第9話 継続観測
見つかった。
それは、褒められることとは少し違っていた。
模擬戦終了の合図が鳴った。
視界の端で赤い警告線が消えていく。パワードスーツの補助駆動が一段落ち、膝の外側で小さな音が鳴った。スーツの中で汗が冷え、背中に貼りついたインナーが、呼吸のたびに肌を引く。
さっきまで体を押し上げていた補助力が抜けると、自分の体の重さだけが戻ってきた。腕も脚も動く。だが、どこか一枚ずれた身体を返されたような気持ち悪さが残っていた。
教官が端末を見ている。
結果表示が、壁面の大型モニターにも流れた。撃破数、被弾数、味方射線干渉、孤立回避、救援行動、撤退判断。さっきのロボット訓練と似ている。だが、数値の意味は違って見えた。
今回は、噛み合わなかった。
敵の動きは見えた。危ない線も分かった。撃てる場所も、引くべき場所も、ある程度は読めた。でも、それを味方と共有できなかった。
教官が、ようやく顔を上げる。
「今の判断は悪くない」
淡々とした声だった。褒めるでもなく、慰めるでもない。ただ、記録を読み上げる前の確認みたいな口調だった。
「だが、この世界で主な相手は人じゃない」
訓練用の模擬機械が、壁際で動きを止めている。赤く灯っていた目は消え、外殻の隙間から冷却の白い煙が細く漏れていた。
「恐れず、止まらず、交渉もしない。撃たれても、こちらの都合に合わせて止まってはくれない」
教官の視線が、訓練場に残る新人たちを一度なぞった。
「だからこそ、部隊戦が基本になる。単独の判断が正しくても、部隊と噛み合わなければ事故になる。お前たちが今やったのは、そういう訓練だ」
誰かの喉が鳴った。
俺は黙っていた。
正しいことを言われている。実際、俺は噛み合わなかった。右を抑えろと言っても伝わらず、引いた位置を味方が埋めた。撃てる角度を、味方の背中で潰された。
教官の端末にログが流れる。指が止まった。数値を追っていた目が、もう一度同じ行へ戻る。訓練場の空調音が、急に近くなった。
教官は端末を閉じなかった。
画面を見たまま、俺の名前を呼んだ。
「リゼル」
「はい」
「お前の判断は、部隊としてはズレた」
喉の奥が少し狭くなる。
「だが、個々の判断だけを切り出せば、異常に正確だ」
訓練場の空気が、わずかに揺れた。
教官が端末を操作すると、壁面に別の表示が開いた。
《訓練ログ解析評価》
適性評価:高
操作安定性:基準値超過
反応遅延補正:未使用
行動傾向分析。
生存優先判断、高。
リスク回避行動、極めて合理的。
味方損耗軽減行動、記録あり。
孤立回避、優。
即席部隊連携、要改善。
最後に、赤ではない文字が浮かんだ。
※継続観測を推奨
継続観測。
その四文字だけで、褒められたのではないと分かった。
見つかったんだ。逃がさない側に。
「この任に就いて十五年になる」
教官は画面を見たまま言った。
「新人で、あの位置を取れた人間はほとんどいない。前に出る勇気は、訓練である程度作れる。撃つことも覚えられる。だが、引く判断は教えにくい」
教官の声が切れると、訓練場の奥で冷却装置の低い音が残った。端末の上で、教官の指が止まる。
「だから、現場で死ぬ」
誰も口を挟まなかった。
「撃たない判断。前に出ない判断。それでいて、全体を見失っていない。勘ではない。理解している動きだ」
視線が、こちらから外れない。
訓練場の空気が変わった。
さっきまで模擬戦の結果を眺めていただけの視線が、ひとつずつ俺に寄ってくる。羨望じゃない。祝福でもない。値踏みだ。
使える駒を見つけた目。どこに置けば働くか。どれだけ持つか。どこで切れば損が少ないか。そんな計算が、言葉になる前に空気で伝わってくる。
カイルは端末を睨んだまま、口を閉じていた。撃破数で勝ったはずの顔ではない。
グレンは何も言わず、俺の方を見ている。さっきと同じ目だった。笑うでもなく、驚くでもなく、ただ測っている。
黒髪の女も、少し離れた列からこちらを見ていた。まつげが一度だけ下りる。視線はすぐ端末へ戻った。
嫌な汗が、背中を伝った。
評価されたんじゃない。分類されたんだ。
前に出せる。残せる。使える。そういう棚に、並べ直されただけだ。
目立つやつは前に置かれる。頼れるやつは穴埋めに回される。便利なやつほど、死ぬまで使われる。戦場では、名前より先に役割が決まる。
役割が決まれば、次は損耗の番だ。
俺はその流れを知っている。ゲームの向こうで、何度も見てきた。期待されたユニットから先に消えていく場面を。
期待された瞬間に、自由という逃げ道が一つ塞がれた気がした。
やめてくれ。
喉の奥で、声にならないものが引っかかる。
この世界では、部隊に入ることが正解だ。そこから外れることは失敗として扱われる。講習でも、受付でも、掲示板の前でも、ずっとそうだった。
でも俺は知っている。
正解通りに動いた連中が、何度も何度も死んでいくのを。
部隊は強い。それは間違いない。だが、部隊に入れば、部隊の都合で動くことになる。穴を埋めろと言われれば埋める。残れと言われれば残る。切り捨てる方が全体に得なら、切り捨てられる。
俺は、そこに入りたいわけじゃない。
誰かの期待に応えるより先に、生き残るための形を選ばなければならない。盤面が整ったとき、指揮官が必要なら、その時に考えればいい。
少なくとも今は、俺一人で成立する戦い方を探す。
この世界には、部隊に属さない運用枠が、確かに存在するはずだ。単独で動ける。役割を押しつけられすぎない。それでいて、簡単には切り捨てられない。
そんな都合のいい場所が、本当にあるのかは分からない。
それでも、探すしかない。
端末を握る指に、力が入った。
見つかったのなら、見つけ返す。
俺が生き残れる場所を。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
評価されることは、必ずしも自由になることではありませんでした。
リゼルが次に探すのは、部隊に組み込まれず、それでも切り捨てられない道です。
少しでも「この主人公の進み方、いいな」「この先どんな運用枠を見つけるのか気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
大変励みになります。




