第8話 噛み合わない正解
見えていることと、噛み合うことは違う。
五分の休憩は、休憩というほどのものではなかった。
旧式標準機から降りたばかりの手には、まだ操縦桿の重さが残っている。掌の内側に硬い感触がこびりつき、指を開いても、関節の奥だけがまだ握った形を覚えていた。
教官の声が、訓練場に響く。
「次はパワードスーツだ。ロボットと同じつもりで動くな。これは機械を操る訓練ではない。自分の身体を、装備ごと制御する訓練だ」
壁面のロックが外れ、細い骨組みのような装備が並んだ。
ロボットほど大きくはない。むしろ近い。近すぎる。あれは乗るものじゃない。骨の外側に、もう一つの骨を噛ませるための装備だった。
脚部フレーム。腰部固定具。背面補助ユニット。肩から腕へ伸びる細い駆動骨格。
装着台に立つと、金属の輪が足首を掴んだ。膝、腰、背中、肩。順番に固定具が閉じていく。音は小さい。だが、体の逃げ場を一つずつ塞がれていくようだった。
同期が始まる。
足裏に重さが落ちた。次の瞬間、その重さが消える。いや、消えたのではない。装備が支えているだけだ。膝の外側でアクチュエータがわずかに鳴り、腰の後ろで補助ユニットが姿勢を拾う。
右手を上げる。
腕は上がった。だが、自分の腕だけではない。外側に噛み合った骨格が、わずかに遅れてついてくる。力は増えている。反応も悪くない。けれど、皮膚一枚ぶん遠い。
ロボットの遅れとは違う。
機械が遅れるのではない。俺の身体の外側に、もう一つの身体がある。
「個人操作から始める。前進、停止、方向転換。射撃姿勢の維持」
教官の指示に従い、前へ出る。
足が軽い。踏み込んだ瞬間、脚部補助が加わり、体が思ったより前へ出た。止まろうとすると、今度は背中側の補正がかかる。普通の身体なら転ぶ力を、装備が強引に受け止めている。
強い。確かに強い。
だが、便利すぎる。
肩を動かすと、外骨格がついてくる。違う。逆だ。力だけが先に乗る。その分だけ、自分の骨と筋肉が追いつかない。
腕を上げる。重い。止めても、まだ重さが残る。
ロボットなら、機械の遅れとして処理できた。だが、これは違う。ズレた分だけ、体の内側に気持ち悪さが残る。ミスをしたら痛い。その当たり前が、やけに生々しかった。
「次、即席編成。五人一組。簡易模擬戦を行う」
端末に番号が流れる。
知らない顔。知らない名前。さっきのロボット訓練で組んだ連中ではない。グレンもカイルも、別の列に回されていた。視線だけが一度こちらに触れる。カイルはまだ端末を睨んでいる。グレンは何も言わず、装備の固定具を確かめていた。
俺の周りに集まった四人は、年も装備もばらばらだった。
誰が前に出るのか。誰が支えるのか。誰が退路を見るのか。まだ分からない。
説明は最低限だった。
「模擬機械は低危険設定。ただし、包囲と接近速度は実戦想定に近い。撃破数だけでなく、被弾、味方射線、孤立、撤退判断を記録する」
フィールドに光が走った。
床の誘導線が薄く点灯し、遮蔽物がせり上がる。壁際で模擬機械の固定具が外れた。
形状は、エイリアン。
人型ですらない。関節の位置が曖昧で、重心が一定していない。脚の数も、左右の振りも、こちらの予測から少しずつ外れている。遮蔽物を回り込むのではなく、最短で距離を詰めるために角を削るように滑ってくる。
対人訓練ではない。
その時点で、喉の奥が少し乾いた。
これは、俺が知っている撃ち合いじゃない。敵は恐れない。牽制で止まらない。撃たれても、判断を変えない。ただ、最短距離で殺しに来る形をしている。
視界の中央に、薄い十字が浮かんだ。
FPSで見慣れた照準に近い。ただし、敵を追うものではない。銃口の向き、反動の戻り、姿勢のズレ。それらを無理やり一つに重ねただけの目印だった。
俺が、今どこを撃てるか。
それだけを示している。
右足を半歩引く。
それだけで、射線が三本外れた。スーツが勝手に姿勢を整える。膝が沈み、腰が落ちる。重心が床に吸い付く。ロボットよりも早い。操作ではなく、身体の反応に直接補助が入ってくる。
引き金を引いた。
命中。
だが、敵は止まらない。
撃たれた個体の動きに、わずかに遅れて別方向の影が反応した。人間相手なら一瞬止まる場面で、模擬機械は逆に距離を詰めてくる。
味方が乱れた。
前に出た一人が、即座に包囲される。ヒットポイントもリスタートもない現実。喰らえば終わる。撃ち勝つゲームじゃない。生き残る配置を作るやつだ。
俺は左へ踏み出し、遮蔽物の端を蹴って体を滑らせた。
その瞬間、背後で誰かの声が詰まる。
「っ」
振り返ると、味方が俺の進路に入っていた。被せるつもりだったのか、追従しただけなのかは分からない。ただ、射線が塞がれている。
撃てない。
敵影が、間合いを詰めてくる。
「右、抑えて!」
声を出す。だが、一拍遅れて、別の方向から銃声が響いた。
違う。そこじゃない。
俺は手で合図を切る。包囲の形を示す。だが、伝わらない。味方は前に出る。俺が引いた分、空いた場所を埋める。その動きが、敵にまとまった的を与えてしまう。
スーツが警告を出す。
赤いラインが、味方の背中に重なる。撃てば当たる。でも、味方も巻き込む。
歯を噛み、引き金から指を離した。
俺は一歩下がる。
全体を見る位置。視界の端で、敵の動きが読めている。次は右から来る。その次は、遮蔽物を削るように回り込む。
分かっている。
分かっているのに、それを今ここで共有できない。
「後ろ!」
叫んだ声と、味方が振り向く動きがずれる。
間に合わない。
俺は前へ出て、敵影の進路を体ごと塞いだ。
衝撃。
スーツが衝撃を逃がす。骨には来ない。肩と腰のフレームが軋み、背中の補助ユニットが短く鳴った。
耐える。
強い。
これは、間違いなく強い。
単純な操作。補正の正確さ。身体の延長みたいな反応。誰が着ても、それなりに戦える。だからこそ、俺みたいな動きは少しだけ浮いていた。
敵影が、霧みたいに消えていく。
模擬戦終了の表示が浮かんだ。
味方はその場で肩を上下させていた。息を整え、周囲を見回す。誰も俺を責めない。誰も俺を褒めない。ただ、噛み合わなかった。
それだけが、やけにはっきり残った。
部隊戦は、正解が決まっている。人数、配置、役割。全員が同じ前提で動くことが、最優先だ。
だから、ズレた判断は嫌われる。
正しくても、噛み合わなければ意味がない。
この世界では、正解から外れた判断は、たとえ読めていても事故として扱われる。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回はパワードスーツ訓練でした。
ロボットでは噛み合ったリゼルの判断が、今度は部隊の中で少しだけ浮いてしまう回です。
正しく見えていても、共有できなければ事故になる。
少しでも「この世界の戦い方、面白いな」「リゼルがここからどう噛み合わせていくのか気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
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