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『覇王くん』
名前を呼ばれ、振り返る。そこに立っていたのは、一人の少女だった。赤色混じりの茶髪と大きな目が特徴的なその女の子は、俺をまっすぐ見つめている。
俺はその少女の名前を知っているはずだった。その少女の顔を何度も見てきたはずだった。
だけど、どうしてだろう。俺の喉から出てくるのは掠れた音ばかりだ。彼女の名前を呼びたいのに、何も思い出せない。
少女は俺に向かって微笑みかける。
『来てくれたんだね、覇王くん。時雨覇王くん』
誰なんだ。どうして俺は、何も思い出せないんだ。
『あたし、ずっと探してたんだ。この場所にあなたが来てくれるのを、ずっと待ってた。……あたしは、ここから離れることはできないから』
少女の白い手が俺に向かって伸ばされる。俺の顔を撫でようとしているのは分かった。だけど、身長差のせいで届くことなく、細い手は俺の胸元に触れるだけだった。
「ねえ、お願い」
赤い口元が、秘密を囁くみたいに小さく動く。
「_____のことを、助けてあげて」
助ける? 誰を?
そう尋ねようとした瞬間、劈くような耳鳴りが俺を襲った。両耳を塞ぎ、頭が割れそうなほどに大きなその音に耐える。
その間も、少女は途切れ途切れに言葉を発している。
「_____のことを、思い出して」
少女の姿が遠ざかっていく。咄嗟に手を伸ばした。けれど、届くことはなかった。
「_____のことを、恨まないであげて」
待って! 俺を置いていかないでくれ!
叫ぼうとした、その声さえも、耳鳴りに押しつぶされていく。
その瞬間、思い出した。
そうだ、彼女の名前は_____
「……ッ!」
目を覚ますと、見知った天井が俺を待ち受けていた。
耳の奥で早鐘を打つ鼓動。獣のような荒い息が、自分の口から発されているものだと気がつくのに、時間がかかった。
天井に伸ばしていた手を下ろし、ゆっくりと上半身を起こす。その拍子に、シーツの上に水滴が落ちた。頬がじっとりと濡れている。頭が割れるように痛い。
何か、夢を見ていた気がする。忘れてはいけない夢を。見ていた、はずなのに。
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