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竜さんが俺のすぐ横に麻婆豆腐を置いた。
「これ、賄い。君にはこれから店のメニューを全部食べてもらう。その方が、君も新規客の対応がしやすいと思う」
腹が音を立てる。竜さんの料理をタダで食べれるとか、破格の対応だ。
「竜さんは休憩しなくていいんですか?」
「僕は作りながらつまんでたから大丈夫。君はちゃんと休みなよ」
「はーい」
竜さんは厨房に戻り、仕込みの作業を始めた。
お言葉に甘えて、食べさせてもらうことにする。
それにしても、休憩もあまり取らないなんて、料理人は大変なんだな。
「いただきます」
麻婆豆腐は休憩時間より少し前に作っていたのか、少し冷めていた。それでも風味を損なうほどではなく、舌に残る香辛料の辛さが病みつきになる。
美味い。マジで美味い。流石は竜さんだ。
俺はあっという間にご飯を食べ終え、皿を持って厨房に向かった。もう少し休憩をしたかったが、それより先に聞きたいことがあった。
「竜さん、レジのお金が足りないんで両替したいんですけど、金庫ってどこにありますか?」
竜さんは首を傾げた。
「きんこ?」
「棒金とかが入ってるやつですよ。お店を締める時に使うでしょ」
「締める……?」
……嫌な予感がする。
「竜さん、締め作業って知ってます?」
竜さんは首の前で親指を立てると、横にスライドさせる。
「鶏の首を、切り落とす」
うーん。違うかな。合ってるけど違う。惜しい。
「……携帯、借りてもいいですか?」
「うん」
その後、俺は菊子さんと連絡を取り、何とか両替をすることができた。
まさか竜さんがお金の管理にノータッチとは思わなかった。
今まで経営関係は全部菊子さんがやっていて、竜さんは料理に専念していたんだろうな。
困った時は菊子さんに相談するしかないけど……先行きが不安だ。
*
仕事を終えて家に着く頃には、既に外は真っ暗になっていた。
「おかえりなさい、はーくん!」
帰宅するなり、琴音さんが俺に抱きついてきた。
今日も今日とて、俺の奥さんはチアリーダーの格好をしている。
チアリーダーブームなのかなあ。布面積が多い分、包帯を体に巻き付けて「ミイラ女やでー」とかやっていた時よりは遥かに健全かもしれない。
「久しぶりのお仕事はどうやった?」
「あはは……初日からクタクタですよ」
客の対応をした後は、菊子さんに聞きながら締め作業を行なった。一応竜さんにもやり方は見てもらったけど、あの人がちゃんと手順を覚えているかは分からない。
靴を脱ぐために玄関に腰を落とした。そうすると、足が地面に根を張ったみたいに動けなくなる。
これから琴音さんのご飯を作って、シャワーを浴びて……ああ、やることがたくさんだ。
でも、体はどこまでも疲れ切っているはずなのに、不思議と爽快感があった。
琴音さんが後ろから抱きついてきて、俺の頭を撫でる。
「ウチのために頑張ってくれてありがとうな、はーくん。お疲れ様」
琴音さんの手は柔らかく、温かい。そして俺の顔にボンボンが当たって痒い。
「でもな、本当に辛くなったらいつでも辞めてええんやで。ウチのためにって思ってくれるのは嬉しいけど、はーくんに無理をさせたいわけやないんやからな」
「無理なんてしてませんよ。俺は俺がやりたいことをやってるだけです」
そう。全ては俺のワガママなんだ。
外に出て働くことも、琴音さんのために家事をやることも。
疲れていたとしても、誰かのせいにするつもりはない。
「やれるだけのことはやってみたいんです」
琴音さんには、成り行きで煌竜で働くことになったことを(メイド服を着ている点を除いて)全て話している。
流石の琴音さんにも呆れられるかもしれないと思ったけど、琴音さんは「はーくんがそうしたいなら、ウチは応援する」と背中を押してくれた。
琴音さんは俺の頭から手を離し、今度は背中に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
「はーくんは、ほんまに優しいなあ」
「……俺のことを優しいなんて言うの、琴音さんくらいですよ」
「そんなこと言わんといてよ。ウチ、はーくんのそういうとこに救われとるんやから」
でも、と琴音さんは小声で付け加える。
「ウチ以外の誰かが、はーくんの素敵なとこを知ってもうたら、ウチ、嫉妬してまうかも」
心がむず痒くなった。
その心配は杞憂だけど、正直にそう言ってしまうのはもったいなかった。
琴音さんは俺を優しい人だと言うけど、俺はそうは思わない。
だって、琴音さんがヤキモチを焼いてくれていることが、俺は嬉しくて仕方がないのだから。
「なー、はーくん。今度はーくんが働いとるお店に遊びに行ってもええ?」
「……それはちょっと、勘弁してください」
「えー、なんで? はーくんが働いとるとこ、ウチも見たい!」
俺は見られたくないです。たとえ相手が琴音さんだったとしても。




