第6話 切り捨てられない存在
選ばれたんじゃない。切り捨てられない場所を、自分で探すだけだ。
実機訓練場へ向かう通路で、あの言葉が喉の奥に残っていた。
再配置。使えるか、使えないか。この世界は、人間にまで値札をつける。戦士登録、高適性、部隊参加制限、問題行動記録。端末に並ぶ文字は、どれも俺のことを説明しているようで、どれも俺自身を見ていない。
数字と区分と記録だけが先に走り、その後ろに人間が引きずられている。前に出て、撃って、削られるだけの駒になる気はない。けれど、今の俺に選べる道は細い。その細さを、まず見なければならない。
訓練場の扉が開いた。
最初に届いたのは、油と金属の匂いだった。消毒薬の白い匂いとは違う。熱を持った機械が、冷却されきらないまま並べられている匂い。床の奥から低い振動が伝わってくる。
広い空間だった。天井は高く、壁面には厚い装甲板が貼られている。床には何本もの誘導線が走り、奥には訓練用の標的機が固定されていた。
人型の標的、低く構えた獣型の標的、空中を滑る小型ドローン。どれも本物ではない。けれど、動いた瞬間に人を殺せそうな形だけはしていた。
前列の連中が、待っていたように足を進める。
さっきの軽装甲の男もいた。新品みたいな装備の留め具を指で直し、こちらに気づくと、口元だけで笑った。
「来た来た。商人志望の戦士様」
周囲の何人かが振り向く。軽装甲の男は、わざとらしく自分の胸元を親指で叩いた。
「カイル。覚えなくていいよ。講習終わる頃には、君の方が消えてるかもしれないし」
胸の奥に、熱が溜まる。その横で、背の高い男がわずかに眉を動かした。
「やめろ、カイル」
「事実だろ?」
「まだ訓練前だ」
背の高い男はそれだけ言って、俺の端末と、俺が立っている位置を順に見た。口は悪くない。だが、目は遠慮なくこちらを測っている。
「グレンだ」
短い名乗りだった。
「前線に出るなら、記録は見られる。初日拘束は、軽い札じゃない」
腹は立つ。でも、間違ってはいない。
カイルは笑う。グレンは計る。その違いだけは、すぐに分かった。
教官が中央の足場に立った。
「これより、実機適性訓練を行う」
声が、訓練場の壁に硬く返る。
「ここでは撃破数だけを見ない。移動、回避、射線管理、味方との距離、弾薬消費、損耗率、撤退判断。すべて記録される。派手に撃つだけなら誰でもできる。生きて戻れない戦士に価値はない」
カイルが、肩を揺らした。
「聞いた? 生きて戻れってさ。よかったね、逃げ足の出番だ」
声は小さい。だが、俺に届く音量だった。
腹の奥に熱が溜まる。けれど、俺は端末から目を離さなかった。
ここで反応したら負けだ。あいつを黙らせる方法は、声じゃない。
教官が端末を操作する。
「各自、訓練用ユニットを選択しろ。選択時間は三分。なお、本訓練は講習扱いのため、レンタル費と弾薬費の一部は補助される。ただし、過失による重大損耗は個人負担、ならびに個人記録に残る」
講習扱い。一部補助。つまり、無料ではない。
俺は、端末の残額を思い出した。七万四千五百ガン。何かを学ぶだけでも、金が減る。この世界では、失敗する前から維持費がかかる。
半透明の一覧が、目の前に開いた。使用可能ユニット一覧。その文字が並んだ瞬間、胸の奥が嫌な跳ね方をした。
知っている。この配置。この分類。この名前の並び。前世で、何度も見た。
ラストオブディストピア。大規模多人数同時参加型オンラインリアルタイムストラテジー。
ユニットを選び、資源を集め、拠点を取り、ルートを繋ぎ、戦線を維持し続けるゲーム。俺は画面の向こうで、何百回もこの選択画面を見てきた。
だが、今は画面の中ではない。ここで選ぶものは、俺の体を乗せる。ここで壊せば、俺の記録に残る。ここで死ねば、名前が消える。
最上位に表示されていたのは、飛行船型戦艦だった。
空を飛ぶ要塞。分厚い装甲。複数の砲門。広域索敵。制圧火力。ゲームなら、胸が躍る。
味方の前線を空から押し上げ、敵の拠点を砲撃で削り、低空から補給路まで圧をかける。画面越しなら、最強と言っていい。うまく回れば、戦場の流れそのものを変えられる。
だが、現実では違う。
必要人員、複数。操縦士、管制、砲撃手、整備員。燃料費、高額。修理費、上限なし。訓練用レンタル、制限付き。
俺は、表示を閉じた。
一人で抱えるものじゃない。
次に、パワードスーツ系ユニットへ視線を落とす。
機動性は高い。火力も十分。装甲も悪くない。前線での汎用性は高い。だが、説明欄に並ぶ単語を見た瞬間、指が止まった。
小隊運用推奨。支援射撃との連携前提。補給役必須。継戦時間、装備構成に依存。
強い。間違いなく強い。だが、部隊前提だ。
俺は叫んだ。拘束された。問題行動記録が残った。さっきの二人組にすら、部隊が嫌がる札だと言われた。そんな俺が、いきなり部隊前提の機体を選べるわけがない。
俺はさらに下へ視線を動かした。
人型操縦兵器。ヒューマノイド・ユニット。ロボットだ。
量産型。標準仕様。訓練用。旧式。軽装型。支援型。近接型。一覧だけで、いくつも並んでいる。
ゲームの頃なら、ここから先が楽しかった。どの機体を選び、どの装備を積み、どのマップでどう動かすか。火力に振るか、機動力に振るか。味方の編成を見て穴を埋めるか、あえて尖らせるか。
でも今、最初に見るのは性能じゃない。維持費だ。
標準型の欄に、数字が並んでいる。レンタル費、装甲部材費、弾薬単価、関節部交換費、冷却系消耗品、緊急修理保証外項目。
買った瞬間に終わりじゃない。動かすたびに金が減る。撃つたびに金が減る。当たれば、もっと減る。
俺は、奥歯を噛んだ。
チート無双したいのに、最強ほど時間と金が要る。
ランキングの上の方で名前を見るような連中は、みんな知っていた。強いユニットは、強いから勝つんじゃない。強いユニットを維持できる資源、修理できる後方、使い潰しても次を出せる体制があるから強い。
一人で抱えた最強は、ただの高額な棺桶だ。
「まだ選んでないの?」
カイルが横から覗き込んできた。
「時間なくなるよ。商人志望なら、荷車でも探してる?」
何人かが笑った。
グレンは、こちらを見たまま眉を動かさない。
「やめろ。選択画面で迷うのは普通だ」
「いや、迷うにも限度があるだろ」
カイルは、わざと俺に聞こえるように言った。
「初心者は標準機か軽装機。変にひねるやつほど転ぶ。戦場はゲームじゃないんだからさ」
その言葉に、指が止まった。
戦場はゲームじゃない。それは正しい。だからこそ、ゲームと同じ選び方はできない。
画面の中なら、失敗してもリスポーンすればいい。資源が足りなければ、次の試合でやり直せばいい。ユニットが爆散しても、マウスを離して息を吐けば終わる。
でも、ここでは違う。失敗すれば、借金が残る。壊せば、記録が残る。死ねば、終わる。
だから、強さより先に見るものがある。壊さずに動かせるか。金を食わずに残れるか。自分一人で管理できるか。そして、切り捨てられない使い道があるか。
一覧の下の方に、見慣れないほど低い評価の機体があった。
旧式標準機。型落ち。訓練場予備。基礎火力、低。装甲、薄。反応速度、低。推奨評価、最低。
普通なら、選ばない。
だが、下の項目だけが妙に目に残った。
維持費、低。構造、単純。修理難度、低。弾薬互換性、高。外部カセット装填対応。その最後の文字だけが、胸の奥で引っかかった。
俺のスキル欄が、視界の端に浮かぶ。
アイテムボックス。万能言語。戦闘補助。
この世界では、誰もスキルを項目として扱っていない。受付も知らなかった。端末にも記録されていない。
なら、見えているのは俺だけだ。
荷物を運ぶために選んだ力。商人になるために選んだ力。逃げるために選んだ力。
それがもし、弾薬カセットを運べるなら。予備部品を抱えられるなら。修理キットを持ち込めるなら。他人より長く、前線に残れるなら。
腹の底で、何かが噛み合った。
最強の機体は選べない。高い装備も買えない。部隊にも入れない。信用もない。なら、切り捨てられない理由を別の場所に作るしかない。
俺は、旧式標準機を選択した。
カイルが、目を丸くしたあとで吹き出す。
「それ選ぶの? 本気?」
周囲の何人かがこちらを見る。
「旧式だぞ。反応遅いし、火力低いし、装甲薄いし、初心者でも避けるやつだろ」
俺は、選択画面から目を離さない。
グレンが、初めてわずかに口を開いた。
「維持費は安い」
カイルが顔をしかめる。
「そこ見る? 訓練だぞ」
「訓練でも、記録は残る」
グレンの声は低い。
「壊さなければ、それも評価になる」
カイルは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「はいはい。じゃあ、商人志望らしく節約プレイ頑張って」
教官の声が重なった。
「選択時間終了。各自、指定機へ搭乗しろ」
訓練場の奥で、機体のロックが外れていく。
カイルは、迷わず高機動型ヒューマノイドへ向かった。細身の装甲に背部推進器を積んだ、見るからに前へ出るための機体だった。背中の推進器が小さく唸り、装甲の隙間に青い光が走る。
グレンは、標準型の中でも安定性の高い機体を選んでいた。火力は控えめだが、防御と支援のバランスがいい。あいつは、ちゃんと分かって選んでいる。
俺の前にあったのは、訓練場の片隅に置かれた旧式標準機だった。
塗装は剥げ、肩装甲には細かな傷が残っている。関節部の保護カバーも古い。新しい機体に比べると、立っているだけで一世代前の匂いがした。
だが、構造は分かりやすい。外部カセットの位置、関節の可動範囲、冷却口、補助装甲を付けられそうな固定穴、修理用パネルの開閉部。見れば見るほど、派手さがない。
その代わり、触れる場所が多い。
操縦席へ乗り込む。
内部は狭かった。座席が硬い。操作レバーも少し重い。視界表示は粗く、反応も半拍遅れる。
ゲームなら、文句を言っていた。だが今は、むしろ安心した。
癖がある。遅い。弱い。なら、その前提で動けばいい。
遅い機体で速く動こうとするな。薄い装甲で受けるな。低い火力で倒しきろうとするな。
撃つ場所を選べ。立つ場所を選べ。逃げ道を残せ。
前世で、何度もやってきたことだ。FPSで射線を切った。ロボット対戦で機体の遅れを先読みした。RTSで、捨てる場所と残す場所を決めた。
遊びのはずだった。画面の向こうで終わるはずだった。でも、その蓄積だけが、今は手の中に残っている。
教官の声が、通信に入った。
『訓練形式は、基礎機動および簡易戦闘。標的機は低危険設定。撃破数だけでなく、損耗率、弾薬消費、姿勢制御、味方機との距離を記録する』
視界の端に、評価項目が並ぶ。
撃破数。被弾数。弾薬消費。機体損耗。味方妨害。生存時間。撤退判断。
俺は、そこで初めて息を吐いた。撃破数だけじゃない。この訓練には、俺が勝てる場所がある。
カイルの声が通信に割り込んだ。
『商人志望、聞こえてる? 後ろで荷物番しててもいいぞ』
教官が即座に言う。
『私語を慎め』
通信が切れる。
俺は、操縦桿を握った。
腹は立つ。だが、ちょうどいい。
カイルは前に出る。火力で押す。撃破数を取りに行く。
なら、俺はそこでは勝たない。
俺は、自分の機体の反応を確かめるため、右脚を半歩だけ動かした。遅い。重い。だが、入力の遅れは一定だ。癖が読める。
半歩。停止。旋回。照準の戻り。
遅い。けれど、使えないほどじゃない。
切り捨てられない存在になる。言葉にすると、馬鹿みたいに大きい。でも、それ以外の道が見えなかった。
『訓練開始まで、十秒』
標的機の目が、赤く灯る。
俺は正面を見た。
倒すためじゃない。残るために動く。
まずは、それを証明する。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
最強の機体ではなく、維持できる旧式標準機。
リゼルはようやく、自分が勝てる場所を見つけました。
少しでも「この選び方が面白い」「次の訓練でどう証明するのか見たい」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
大変励みになります。




