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鴉の止まり木 —黄金のアウレリア外伝—  作者: 北峰


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第三話 雛鳥と鴉

 「黄金の聖女」の存在は『鴉』によって確認された。

 あとはその娘を王室に連れていくだけだが、どう口実を設けるか、マクシムは悩まざるを得なかった。


 王命を盾に強制的に召し上げることは不可能ではない。だが、それを実行しては王室の名に(きず)がつく。


 レーナという名の娘は、両親がひどく警戒して、あの日以降は二度と家の外に出ることはなかった。このままでは偶然を装って娘にだけ声をかけるということもできない。


(――これではまるで盗賊ではないか)


 マクシムは己の行動を顧みてそう自嘲した。

 実際、娘を隠して守ろうとする両親から子供を奪おうとしているのが自分なのだ。いくら王命とはいえ、その手先となって働いていることに違いはない。


 もし娘を無理やり攫ってくれば、両親は間違いなく騒ぎ立てるだろう。村人たちはすでに黄金の娘の存在を知っている以上、王家が「黄金の聖女」を手に入れたとなれば、悪い噂は国中に広まってしまうかもしれない。


 娘の家を監視しながら様々な方法を考えた結果、マクシムは一つの方法を思いつき、慌てて打ち消すように頭を振った。

 『鴉』として裏側の仕事をこなしてきた彼が、ごく自然に思い浮かべた手段。


 ——娘の両親が邪魔なら、消せばいい。


 王命を遵守するなら、真っ先にそうすべきだった。だが、すぐに実行できなかったのは、怠惰でも臆病でもない。彼自身が子を持つ親だからでもあった。

 王室からの催促は日々繰り返される。このままでは不信感すら抱かれかねない。

 彼は決断を迫られていた。




 それからほどなくして、「黄金の聖女」の生家を含む村一帯は、盗賊の襲撃を受けた。

 盗賊はすぐに討伐されたが、小さな村の大人たちはほとんどが殺害された。


 奇跡的に生き残った黄金色の少女は、付近の教会に孤児として引き取られた。

 その哀れな娘を見つけ出し、養女として召し出したのが西セルディア王家であった。




 濃い日差しの下、いっそうまばゆく輝く黄金色に目を細めながら、マクシムはその教会を訪れた。

 聖なる色を持つ幼女の前に進み出て、彼は(うやうや)しく一礼した。


「――お迎えにまいりました、聖女様」


 黒装束を全身にまとった鴉は、黄金の雛鳥の前に降り立った。

 その称号が自分のものだと理解もできぬ幼子の手を引いて、彼は聖女を連れ去った。


「ねえ、どこに行くの?」


 マクシムの馬に乗せられ、幼い少女は物珍しそうにきょろきょろ見回しながらそう尋ねた。

 黄金色を隠すため、両親によって家に閉じ込められてきた少女は、外の世界をほとんど見たことがない。そのため、何の変哲もない田舎の細道でも充分に新鮮だったのである。


「……新しいお住まいでございます」

「そうなの? わたしのおうちは?」


 不思議そうな顔で見上げてくる少女に、マクシムは何も言えなかった。

 彼女の生家は盗賊に襲われ、焼け落ちてすでにない。だが、幼い子供にはまだ理解できていないのだ。――村も家も両親もすでにこの世にないことなど。


 そうして到着した王宮で、少女が真っ先に与えられたのは名前だった。

 アウレリア・ヴィオレーナ・セルディウス。

 アウレリア――(いにしえ)よりセルディア語で黄金を示す言葉。黄金の聖女にこそふさわしい、それが彼女の新たな名札になった。


「アウレリアってだれ?」


 突然そう呼ばれても自身のことだと理解できない彼女は、戸惑ったようにマクシムを見つめてきた。


「あなたの新しいお名前です」

「なんで? わたしはレーナだよ」

「……ここではそう呼ぶことになったのです」

「へんなの」


 首を傾げて笑うアウレリアと対照的に、マクシムの表情はますます重苦しくなっていった。


 ――黄金の聖女には「神の瞳」が備わっている。


 すべてを見抜くその瞳の前で、嘘はたちまち暴かれる。

 だからこそ、彼は言葉を慎重に選んでいたのだ。


 ――新しい名は、過去を上塗りするための道具。


 あえて王族名をヴィオレーナとしたのは、レーナという名に近づけることで記憶を曖昧にさせるためだろう。王家の狙いをマクシムは密かに察していた。


 王家はアウレリアを養女にはしたものの、最低限の養育以外に興味はなさそうだった。雇い入れた侍女も経験不足で、しかも「神の瞳」を恐れてほとんど口をきこうとしない。日に日に表情が陰っていく少女を見ているのがしのびなく、マクシムはついに息子のユリウスを王宮に連れてくることにした。


 この時、アウレリア五歳、ユリウス八歳。

 もし娘が生きていれば、ちょうど同じ歳である。


 冷たくなった我が子の小さな体を思い出し、マクシムは拳を握りしめた。普段は深い底に沈めている記憶に再び蓋をして、彼は息子を聖女に引き合わせた。

 年の近い子供がそばにいれば、少しは心が安らぐのではないかという、マクシムなりの苦肉の策であった。

 そうして初めて出会った護衛の息子に、聖女はこう口にした。


「あなたがマクシムの子なの? 初めまして。私はアウレリアって言うんだって」


 まるでその名が借り物のような、他人事の台詞。

 新たな名はすぐには馴染めないようであった。

 さすがにこのままというわけにはいかない。仕方なく、マクシムはユリウスにこう命じた。


「アウレリア様のことはできる限りお名前で呼ぶようにしなさい」

「……聖女様ではいけないんですか?」


 父の命令に、ユリウスは困惑した。

 アウレリアは養女とはいえ、形式上はすでに王族である。ならば、騎士の息子として礼節を重んじ、殿下の敬称か聖女の称号で呼ぶべきなのだ。

 それなのに、父はあえて「アウレリア様」と呼ぶよう告げた。


「アウレリア様はまだご自身のお名前に慣れておられない。おまえがよく呼びかけることで、しっかりと覚えていただかねばならん」


 苦渋に満ちた声でマクシムはそう命じた。

 本来ならば家族に迎え入れた王室がすべきことを、護衛騎士に任じられた彼が肩代わりしているのである。

 結果、この世から「レーナ」を抹消する仕事を一手に引き受ける結果となった。


「……わかりました」


 あまり理解できていない顔で、ユリウスはそう頷いた。

 その様子を見ながら、マクシムは静かに目を閉じる。

 息子をできるだけ自由にさせてやりたいと思っても、結局のところ『鴉』の血からは逃れられない。

 彼は、幼い我が子にも罪の片棒を担がせたのである。

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