第7話 撃破数だけなら
撃破数なら負けた。
けれど、戦場はそれだけを見ていなかった。
『訓練開始』
教官の声と同時に、標的機の目が赤く灯った。奥の壁際で固定具が外れる音が重なる。金属の爪が跳ね、床の誘導線に沿って、獣型の標的が低く沈んだ。
次の瞬間、床を蹴る。
速い。
人間の踏み込みではない。四本の脚が別々の間隔で床を叩き、胴体だけが地面すれすれを滑ってくる。左右に振れるたび、訓練用の外殻が照明を削るように光った。
カイルの高機動型ヒューマノイドが、真っ先に前へ出た。
『先手取る!』
背中の推進器が青く噴く。床面の粉塵が扇状に散り、細身の機体が横へ滑った。速さだけなら、旧式標準機とは比べものにならない。
カイルの機体が右腕を上げる。訓練弾の発射音が、短く三つ重なった。標的の頭部、肩、胴体に命中表示が走る。獣型が前脚を崩し、床に顎を打ちつけたまま滑った。
撃破、一。
カイルは止まらない。反動を殺す前に次の標的へ向き直り、推進器の残り火で半身を流す。荒い。だが、ぎりぎりで照準を間に合わせている。
撃破、二。
『ほら、見た? こうやって先に潰すんだよ』
通信の端で、声が跳ねる。
俺は返事をしなかった。
旧式標準機の操縦桿は、手の中で重かった。右脚を出す。入力から実際の踏み込みまで、半拍遅れる。足裏が床を押し、機体の腹の奥で駆動音が唸る。
遅い。だが、遅れ方は一定だ。癖があるだけなら、先に置けばいい。
左前方に人型標的。右奥に獣型。空中に小型ドローンが二機。
右奥の獣型の足元に、薄い線が走った。
旧式機の照準補助ではない。もっと淡く、もっと頼りない。敵の進路と、味方の背中と、数秒後に重なりそうな場所だけが、視界の端でかすかに滲む。
戦闘補助。
それが、ようやく意味を持った。だが、勝手に敵を倒してくれるような便利なものではない。見えるのは、危ない線だけだ。
全部を撃つ必要はない。
俺は照準を一番近い敵から外した。味方の側面へ回り込む獣型に置く。まだ遠い。ここで撃っても倒しきれない。外殻を削るだけなら、弾の無駄だ。
一歩、右へずれる。
旧式機の肩装甲が軋む。視界の端で、味方の射線が開いた。グレンの標準型が、そこへ訓練弾を通す。
命中。
獣型の前脚が跳ねる。姿勢が崩れた。
俺は、その一瞬だけ撃った。
一発目、胴下。二発目、関節。三発目、床を掻いた後脚の根元。
撃破表示は、先に脚を止めたグレンについた。それでいい。俺が欲しいのは、撃破数じゃない。
カイルは、さらに前へ出ていた。高機動型の加速を使い、標的の湧き位置を先に潰しに行く。判断は速い。実際、撃破数は伸びている。
だが、速すぎる。
味方の射線を横切る。敵の進路を潰す代わりに、味方の進路まで潰す。前に出た分だけ、背後に穴が空く。
視界の右端で、評価項目が小さく動いた。
【味方射線干渉:軽微】
【弾薬消費:増加】
教官は何も言わない。
記録だけが残っていく。
『遅いよ、商人志望! 旧式じゃ散歩にもならないんじゃない?』
カイルが笑う。
その直後、左奥の遮蔽物の影から、獣型標的が二機出た。カイルは前に出すぎている。グレンは中央を押さえている。残りの二機は、目の前の人型標的に気を取られていた。
穴がある。
そう思った瞬間、視界の端の薄い線が、味方の背後へ一本伸びた。
予測ではない。命令でもない。ただ、そこを放置すれば崩れると、目の奥を引っかくように示してくる。
俺は旧式機を斜め後ろへ引いた。
逃げたように見えたかもしれない。
だが、違う。
今の位置では撃てない。味方の背中が邪魔になる。前へ出れば、敵の進路と正面からぶつかる。この機体の装甲で受ければ、損耗が跳ねる。
だから下がる。下がって、線を作る。
右足を引く。腰を落とす。照準を敵ではなく、敵が来る場所に置く。
獣型の一機が、味方の背後へ抜けようとした。
そこへ撃つ。
一発目は外殻。二発目は前脚。三発目は、姿勢が崩れた胴下。
撃破。
もう一機が、その残骸を踏んで跳ねた。外殻が床を擦り、火花が散る。胴体が浮き、ほんの一瞬だけ軌道が固まる。
俺は撃たない。
そこは、俺の角度じゃない。
『もらう』
グレンの標準型から支援射撃が飛んだ。
命中。撃破。
通信が一瞬だけ空いた。
『今の……誘導したのか?』
「そっちの射線が空いてた」
『見えていたのか』
「たまたまです」
グレンは、すぐには返さなかった。標準型の照準だけが、次の敵へ滑る。
『……たまたま、か』
低い声だった。信じたわけではない。疑ったまま、覚えた声だった。
その横を、カイルの高機動型が青い光を引いて抜けた。
『何をこそこそやってるんだよ。撃たなきゃ点にならないぞ』
その声の直後、空中ドローンが三機、同時に展開した。
カイルが即座に反応する。高機動型の腕が跳ね上がり、連射音が訓練場に響いた。
二機を落とす。
速い。確かに速い。
だが、三機目を追った瞬間、カイルの機体の銃身温度が上がった。警告表示が、俺の視界にも小さく共有される。
【高機動型:銃身温度上昇】
【弾薬残量:低下】
気づいているはずだ。それでも、止まらない。撃破数を取りに行っている。
ドローンが一機、急角度で落ちてきた。狙いはカイルではない。後方の支援役だ。あそこを崩されると、中央の射線が消える。
俺は腕を上げた。
照準が遅い。旧式機の反応が半拍遅れる。このまま追えば外す。
なら、追わない。
ドローンの進路に置く。
引き金を二度、絞る。一発目が外れ、二発目が羽根状の安定板を叩いた。ドローンの姿勢が崩れ、床へ落ちる。
撃破ではない。だが、後方へ刺さる軌道は消えた。支援役の一機が、そこへ追撃を入れる。
撃破。
表示は、支援役についた。
俺の撃破数は伸びない。だが、味方の損耗は増えていない。それでいい。
胸の奥で、少しずつ数字が噛み合っていく。
敵を全部倒す必要はない。倒すべき敵だけ倒せばいい。自分で取れない撃破は、味方に取らせればいい。味方が倒せる位置に、敵を置けばいい。
これは撃ち合いじゃない。戦線を崩さないための作業だ。
『第三波、開始』
教官の声と同時に、標的機の数が増えた。
人型が三。獣型が四。空中ドローンが二。
訓練場の空気が変わる。標的機の脚音が増えた。床の振動が操縦席まで上がってくる。正面、右、左奥。赤い照準補助線が視界の隅で点滅し、警告音が短く鳴った。
カイルは、待っていたように突っ込んだ。
『ここで稼ぐ!』
高機動型が左へ抜ける。速い。標的機の正面を外し、側面から連射する。撃破表示がまた一つ増えた。
だが、敵の残りが中央へ流れた。
味方が押される。前に出たカイルの背後に、逃げ道がない。
本人も気づいたのか、高機動型が急停止した。だが、止まった瞬間に獣型が二機、左右から挟む。機体の背後へ赤い警告線が走った。
『っ、邪魔だ、どけ!』
誰に言っているのか分からない声。
だが、味方はどけない。どける位置がない。
カイルが撃つ。撃破数は増える。でも弾薬が減る。銃身温度が上がる。機体の姿勢が崩れる。
このままだと、撃破数を稼いだまま孤立する。
俺は、旧式機を前へ出した。
正面ではない。横でもない。敵が次に通る、斜め後ろの細い隙間。
そこへ機体を滑り込ませる。
遅い。重い。間に合わない。
だから、半歩前から動いていた。
獣型の一体が、カイルの背後へ回り込もうとした瞬間、俺はそいつの進路を機体の肩で塞いだ。
衝撃。
操縦席が横へ揺れた。肩装甲が嫌な音を立て、視界の端で損耗表示が跳ねる。だが、赤には入らない。
受けたんじゃない。進路を潰しただけだ。
敵の足が止まる。前脚が床を掻き、胴体がわずかに浮いた。
俺は撃たない。
撃てば、自分の弾薬を使う。今必要なのは、倒すことじゃない。
「右後ろ、開いた」
短く言う。
グレンが反応した。
『了解』
標準型の射撃が、俺の肩越しに通る。
撃破。
カイルの背後に、逃げ道ができた。
本人は一瞬だけ遅れて、そこを使った。高機動型が後ろへ跳ね、孤立から抜ける。
『今の、俺が処理できた!』
カイルの声が荒い。
俺は返事をしなかった。処理できたかどうかは、どうでもいい。生き残ったなら、それでいい。
第三波が終わる頃、俺の撃破数は低かった。
カイルは、明らかに多い。グレンも安定して取っている。他の二人も、それなりに数字を積んでいた。
俺は、目立たない。
だが、視界の端に出ている評価項目は、違う動きをしていた。
被弾数、低。弾薬消費、低。機体損耗、軽微。味方射線妨害、なし。撤退経路保持、良。味方損耗軽減、記録あり。
訓練場の標的機が、最後にまとめて消えた。
『訓練終了』
通信が落ちる。
旧式機の内部に、冷却音だけが残った。駆動部の熱が抜けるたび、足元から低い振動が薄れていく。
俺は、操縦桿から手を離せなかった。
勝った、とは思えない。
撃破数は取っていない。派手な動きもしていない。敵をなぎ倒したわけでもない。
ただ、残った。
それだけだ。
機体から降りると、カイルが先に口を開いた。
「撃破数、見た?」
得意げだった。
「これで分かったでしょ。戦場は節約プレイする場所じゃないんだよ」
端末に結果が表示される。
撃破数。一位、カイル。
周囲の何人かが、小さく反応した。カイルは、こちらへ視線を向ける。
「ほら」
言いかけたところで、教官の声が被さった。
「撃破数だけなら、カイル。お前が一位だ」
カイルの口元が上がる。
「ただし」
教官が端末を送る。
次の項目が表示された。弾薬消費、銃身温度、機体損耗、味方射線干渉、撤退経路保持、味方損耗軽減、継戦評価。
カイルの顔から、少しずつ色が抜けた。
「総合継戦評価、一位。リゼル」
訓練場の空気が止まった。
教官は、俺ではなく全員を見ていた。
「撃破数は低い。だが、被弾が少ない。弾薬消費も低い。味方の射線を塞がず、撤退経路を維持し、味方機の損耗を二度下げている」
教官の指が、評価画面の一項目を叩いた。
「短く派手に動く機体と、最後まで残る機体。どちらが必要かは、状況で変わる。少なくとも、この訓練で長く残るのはリゼルだ」
カイルの口が、半分開いたまま止まる。
「でも、撃破数は俺が──」
「撃破数だけならな」
教官の声は変わらない。
「お前は前に出る判断が速い。火力の使い方も悪くない。だが、前に出たあと、戻る道を自分で潰している。弾薬消費も多い。味方の射線を二度塞いだ。実戦なら、そこで味方の誰かが死ぬ」
カイルは、言葉を失った。
グレンが、横から俺を見る。
「……さっきの右後ろ」
「たまたまです」
「違う」
短い声だった。
「あれは、見えていた」
俺は何も言わなかった。
見えていた。敵の動きも、味方の射線も、逃げ道も。
いや、正確には、全部が見えていたわけじゃない。視界の端に走る薄い線。胸の奥に引っかかる嫌な間。撃てるのに撃ってはいけない角度。
それを、俺が勝手に組み合わせただけだ。
でも、それを全部説明できるほど、まだこの世界の言葉を持っていない。
教官が続ける。
「リゼル」
「はい」
「お前の動きは派手ではない。だが、無駄が少ない。旧式機の遅れも、途中から補正していた。初回でできる動きではない」
視線が、まっすぐ俺に向く。
「どこで覚えた」
喉が詰まった。
ゲームです。
そう言えるわけがない。
「……昔、似たようなものを触っていました」
教官の眉がわずかに動く。
「似たようなもの、か」
それ以上は聞かれなかった。
カイルは、まだ端末を睨んでいる。撃破数一位。総合継戦評価、圏外。数字だけが、やけに残酷だった。
俺は、その横顔を見た。
ざまあみろ、とは思わなかった。
少しは思った。
でも、それより先に、別のものが残っていた。
この訓練で勝てる場所はあった。ただし、それは撃破数じゃない。
弾を節約すること。壊さないこと。味方を残すこと。逃げ道を消さないこと。
派手さはない。でも、この世界では、それにも値段がつく。
教官が端末を閉じた。
「次はパワードスーツ訓練に移る。休憩は五分」
その言葉で、胸の奥に残っていた熱が少しだけ冷えた。
ロボットは動かせた。旧式でも、癖を読めば戦える。
だが、次は違う。パワードスーツ。機械を操るのではなく、自分の身体を拡張する装備。
俺は、自分の手を見た。
画面の向こうで積んだ経験が、この体の重さにどこまで通じるのか。
まだ、分からない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
撃破数ではなく、損耗、弾薬、射線、撤退経路。
リゼルの戦い方が、少しずつ形になり始めました。
少しでも「この勝ち方は面白い」「次のパワードスーツ訓練も見たい」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
大変励みになります。




