尾を振って応じた。
イレナが三人とダリオ夫妻へ声をかける。
「風の精霊が、上まで運んでくださいます」
『上まで運ぶよ!』
下級の風精霊たちも集まり、私たちの足元へ柔らかな風が満ちていく。
イレナが立つ位置と姿勢を確かめ、夫妻は子供たちのそばへ寄った。
私はリーネの手を取り、ルヴェンと一緒に風へ身体を預ける。
「うわっ! 浮いた!」
カイルの声へ、バルトとエステルの歓声が重なった。
「おれ、飛んでる!」
風のフィルネが先を行き、太い幹に沿って私たちも上がっていく。
バルトは風に支えられる身体の力を抜き、上の入口へ顔を向けた。
「すごい! あんなところまで上がるの?」
「本当に飛んでる!」
エステルも足元から顔を上げ、低くなっていく木々を眺めている。
リタは三人の声に笑い、リーネもつないだ私の手を揺らした。
「みんな、みて!」
太い幹に設けられた入口が、すぐ目の前まで近づいてきた。
風が弱まり、踊り場へ足が着くと、カイルは興奮した様子で入口を見上げた。
「すげえ……」
イレナが安全用の門を開け、一行を中へ通す。
子供たちが全員入ったのを確かめてから、私も後に続いた。
広い居間へ入ると、カイルが近くの壁へ寄っていく。
「ここも木なのか!」
生きた幹そのものが壁と床になっている。
バルトは部屋の奥を見渡し、エステルは木の床へ手をついた。
「中まで、全部木なんだ……」
「こんにちは。よくいらっしゃいましたね」
マルタが迎え、セラとニナも子供たちに笑いかける。
リタは挨拶を返し、リーネは居間へ置いた木の馬と木片を指した。
「おうまも、あるよ!」
だが、カイルたちは玩具より家を見ている。
三人が家の中を見回しているのを見て、リーネは外へ続く通路を指さした。
「みんな、こっち!」
リーネが先頭に立つと、リタと三人もその後についていく。
私とイレナ、ルヴェン、ダリオ夫妻も続いてバルコニーへ出た。
主生活階から張り出した広い床の向こうには、森の梢が遠くまで広がっている。
手すりには生きた枝が細かく組まれ、リーネがすり抜けられないようになっている。
すぐ下には、万一の転落に備えて外側へ少し張り出した、もう一段のバルコニーがある。
下段はマルタたち三人の居住階につながり、イレナも通路と階段を使って行き来できる。
普段はマルタやイレナがここでお茶を飲んでいるが、今日は子供たちの声が響いた。
「すっげぇ! ここ、秘密基地みたいじゃん!」
カイルが柵の手前まで進むと、バルトも隣に並んだ。
「向こうまで、全部森なんだ!」
「私も見たい!」
エステルも二人のそばへ行き、枝の隙間から森をのぞく。
リタは一緒に笑い、リーネがいつも見ている方を指した。
「リーネ、いつもみるの!」
子供たちが森を眺めているところへ、風のフィルネが飛んできた。
「さっきの精霊だ!」
カイルが声を上げると、水のネレアも透明な身体を揺らして近づき、地のドルムと火のカーナが後から姿を見せる。
「うわっ! まだいるのか!?」
「フィルネ! ネレア! ドルム! カーナ!」
リーネが呼んだ四体は、子供たちのところへ自分から寄っていく。
長い耳を追ってカイルが手を伸ばすと、風のフィルネはすぐ横へかわし、また指の近くまで戻ってきた。
「ははっ! こっち来いよ!」
『こっちだよ!』
手を伸ばした先から、今度は頭の上へ回る。
軽い風に前髪を揺らされ、カイルは笑いながらその場で向きを変えた。
風のフィルネも尾を振り、広い床の内側をくるくる飛んでいる。
その隣で、水のネレアがエステルとリタの前へ小さな水球を浮かべた。
エステルは水球へそっと指を伸ばした。
「わっ! 動いた!」
丸い水は指先を受けてくぼみ、離れるとまた元へ戻った。
エステルがもう一度触れようとすると、水のネレアの方から水球を寄せてやる。
『こちらにも、どうぞ』
今度はリタが触れ、水球が細長く伸びると、二人そろって笑った。
水のネレアは水球を二人の手元へ戻した。
バルトは、ゆっくり歩いてきた地のドルムの前にしゃがんだ。
丸い石獣の背には、苔と小さな芽が生えていた。
「触ってもいい?」
地のドルムは少し間を置き、差し出された手の下へ進んだ。
バルトがそっと背を撫でると、そこへ落ち着く。
「ほんとに、石だ!」
笑ったバルトがもう一度撫で、手を離すと、地のドルムはその手へ背を寄せた。
そこへ火のカーナがバルコニーの上の方へ浮かび、熱を抑えながら尾を大きく振った。
『どうだ! きれいだろう!』
「わあ!」
リーネが手を叩くと、カイルも水球をつついていたエステルも歓声を上げた。
リタの声まで加わり、火のカーナは胸を張って、もう一度尾を振る。
リーネは四体のそばから離れようとしなかった。
少し離れて眺めている私のそばには、ルヴェンが座っていた。
「ルヴェン。お前は一緒に遊ばんのか?」
『主。大精霊たるもの、あのように下界の人間と戯れるものではございません』
「……そうか」
澄ました顔の後ろで、大きな白銀の尻尾が左右に揺れている。
リーネの笑い声が上がると、その動きはさらに大きくなった。
「……ダダ漏れだぞ」
『……何がでございますか』
「尻尾だ」
ルヴェンは自分の尻尾へ顔を向け、慌てて動きを止めた。
だが、床へ下ろした尾の先は、まだ揺れている。
「ルヴェンも、あそぼ!」
こちらに気づいたリーネが手を振ると、尾先が一瞬止まった。
『……リーネ様がお望みとあらば、仕方ありませんな』
ルヴェンは立ち上がり、リーネの隣へ加わる。
尻尾は先ほどより大きく揺れている。
私はもう何も言わなかった。
◇
ひとしきり遊んでから、今度は近くの森を歩くことにした。
まだ遊び足りぬ様子だった子供たちも、森へ行くと聞くと、喜んで居間へ戻った。
私とイレナ、ダリオ夫妻、ルヴェンも一緒に、風のフィルネと下級の風精霊たちに地上まで運んでもらった。
大樹から離れすぎぬ森道で、リーネは葉の大きな木や、曲がった枝を友達へ教えている。
カイルが落ちた枝を拾い、エステルが大きな葉を見つけると、バルトとリタも一緒にのぞき込んだ。
私たちが付き添って一回りする間、子供たちの声は途切れなかった。
根元へ戻ると、カイルがもう一度、上にある我が家を見上げた。
「なあ! ここ、秘密基地にしようぜ!」
「ここ、リーネの家だろ」
バルトがすぐに答え、エステルも口を挟む。
「勝手に決めないの!」
「ひみつきち!」
リーネまで、嬉しそうに繰り返した。
……いや、家なのだがな。
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