第二話 鴉の血
マクシムの家系は代々、護衛騎士を拝命している。
現当主のマクシムは十六歳の成人と同時に叙任されて以降、ほぼ毎日王宮に詰めていた。
一方で、彼の父マグヌスはすでに騎士を引退しており、マクシムよりも孫ユリウスと過ごす時間が長かった。
「今日はおじい様と一緒に魚を獲りました!」
久々の非番の夜、遅くに帰ってきたマクシムのところへ、幼いユリウスは駆け寄ってそう報告した。すでに目は眠そうだったが、それでも父に会えるのを楽しみにしていたのだろう。一通り獲った魚の話をし終わると、ユリウスはそのまま眠り込んでしまった。
息子を寝台に運んで寝かせてやると、マクシムの父マグヌスが嬉しげな声をかけてきた。
「ユリウスはまだ幼いが、だいぶ筋がいいようだ」
褒められているはずなのに、マクシムは素直に喜ぶことができなかった。
「……そうですか」
「あの子は物静かで、周りをよく見ている。教えなくても生まれつきの素質だな。『鴉』の血かもしれん」
その言葉はマクシムの表情をいっそう陰らせた。
『鴉』とは、彼の家系が騎士の位とともに代々受け継ぐ称号。
だが、それは決して表に出ることはない。彼の一族が担ってきたのは、王家から直々に受ける「裏仕事」なのである。
それは決して人に明かせぬ、一族だけが知る秘密。マクシム自身も十六で成人するまで家業については知らずに来た。
だからこそ、ユリウスにも『鴉』の仕事に必要な技術は外遊びの延長として教え込むが、子供時代はのびのびと育ってほしいとも思っていたのである。
冷たい世情も、王家の非情も、知らずにいられるごくわずかな間だけでも――
(――ユリウスを……お願いね)
それが妻セウェラの遺した最期の言葉だった。弱々しくも毅然としたあの声が、何年経とうと彼の脳裏に鮮やかに甦る。
その約束を果たすためにも、彼は限られた平穏を息子に与えたかったのである。
妻セウェラを失ってから三年後。
『鴉』現当主の元に、一つの王命が下った。
それは、市井で発見された「黄金の聖女」の真偽を確かめ、事実であれば確保せよというものであった。
「……黄金の聖女、ですか。あの、神話でしか聞いたことのない」
命令を告げた官吏にマクシムは思わず聞き返していた。
黄金の聖女とは、このセルディア王国が東西に分裂する前、建国神話に登場する伝説上の人物である。初代のセルディア王が神の使いたる聖女から王権を賜ったとされ、その「黄金の髪と瞳を持つ聖女」は、この千年間一度も地上に顕現したことがなかったのである。
――その聖女が、このたび発見されたという。
「平民の娘を王室の養女に……?」
王家の方針を聞いたマクシムは首を傾げざるを得なかった。
本来、王家の血筋は王室の人間が継ぐもの。男子継承のため、妃は外から入れるにしても、国内外の由緒ある貴族の娘が嫁ぐのが当然であった。
だが、「黄金の聖女」のみは前提が異なる。
神の使いとされる黄金色を持つ少女。その血を王室に入れれば、子孫に同じく黄金の髪や瞳の子供が生まれる可能性が高まるのだ。
千年の歴史を持つ西セルディア王国は、三百年前の東西分裂後から疲弊の一途をたどり、今は全盛期の影も形もない。国教であるセラ教信徒の求心力を集めるには、黄金の血が不可欠だったのである。
実際、今の国王夫妻もその子らも、黄金と呼べるほどの美しい色は受け継いでいない。ならば外から強制的に血を入れる必要があるだろう。
こうして、マクシムは命じられるままに「黄金の聖女」の真偽を確かめに行った。
だが、それはそう簡単にはいかなかった。
その「黄金の聖女」はごく普通の平民の娘であるはずだった。
どこにでもあるような、粗末な一軒家で両親と五歳の娘の三人暮らし。そのはずが、何日かけて観察しても、一度も娘の姿を見ることができなかった。
しばらく観察を続けていると、近所に住んでいるらしい老婆が、「聖女」の母親に道端で話しかけてきた。
ただの世間話のつもりだったのだろう。娘のことを尋ねたようだったが、母親は表情を硬くしたまま一言だけ告げた。
「うちには娘などおりません」
それだけ言うと、母親は力強く玄関の戸を閉めた。
マクシムが『鴉』として調べた結果、その娘は死亡も転居もしていなかった。
どうやらその家では、娘を家の中に閉じ込めて外に出さないようにしているらしかった。
セラ教では、生まれた子供の名前と「色」を村の教会で記録することになっている。ゆえに、その娘は新生児の時点で「黄金」であることは確認済みであった。
ただし、赤子の髪や瞳の色は数年ほどは安定しない。ゆえに、本物の「黄金」であると認定されるまで、その娘はしばらく市井に放流されていたのである。
そして五歳となった今、「黄金の聖女」は本物であるらしいと村に噂が流れていた。だからこそ親は警戒して娘を家から出さないようにしているのだろう。
そのような状況で、見知らぬ他人が家を訪ねれば余計に警戒心を煽ってしまう。何とか一目だけでも本人を見られないものか――そう考えあぐねていた時、不意に家の窓から何かが飛び出してきた。
——まるで黄金の羽のような。
セラ教に伝わる神の化身、黄金鳥。その羽ばたきのように、彼の目の前を横切ったのは、まばゆい黄金の髪を揺らす少女の姿だった。
「レーナ! 駄目でしょう、外に出ちゃ!」
窓から脱走したらしい娘に、母親の怒声が飛ぶ。だが、それすらもおかしいのか、少女はくすくす笑いながら家の外へと駆け出した。
——ほんの一瞬。
すれ違った、瞬きするほどの合間。少女の目はそこにたたずむマクシムの姿を捉えた。
視線を向けられて、マクシムは思わず息を飲んだ。
光を受けた髪と同じ色。
まばゆいほどの輝きを放つ、その瞳。
目の前の少女は、「黄金の聖女」に間違いなかった。




