第40話 刃が届く距離
刃が届く距離は、帰れる距離とは限らない。
近接高速型ブレイダーは、試乗区画の中央で細い影を落としていた。
重装型のあとに見ると、装甲の薄さがよく分かる。胸も肩も、受け止めるための厚みではない。腕も軽い。だが膝から下だけは、他の機体とまるで違った。足首の関節が深く沈み、つま先は白い床を噛むように前へ向いている。
背中には二本の長刃。腕の外側には短い刃。腰には予備ブレード。
操縦席に身体を入れると、背中より先に足裏へ圧が来た。重火力型のように腰を深く固定する感じでも、重装型のように機体の重さへ沈む感じでもない。足を置いた瞬間から、機体全体が次の一歩を待っている。
アリアの端末が、試乗区画の照明を一段落とした。
「近接高速型ブレイダー、試験開始。標的は大型一、中型二。連携行動を入れます」
床の中央が割れ、大型標的が持ち上がる。肩幅だけで通路の半分を塞ぐ巨体だった。低く落とした頭部の下で、太い前脚が白線を踏み潰している。爪が床材に食い込み、機体越しにも鈍い振動が返ってきた。
その大型の右肩の影に、中型標的が一体沈む。背を低くし、腹を床すれすれまで落としている。こちらの胴ではなく、膝から下を狙う形だ。大型の右側へ抜ければ、その爪がブレイダーの脚へ届く。
もう一体の中型は、すぐには前へ出なかった。大型の背中側をなぞるように横へずれ、こちらが下がった時に通る線へ爪を向けている。白い床に引かれていた逃げ道が、中央の巨体、右下の爪、左奥へ回る影で細く潰れていった。
開始音が鳴った。
大型標的が床を蹴る。胸部装甲が視界を埋め、白線を削る音が操縦席の足元まで響いた。右の中型も同時に滑り出す。低い姿勢のまま、大型の影に隠れて爪を伸ばしてくる。
ブレイダーの右足が沈み、機体は前へ出る。真正面から受けず、横へ逃げもしない。大型の胸とぶつかる寸前、視界が斜め下へ滑った。巨体の肩口が操縦席のすぐ横を抜け、装甲の継ぎ目が視界の端に開く。
右腕の刃を振った。腕を振る感覚はほとんどない。通り抜ける線に、白い刃を置く。硬い音が入力フレーム越しに腕へ返り、大型の右前脚が半歩だけ沈んだ。正面を押し潰す力だけが横へ逃げ、巨体の肩が床の白線からずれる。
生まれた隙間へ、右の中型が食い込んでくる。爪が低く伸び、ブレイダーの膝下へ届く。足を引けば遅い。受ければ止まる。その爪が外装へ触れる前に、ブレイダーの左足が床を噛んだ。
沈んだ重心が回転へ変わる。腰が先に回り、腕が遅れてついてくる。左腕の短刃が下から跳ね上がり、中型の前脚を切り飛ばした。落ちた頭部の上を背中の長刃が肩越しに抜ける。首元から胴へ刃が走り、外殻が割れる音が操縦席の中へ太く響いた。
裂かれた中型が床へ滑る。前脚の残骸が白線を転がり、ブレイダーの足元へ細く伸びた。その向こうで、大型の腹の影が揺れる。
影の奥から、もう一体の中型が低く滑り込んできた。真正面ではない。倒れた中型の残骸と大型の腹の下、その狭い隙間を使って、ブレイダーの背後へ抜ける線に爪を差し込んでくる。下がれば、そこに引っかかる。足を止めれば、大型の影が上から来る。
警告音が一拍だけ鳴った。爪先が外装をかすめ、操縦席の右端に赤い擦過表示が走る。ブレイダーの左膝が落ちた。爪の内側へ入るために沈む。左腕の刃が中型の肩口へ入り、硬い外殻に噛んで止まった。
入力フレームに重い抵抗が返る。中型の爪がもう一度動き、操縦席の横を削ろうとした。ブレイダーの右足が床を噛む。沈んだ機体が半身だけ回り、右腕の短刃が同じ継ぎ目へ叩き込まれた。
外殻が割れる。噛んでいた左腕の刃が抜け、返す動きで胴を裂いた。中型の上半身が床へ叩きつけられ、赤い液が弾ける。その液面が、次の振動で細かく揺れた。
右前脚を削られた巨体が、倒れた二体の残骸ごと押し潰すように肩を落としてくる。白い床の光が消え、操縦席の正面が暗くなる。後ろには中型の脚、横には割れた外殻片。下がれば踏む。横へ逃げれば滑る。
ブレイダーは、巨体の下へ入った。床を蹴る音が短く跳ねる。右腕の刃が、最初に割った前脚の内側へ滑り込む。浅い。抵抗が重い。刃を抜き、左腕の短刃を添える。二本の刃が装甲の割れ目を押し広げ、奥の駆動部へ届いた瞬間、フレームが軋んだ。
上から大型の肩が落ちてくる。その下を、ブレイダーが抜けた。背中の長刃が遅れて走り、削れていた右前脚を根元から切り落とす。巨体が斜めに崩れ、床が低く鳴った。右足が床を割るように沈み、機体の肩が大きく回る。右腕の刃が、大型の右肩へ深く入った。外装が割れ、刃の根元まで白い火花が散る。胸の中央を裂き、そのまま左の脇腹へ抜ける。分厚い胸部装甲が斜めに割れ、内側の駆動部がまとめてちぎれた。赤黒い液が切断線に沿って噴き出し、巨体の上半身が袈裟に裂かれた形でずれる。
大型が崩れた。
右肩から左脇腹まで走った斬線が、白い床の照明を受けて開く。重い胴体が斜めに折れ、遅れて床へ叩きつけられた。衝撃が操縦席の足元まで返り、ブレイダーの膝がわずかに沈む。
試乗区画の駆動音が落ちる。
「……待ってください」
アリアの声が、一拍遅れて入った。
「今の、初回搭乗ですよね。大型の突進を受けずに、前脚を斬って向きだけずらしています。その隙に右から足を狙った中型を落として、左から退路を塞いだ個体も処理して、最後に崩れた大型へ戻っている。被弾なし。弾薬消費なし。損傷も軽微」
通信の向こうで、端末を叩く音が一度止まった。
「……候補から外す理由がありません。現時点では、最有力です」
その言葉が、操縦席の中に残った。
最有力。
ブレイダーの足元では、袈裟に裂かれた大型の上半身がまだ沈んでいる。中型二体の残骸は、その左右に転がっていた。弾薬を使ったわけじゃない。装甲で受け切ったわけでもない。踏み込み、斬り、抜け、戻った。それだけで三体が沈んでいる。
ジンの声が、通信の奥で低く入った。
「……機体側のログも見た。アリアの評価に文句はねぇ」
いつもの軽さが、少し薄かった。
「ただ、俺が見てるのはそこじゃない。ブレイダーは速いだけの機体じゃない。踏み込みで姿勢が崩れる。刃が噛めば腕が止まる。足場が少しズレれば、次の一歩が遅れる。普通は初回でどれか一つは出る」
端末を弾く音がした。
「でも今のログ、入力の遅れがほとんどない。刃が噛んだところで止まらず、反対側の短刃を入れて負荷を逃がしてる。大型の下へ入った時も、脚部負荷は跳ねてるのに姿勢は崩れてない。……お前、これを初回でやったのか」
その言葉で、胸の奥がさらに熱くなった。
足裏には、床を噛んだ硬さが残っている。腕には、外殻を割った刃の重さが残っている。大型の肩の下へ潜った時の暗さも、中型の爪が外装をかすめた音も、まだ身体の奥に残っていた。
これだ。
そう思った。
ホバーで距離を取り、狙撃スーツで数を削る。想定が崩れ、敵が近づき、逃げ道が細くなった瞬間にロードアウトを切り替える。ブレイダーで踏み込む。敵の足元へ入り、刃を入れ、抜ける。近づかれたなら、こちらから距離を潰せばいい。
勝てる形が見えた。
ジンは、まだログを追っている。
「正直、かなり噛み合ってる。機体が強いだけじゃない。お前の入力と、ブレイダーの癖が合ってる。開発側から見ても、これは候補から外しにくい。むしろ、このまま詰めたくなる」
詰めたくなる。
その言葉が、操縦席の中で遅れて響いた。
もう一度乗れば、もっと上手くやれる気がした。大型の肩の下へ、さっきより深く入れる。中型の爪も、もっと早く潰せる。最後の袈裟斬りも、もっと綺麗に抜ける。
だから、指に入っていた力が少しだけ抜けた。
欲しくなっている。
この機体で、もう一度前へ出たくなっている。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
ジンの言う通りだ。ブレイダーは強い。かなり強い。俺にも合っている。だが、合いすぎている。踏み込めば勝てると思わせる。前へ出ればどうにかできると、身体が覚え始めている。
俺が探しているのは、勝ちに行く機体なのかもしれない。
たしかに強い。これは、候補になる。
弾薬費はかからない。重火力型のように撃った後の冷却で足が鈍るわけでもない。重装型のように受けて削れる前提でもない。敵の圧を見て、踏み込み、刃を入れ、抜ける。大型一体と中型二体の連携を、撃たずに崩した。
ゲームなら、間違いなく理想的な動きだった。大型の軸をずらし、入ってくる中型を先に落とし、戻って本命を仕留める。操作の組み立てが頭に残る。勝てる形が見える。
そのまま、視線がふと床へ落ちた。
停止した標的は、消えていなかった。切り飛ばされた中型の前脚が白線の上に残り、大型の落ちた脚部が退路の端へ転がっている。割れた外殻片が床に散り、赤黒い液が吸収材の上で広がっていた。訓練場だから、液体は決まった範囲で止まっている。破片も綺麗に残っている。
あれ……外なら、もっと汚れるよな。
今は三体。床は平ら。敵の種類も最初から見えていた。刃も新品。酸もない。射撃型もいない。空中型もいない。足を止める小型もいない。この条件なら、通せた。
では、五体目はどうなる。
十体目はどうなる……。
斬った脚がホバーへ戻る線に転がった時、同じ踏み込みが使えるのか。外殻片が関節に噛んだ時、同じ速度で抜けられるのか。体液で足裏の食いつきが変わった時、大型の肩の下へ同じ距離で入れるのか。
胸に残っていた熱は、消えなかった。ただ、形が変わった。
ブレイダーは強い。かなり強い。俺にも合う。だからこそ、これを持てば前へ出る。前へ出れば、勝てる場面が増える。勝てる場面が増えれば、踏み込む判断も増える。その一歩が、ホバーへ戻る線から離れる一歩になるかもしれない。
試乗ログの一覧に、四機分の記録が並んでいた。
汎用型は何でもできるぶん、役割が広い。重火力型は道を開けられるが、撃った後が重い。重装型は下がれない場所で立てるが、受けることが前提になる。ブレイダーは敵の圧が形になる前に崩せるが、前へ出ることで勝ち筋を作る機体だ。
どれも強い。どれも正解になる場面がある。
ただ、五枠に入れて崩れた時だけ出す一枚として見ると、少しずつ違っていた。俺が欲しいのは、敵の中へ入る機体ではない。受け続ける機体でもない。何でもこなす機体でも、撃ったあとに足が鈍る機体でもない。崩れた瞬間に出して、敵を近づけず、ホバーへ戻る線を残す一枚だ。五枠の試行錯誤で発見した方法ならもしかしたら可能になるかもしれない。
その条件で記録を見直した時、前に開いた古い候補を思い出した。
両腕そのものが銃身の束になった、手のない機体だ。物は持てない。回収もできない。倒れた味方も引けない。装甲も薄く、弾薬を馬鹿みたいに食う。
普通なら、選ばない。そんな機体。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ブレイダーは強いです。
だからこそ、リゼルには少し危うい選択肢でもありました。
次回、手のない火力を試します。
よろしければ、ブックマークと星評価で応援をお願いします。
続きを書く支えになり、とても励みになります。




