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鴉の止まり木 —黄金のアウレリア外伝—  作者: 北峰


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第七話 鳥籠の番人

 事件からほどなく、マクシムは十二歳を迎えた息子を騎士見習いとして送り出した。

 配属先は北方警備隊――西セルディア国内で最も過酷な任地である。


 それも、成人するまでの四年間。

 ただ一人の跡継ぎを危険地に送るなどそうそう前例がないが、マクシムの意思は固かった。


「見習い期間が終われば、おまえは正式に騎士として叙任される。アウレリア様にきちんとお別れの挨拶をしておきなさい」

「……わかりました」


 少なからず疑問はあっただろうが、ユリウスは一つの文句も言わずに頷いた。

 よくできた息子だと、マクシムは改めて思う。


 理由もわからぬまま離宮に呼び寄せられ、見知らぬ少女の世話をそれから四年に渡って続けてきたのだ。自身も遊びたい盛りの子供だというのに、聖女の世話役を任せきりにしてしまった。


 ――聖女を連れ去った罪を償うために、我が子をも犠牲にしている。


 その事実が長い時間をかけてマクシムの内を静かに蝕んでいた。

 傍目には仲の良い兄妹のような幼馴染みに見えるだろう。だが、実際には鳥籠の雛とその番人という歪んだ関係なのだ。これ以上続けさせるべきではないと彼は判断したのである。


 無論、贖罪だけが理由ではない。

 このままそばに置いていては、いつまたユリウスが餌として狙われるかわからない。そして。


 ――これ以上、情が移ってはいけない。


 それが一番の懸念でもあった。




「ねえ、マクシム。どうしてユリウスは遠くへ行っちゃったの?」


 黄金の瞳に寂しさを浮かべて、アウレリアはそう尋ねてきた。胸の奥の痛みを隠しながら、マクシムは聖女に答えた。


「北方は歴戦の勇士揃いですからな。そこでしっかり鍛えてきてもらいますよ」


 それは決して嘘ではない。実際、常に蛮族との戦闘を繰り返している北側国境の軍団は国内最強と(うた)われているのである。

 聖女に嘘は通じない。だからこそ、彼は話せる事実だけを口にしたのだった。


「そうなの? じゃあ、戻ってきたらユリウスは強くなってるの?」

「ええ、それはもう」

「そうなんだ。次はいつ会えるのかなあ」


 アウレリアは遠い北の空を見つめながらそうつぶやいた。

 護衛騎士のマクシムは相変わらずそばに仕えてはいるものの、毎日遊んでくれた兄のようなユリウスはもういない。それでも見習い期間が終わればまた会えると信じ、その日を待っているのである。


 そのことを知っているからこそ、マクシムはいっそう真実を明かせない。


 ユリウスは確かに四年後、成人すれば騎士叙任のために王都へ戻ってくる。その時に帰還の挨拶程度の会話はできるだろう。

 だが、その後は別の任地へ着く。聖女の護衛はマクシムの任務。息子まで同じ護衛騎士に配属されることはない。


 それに何より、アウレリア本人が成人と同時に第一王子へ嫁ぐことが決まっている。そうなれば後は王族の親衛隊に護衛が引き継がれ、マクシムは解任される。

 アウレリアの成人まで、あと七年。それが彼らがともに過ごす残り時間だった。




 それから三年間、聖女離宮には穏やかな時間が流れていた。

 あれ以来、『鴉』の眼を恐れてか、聖女が狙われるような事件は起こらなかった。遊び相手を失った聖女にとって、その平和は退屈の極みだったろう。だが、彼女は溜息が増える以外にとりたてて変化はなかった。


「アウレリア様、何か欲しいものはございますか?」


 鳥籠の中で孤独に耐える少女が不憫で、マクシムはつい何かと気にかけてしまう。その孤独を作ったのは自分だとわかっているからこそ。


「ほんと? じゃあ、昨日の葡萄(ぶどう)、すごくおいしかったからまた食べたいな」


 マクシムの気遣いにアウレリアも察しているのか、彼女は決して寂しさや不満を訴えることはなかった。ただ一人そばにいる護衛騎士を父のように慕い、笑顔しか見せようとしなかった。


 聖女は鳥籠の中で静かに成長し、十二歳となっていた。

 初めて出会った時のような幼さは消え、次第に女らしい顔つきへと変わってきた。言動はどこか子供じみていても、時折見せる気遣いや、ふとした寂しげな表情に、マクシムは急に胸を突かれる。


(――あなたはいつも人の顔色ばかり見ているのね)


 不意に聞こえてくる、記憶の中の言葉。

 職業柄、常に人を観察する癖が抜けない彼に、そう溜息がちに放った妻の呆れ声が今でも鮮明に思い出される。


 ——どこか似ている。


 不敬な考えが彼の中にふと湧き上がり、彼は慌てて首を振った。

 亡き妻セウェラは自分と同じ黒髪に黒い瞳。黄金の聖女とは似ても似つかない。それでも――


 夫の周囲への強い警戒心を心配した妻。

 常にそばに寄り添う護衛を逆に気遣う聖女。

 どちらも人の心の機微に敏感すぎる。だからこそ彼は余計に離れられないのだ。


 聖女護衛を辞することは不可能ではなかった。だが、一人取り残された聖女の孤独を思うと、とても捨て置くわけにはいかなかったのである。

 ただでさえ、聖女はたった一人の親しい「兄」を失ったばかりなのだから。



 そうしてアウレリアがユリウスと別れてから三度目の春を迎えた時、永遠にも思えた平穏な日々は突如消え失せた。

 西セルディア国内を、疫病の嵐が襲ったのである。

ここまで毎日更新しておりましたが、少し修正作業に入りますので、次回更新は8/1(土)となります。

申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。

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