5-2
「な、何で琴音さんがこんなところに_____」
大きな声を上げそうになり、琴音さんの手が俺の口を塞ぐ。
琴音さんは頬を赤く染め、こんな状況でなければ抱きつきたくなるような、可愛らしい顔をした。
「来ちゃった♡」
来ちゃった、じゃないですよ!
こんな格好、琴音さんにだけは見られたくなかったのに!
こんな、情けない格好……。
うう、泣きたくなってきた。
*
何だかんだありつつも時は流れ、15時になった。店前に「準備中」の看板を出し、店内に戻る。
竜さんが、カウンターに二人分の青椒肉絲とご飯を置いた。
「さっきの人、呼んできなよ。話があるんでしょ」
「……はい」
竜さんがため息を吐いた。
「あの格好だけは、見られたくなかった?」
「当たり前じゃないですかぁ。何が嬉しくて、奥さんに自分の女装姿を見られなくちゃいけないんですか!」
ガシャーン、と大きな物音が鳴る。竜さんが、目を見開いて俺を見ていた。
「……え、奥さん?」
「そうですよ。あの人は俺の奥さんですよ」
竜さんは地面に落としてしまったお盆を拾い上げようとして、また落としてしまう。
竜さんは油の切れたロボットのようなぎこちなさでお盆をシンクの上に置いた。額に手を置き、顔色を蒼白にさせてその場にしゃがみ込む。
「な、なんてことだ。君は僕の仲間だと信じていたのに」
……狼狽えすぎでしょ。
「俺、そんなにモテなそうなタイプに見えます?」
「うん」
即答だった。どれだけ冴えない男だと思われてたんだろう。いや、事実ではあるんだけどね。
というか、竜さんってモテないんだ。意外だな。
「そうか、君、結婚してたのか……あんな綺麗な人と……」
竜さんは少しふらつきながら立ち上がる。
「だとしたら、僕にも責任があるね」
「え?」
「この店で働くようにお願いしたのは僕だ。もし今回のことで君達夫婦の関係に問題が生じるとしたら、僕も謝罪する責任がある。そうだろ?」
……竜さん。
この人、いい人だな。
でも、ちょっと勘違いしてる。
「竜さん、俺、別に琴音さんに嫌われるとは一切思ってませんよ」
「そうなの?」
「はい。琴音さんはこのくらいで失望するような人じゃありません。それは俺が保証します」
「だとしたら、君はどうしてそんなに落ち込んでるんだ?」
理由はいくつかある。
第一に、シンプルに琴音さんにこの格好を見られたくなかったから。
第二に、次の琴音さんの行動が読めないからだ。
さて、ここで予想をしてみようか。琴音さんは俺の女装を見てどう思っただろう。
1、「うーん、正直言うて似合ってへんけど、ウチははーくんの全てを受け入れるで」
2、「ウチに見られて恥ずかしがってるはーくんも素敵♡」
3、「はーくん、まさか女装趣味があったなんて……!」
一番穏便に済むのは1番だけど、さて、正解はどれだろう。
俺は店の裏にある事務所に向かった。
ノックをしてドアを開ける。椅子に座っていた琴音さんは弾かれたように顔を上げ、俺に抱きついてきた。
「はーくん……ごめんな。ウチ、はーくんの奥さんなのに、はーくんがずっと悩んでたことに気がつけへんかった」
俺は天井を仰いだ。あー……あそこのシミ、顔みたいに見えて怖いな。
「でも安心してな! ウチ、これからははーくんの趣味を受け止めるから!」
琴音さんはサムズアップをする。
「早速ネット通販でメイド服をポチったから! これからは、家でも好きな姿でいてええからな!」
正解は3でした! 俺の想像し得る中で一番最悪な選択です、残念!
「いや、あの、琴音さんの気遣いは嬉しいですけど、誤解なんです」
「……誤解?」
「説明させてもらえませんか」
俺は琴音さんを店の中へ連れていった。
「竜さん、改めて紹介します。俺の妻の琴音さんです」
琴音さんはバネのような動きで頭を下げた。
「はーくんの妻の時雨琴音です! はーくんがいつもお世話になっています!」
竜さんは小さく会釈をする。
「そこ、座りなよ。料理が冷める」
俺達はカウンターに並んで座った。竜さんの賄いを食べながら、俺は琴音さんに経緯を説明した。と言っても、大体のことは働き始めた日に説明している。俺はそこに、「制服がメイド服だった」ということを付け加えるだけだった。
「……メイド服? チャイナ服やなくて?」
流石の琴音さんも困惑している。そうだよね。油が跳ねやすい中華料理店で、まさかこの汚れやすくて暑苦しい服が制服だとは思わないよね。
「だから別に、こういう格好が好きで着てるとか、そういうわけじゃないんですよ」
俺がそう言って締めくくると、琴音さんは口に含んでいたものを飲み込み、箸を置いた。
「ほな、全てはウチの勘違いやったってこと……?」
「そういうことになりますね」
「メイド服を着たいっていうのも、浮気してるっていうのも……?」
ちょっと待て。聞き捨てならない言葉が出てきたぞ。
「う、浮気!? 何で俺が浮気してることになるんですか!」
琴音さんは涙目になった。
「だって外に出始めてからのはーくん、むっちゃ楽しそうやったし……」
「それは、久々の仕事にやりがいを感じてるからですよ」
「昨日なんか、午前中は仕事があるって嘘吐いて、朝から出かけるし」
う、それは確かに俺が俺が悪いかも。
勘違いさせたくなくて吐いた嘘が、裏目に出てしまった。
「せやからウチ、はーくんを誑かした人がおるんやって思って、原稿も手に付かんくなって……」
「それで、俺の後をつけてたってことですか」
琴音さんは唇を尖らせて頷く。
「もし本当に浮気してたら、はーくんをモデルに『彼女さん厳しい〜』から始まるチャラ男NTRBLを描こうって思っとった」
「それは本当に勘弁してください!」
というかあなた、別にそういうの趣味じゃないでしょ!
「そしたらはーくん、カツラまで着けて楽しそうにしてたから、ウチ、もうわけが分からんようなって……」
ああ、もう。この人は本当に……。
先日の琴音さんの不審な行動に納得がいった。琴音さんは俺の行動を監視していたんだ。
俺からの連絡を見ていなかったのは、尾行がバレないようにスマホの電源を切っていたから。シャワーを浴びていたのは、外に出て汗をかいたから。
たぶん、そんなとこだろう。
何とも言えない気持ちが込み上げてきて、俺は琴音さんの手を取った。
「誤解させてしまったことは謝ります。昨日のことも、嘘を吐いてあなたを不安にさせてしまってすみません」
琴音さんは顔を赤くして、きまりが悪そうな表情で首を横に振る。
「ごめんな、はーくん」
「謝らないでください。それに、俺も考えていたことは同じなんです」
琴音さんは首を傾げた。
「俺も、琴音さんが浮気してるんじゃないかって、不安だったんです」
「え……! な、何でや!? ウチ、はーくんを不安にさせるようなことした?」
「琴音さんが俺の連絡に気が付かないなんて今までなかったじゃないですか。それに、ずっと室内にいたのにどうしてシャワーなんか浴びてたのかなって考えたら、どうしても可能性が頭をよぎってしまったんです」
今になって思うと、馬鹿みたいな杞憂だ。
変装までして俺の店にやってきた琴音さんが、浮気なんてするはずがない。
それに、琴音さんが俺を大好きで仕方ないってこと、俺は分かってたはずじゃないか。
「ウチ、浮気なんてせーへんもん……」
涙目になって唇を尖らせる琴音さんを見ていると、愛おしさが込み上げてくる。
俺は琴音さんを抱きしめ、
「俺達、似たもの同士ですね」
「そうみたいやね」
顔を見合わせて、笑い合った。




