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覇王、煩悶す。  作者: 瀬綺ララ
第1章

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3-2

竜さんが俺のすぐ横に麻婆豆腐を置いた。


「これ、賄い。君にはこれから店のメニューを全部食べてもらう。その方が、君も新規客の対応がしやすいと思う」


 腹が音を立てる。竜さんの料理をタダで食べれるとか、破格の対応だ。


「竜さんは休憩しなくていいんですか?」

「僕は作りながらつまんでたから大丈夫。君はちゃんと休みなよ」

「はーい」

 

 竜さんは厨房に戻り、仕込みの作業を始めた。


 お言葉に甘えて、食べさせてもらうことにする。

 それにしても、休憩もあまり取らないなんて、料理人は大変なんだな。


「いただきます」


 麻婆豆腐は休憩時間より少し前に作っていたのか、少し冷めていた。それでも風味を損なうほどではなく、舌に残る香辛料の辛さが病みつきになる。


 美味い。マジで美味い。流石は竜さんだ。


 俺はあっという間にご飯を食べ終え、皿を持って厨房に向かった。もう少し休憩をしたかったが、それより先に聞きたいことがあった。


「竜さん、レジのお金が足りないんで両替したいんですけど、金庫ってどこにありますか?」


 竜さんは首を傾げた。


「きんこ?」

「棒金とかが入ってるやつですよ。お店を締める時に使うでしょ」

「締める……?」


……嫌な予感がする。


「竜さん、締め作業って知ってます?」


 竜さんは首の前で親指を立てると、横にスライドさせる。


「鶏の首を、切り落とす」


 うーん。違うかな。合ってるけど違う。惜しい。


「……携帯、借りてもいいですか?」

「うん」


 その後、俺は菊子さんと連絡を取り、何とか両替をすることができた。


 まさか竜さんがお金の管理にノータッチとは思わなかった。

 今まで経営関係は全部菊子さんがやっていて、竜さんは料理に専念していたんだろうな。


 困った時は菊子さんに相談するしかないけど……先行きが不安だ。



 *

 


 仕事を終えて家に着く頃には、既に外は真っ暗になっていた。


「おかえりなさい、はーくん!」


 帰宅するなり、琴音さんが俺に抱きついてきた。

 今日も今日とて、俺の奥さんはチアリーダーの格好をしている。

 チアリーダーブームなのかなあ。布面積が多い分、包帯を体に巻き付けて「ミイラ女やでー」とかやっていた時よりは遥かに健全かもしれない。


「久しぶりのお仕事はどうやった?」

「あはは……初日からクタクタですよ」


 客の対応をした後は、菊子さんに聞きながら締め作業を行なった。一応竜さんにもやり方は見てもらったけど、あの人がちゃんと手順を覚えているかは分からない。


 靴を脱ぐために玄関に腰を落とした。そうすると、足が地面に根を張ったみたいに動けなくなる。


 これから琴音さんのご飯を作って、シャワーを浴びて……ああ、やることがたくさんだ。


 でも、体はどこまでも疲れ切っているはずなのに、不思議と爽快感があった。


 琴音さんが後ろから抱きついてきて、俺の頭を撫でる。


「ウチのために頑張ってくれてありがとうな、はーくん。お疲れ様」


 琴音さんの手は柔らかく、温かい。そして俺の顔にボンボンが当たって痒い。


「でもな、本当に辛くなったらいつでも辞めてええんやで。ウチのためにって思ってくれるのは嬉しいけど、はーくんに無理をさせたいわけやないんやからな」

「無理なんてしてませんよ。俺は俺がやりたいことをやってるだけです」


 そう。全ては俺のワガママなんだ。

 外に出て働くことも、琴音さんのために家事をやることも。

 疲れていたとしても、誰かのせいにするつもりはない。


「やれるだけのことはやってみたいんです」


 琴音さんには、成り行きで煌竜で働くことになったことを(メイド服を着ている点を除いて)全て話している。


 流石の琴音さんにも呆れられるかもしれないと思ったけど、琴音さんは「はーくんがそうしたいなら、ウチは応援する」と背中を押してくれた。


 琴音さんは俺の頭から手を離し、今度は背中に頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「はーくんは、ほんまに優しいなあ」

「……俺のことを優しいなんて言うの、琴音さんくらいですよ」

「そんなこと言わんといてよ。ウチ、はーくんのそういうとこに救われとるんやから」


 でも、と琴音さんは小声で付け加える。


「ウチ以外の誰かが、はーくんの素敵なとこを知ってもうたら、ウチ、嫉妬してまうかも」


 心がむず痒くなった。

 その心配は杞憂だけど、正直にそう言ってしまうのはもったいなかった。


 琴音さんは俺を優しい人だと言うけど、俺はそうは思わない。

 だって、琴音さんがヤキモチを焼いてくれていることが、俺は嬉しくて仕方がないのだから。


「なー、はーくん。今度はーくんが働いとるお店に遊びに行ってもええ?」

「……それはちょっと、勘弁してください」

「えー、なんで? はーくんが働いとるとこ、ウチも見たい!」

 

 俺は見られたくないです。たとえ相手が琴音さんだったとしても。

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