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覇王、煩悶す。  作者: 瀬綺ララ
第1章

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8/11

5-3

 ひとしきり俺に抱きついていた琴音さんは、スッキリとした顔つきになっていた。


「ほなウチ、原稿描いてくる! またな、はーくん!」


 バタン、とドアが閉じた。どっと疲れが押し寄せ、テーブルに突っ伏す。

 竜さんが出してくれたお冷を一気に飲み干し、濡れた口元を手で拭う。


「はあ……ご迷惑をおかけしました」

「いや、全然。熱愛シーンを見るのなんて初めてだったから、面白かったよ」


 竜さんは口元を手で隠して笑う。

 面白い、か。全く、この人もいい性格をしてるよ。


「君の奥さん、可愛い人だね」

「よく言われます」


 竜さんに褒められると悪い気はしない。

 

「それから……うん、情熱的な人だ」

「愛が重すぎて、ちょっと疲れる時もありますけどね」

「でも、そういうところが好きなんだろ」

「え、えへ、えへへ……」


 照れくさくなって愛想笑いを浮かべる。竜さんは舌打ちをした。


「やっぱり腹が立ってきたな」

「ちょっと。何ですか、その言い方は」

「羨ましいってことだよ。一昔前の言い方をするなら『リア充爆発しろ』ってやつかな」


 それからしばらくの間、竜さんは黙って作業をしていた。俺は皿の上に残っていたおかずを全て食べ終え、厨房に向かった。

 

「竜さん、皿」

「そこに浸けておいて。後で洗うから」

「手伝いましょうか?」

「いいよ。自分の領域に手を付けられるの、あまり好きじゃないんだ」


 犬を追い払うようなジェスチャーをされる。少し棘のある言い方だけど、翻訳するなら、「君は休憩してろ」ってことかな。

 お言葉に甘えて退散しようとした。その背に声がかかる。


「大切にしなよ、奥さんのこと」


 振り返る。竜さんはこっちには視線を向けず、淡々と作業をしている。


「あんな風に愛してくれる人に出会えるなんて、それこそ天文学的な確率だ。それを当たり前のことだなんて思わない方がいい。夫婦なら尚更ね」


……。

 

「分かってますよ」


 俺はいつもより大きな声で言った。


 琴音さんは少し感情表現がオーバーなところがあって、(自分でこれを言うのもなんだけど)俺のことが好きすぎる節はある。

 でも、俺みたいな不甲斐ない男を好きになってくれるのはきっと、そういう人なんだ。

 

 割れ鍋に綴じ蓋って言うと、ううん、ちょっと言い方がまずいか。

 とにかく、琴音さんと俺はかなり相性がいいんだと思う。

 そしてその相性っていうのは、理屈を超えた感覚の部分にあると思うんだ。

 そういう意味で俺は、琴音さんのことを嫌いにならないという確信がある。


「俺が琴音さんを幸せにしてみせます。だから、竜さんは安心してください」


 竜さんは手を動かすのをやめ、呆気に取られた表情になった。ぽかんと開かれた口が、やがて笑顔に変わっていく。


「なにそれ。僕は君の奥さんのお父さんじゃないよ」


 店内に竜さんの笑い声が響き渡る。最初はからかわれている気がしてムカついたけど、段々と俺もおかしくなって、最後には一緒に笑った。



……ああ、平和だな。

 こういう日が、ずっと続けばいいと思う。




 *



 数日後の夜、俺が煌竜から帰ってくると_____


「おかえりなさいませ、ご主人様♡」


 俺の妻がメイド服姿で待ち構えていた。

 膝上の丈のショートスカート。その代わりとばかりに、琴音さんの脚を覆っているのは、黒いニーハイソックス。そして、太物の部分に靴下を固定するためのベルトが付けられている。


 そのモノクロなデザインは、琴音さんの腰まで伸びた金髪の輝きをより一層際立たせるようで_____


「か、かわいい」


 素直に、ぽろっと、そう口にしていた。


「えへ、ありがとうございますやで♡」


 敬語の使い方がおかしい気がしなくもないけど、とにかく可愛い。


 琴音さんが俺の手から鞄を取り、そそくさと廊下を歩いていく。


「ご主人様、早く早く!」

「琴音さん! 俺の荷物をどこに持っていくんですか!」

「ふふ、とってもいいところ♡」


 琴音さんはスキップでもしそうな軽やかさで廊下を抜け、俺達夫婦の寝室へと入っていった。俺も続けて部屋に入る。


 あれ、おかしいな。部屋の中が真っ暗だ。


「琴音さん、どこにいるんですか_____うわぁ!」


 突然背中を押され、地面に倒れ込む。


「引っかかったな、はーくん」


 何……!? ドアの裏に隠れていただと!?


 琴音さんはドアを閉じると、後ろ手に鍵を閉めた。


「ちょっと琴音さん。俺、帰ったばかりなんですけど」

「うん。知っとるで」

「知ってるなら、汗も掻いてるし、先に風呂にいかせてほしいなあ……なんて」


 俺がそう言ってる間にも、琴音さんは俺の服のボタンに手をかけ、ひとつひとつ外していく。

 

「どうせ後でまた浴びることになるんやから、1回で済ませた方がお得やと思わへん?」

「……いえ、まったく」

「もう、はーくんったら、素直やないんやから。そういうところもウチ好みなんやけどな」


 ところで、と。琴音さんは俺の体を片手で器用に押さえつけながら、もう片方の手で何かを手繰り寄せる。


「ジャーン、これなあんだ♡」


 電気のつかない暗い部屋の中、段々と俺の目は暗闇に馴染んでいく。琴音さんの手にあるものに気がついた時、俺は猛烈に逃げ出したくなった。


「……俺の見間違いじゃなければ、メイド服、ですね」

「うん。ちなみにこれは、はーくんの分やで」

「う、嘘ですよね?」

「嘘やない。ウチはいつだって本気や」


 じゅるり、とよだれを啜るような音がした。

 ヒイッ、変態!!

 

「お、俺、女装は別に趣味じゃないって言いましたよね!」

「言っとったなあ。でもな、ウチ、うっかり注文した商品をキャンセルするのを忘れとってん。せやから、どうせならはーくんとお揃いのメイド服も買ったんや」


 ウッカリ!? 本当にウッカリなんですよね!?


 暗闇の中でも分かるほど、琴音さんは綺麗な笑みを浮かべる。


「初めてのペアルックやな、はーくん♡」

「_____イ、イヤーーーー!!!!!!」


 琴音さんのことは好きだけど、好きだけど!!

 正直、この人の趣味にはついていけない……。

 

 

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