第39話 乗ってわかること
乗って初めて、強さの形が見える。
ロボットの試乗をしたいと言うと、ジンはすぐには承認しなかった。
検証室の壁には、まだ門上狙撃のログが残っている。固定砲台型狙撃スーツ、試作ホバーバイク、走行データ、射撃回数、冷却時間、戻った経路。その横に地上戦闘用ロボットの項目が足されると、赤い注記がさらに下へ伸びた。
ジンは画面を見たまま、低い声で言った。
「試す価値はある。……そうだな、再度確認するが、狙撃とホバーで組むんじゃなかったのか」
「それで済むなら、それが一番安心なんだけどな」
「なら、ロボットはいらねぇだろ。遠くを狙撃で止めて、ホバーで離れる。そこまで見えてるなら、最初からコストの高い機体まで候補に入れる意味はないだろ」
ジンの声に、からかう響きはなかった。
言っていることは正しい。普通なら、ロボットは出撃前に乗るものだ。整備架から降ろし、補給を積み、管制をつけ、最初から戦場へ出る。強い機体は強い。だが、強いぶん目立つし、重いし、戻したあとの整備などの手間も大きい。
でも、俺の五枠はそこを覆せる。
基本は使用する気はない。ホバーで動き、狙撃スーツで遠くを狙い、拾えるものだけ拾って帰る。ロボットを動かさなければ、弾も減らないし、装甲も削れないから整備費も安心できる。
ただ、外で崩れた緊急時は違う。
固定砲台型狙撃スーツの表示を見る。門上で使った時は強かった。遠くを狙うことができ、味方の線を守れた。実際二十三発で、門下の流れを詰まらせることができた。
だがあれは、門上だった。
上にも下にも味方がいた。壁もあり敵がこちらへ届くまでの高さがあった。撃ったあと、すぐ背中に牙が触れることはなかった。
外では違う。
一匹倒して終わる相手じゃない。倒れた個体から別の個体が次々と襲う。地面の振動を拾って横から来る。逃げたと思った小型が、岩陰から戻ってくる。大型の腹の下に隠れていたやつが、脚だけで土を掻きながら詰めてくる。
狙撃スーツは、近づかれた時に弱い。アイテムボックスに戻せるとしても、ホバーを使用するその数秒を、誰も稼いでくれない。
俺は、ソロだ。
端末の五枠を見る。空いている枠が、ただの余白ではなく、命綱の数なんだ。
「普段使いじゃない。保険が欲しい」
ジンが顔を上げる。
「保険か…… 」
「狙撃位置が潰れて、ホバーへ戻る道も細くなって、それでも数秒だけ敵を止めないと死ぬ時。その時に出せる状況をひっくり返せる最強の一枚がいる」
「普通はロボットは持ち歩けない。でも、俺なら持ち運べる。ホバーで低く回って、敵の横や裏へ抜けて、普通ならロボットがいるはずのない場所に、いきなり強い機体で襲撃することだって可能だ」
壁のログに、門上の戦線図が残っていた。門下の前線。押し込まれた新人列。俺が撃った射線。味方が戻れた細い空白。あの時は門上にいたから撃てた。だが、もしあれが門外で、俺が地上にいたら。
「自分が危ない時だけじゃない。この前みたいに、味方の線が押し込まれた時にも使える。誰かの逃げ道が細くなった時、ホバーで横に回って、そこにロボットを出せるなら、敵の流れを変えることが可能だ。俺は狙撃でやってみせただろ?」
アリアの指が、端末の上で止まった。
ジンはまだ何も言わない。
「最初からロボットで出るやつには、火力でも装甲でも押せばいい。でも俺なら、ロボットが出てくるはずのない位置で出せる。そうなると戦場なら話が変わる。正面じゃなくて横。後ろ。逃げ道の前。味方が押されている場所の隙間。そこで一回だけ盤面を変えるとっておきの札にできる」
口にしてから、ようやく形が見えた。
俺が欲しいのは、ロボットそのものじゃない。
ロボットを出せる瞬間だ。
「だから保険にするなら、半端なものじゃ意味がない。出した時点で、もう失敗して詰んでる。逃げ道か、味方の線か、どこかが崩れてる。そこで弱い札を出しても間に合わない」
ジンの目が細くなった。
笑ってはいない。否定している顔でもない。俺ではなく、五枠の表示を見ていた。
「……持ち歩くロボットか」
「使わずに済むなら、それが一番いい。でも、使う時に敵を押し返せないなら意味がない」
ジンは端末の五枠表示を見たまま黙った。赤い注記が消えない画面の前で、工具を持つ指だけが小さく動く。すぐに否定するでもなく、面白がって笑うでもなく、俺の言葉を一度、戦場の中へ置き直しているようだった。
「なるほどな。主力じゃなく、崩れた時の保険か」
それだけ言うと、ジンはアリアへ端末を送った。
アリアは表示を受け取り、指先で内容を組み替えていく。部隊で使うための項目が消え、代わりに、危ない時に出して戻れるか、前から来る敵を止められるか、一人で扱えるか、使ったあと持って帰れるか、という項目が並んだ。
「試乗枠を確保します。汎用、重火力、重装。近接高速型も追加します」
ジンではなく、アリアが俺を見た。
壁の表示が切り替わった。
試乗区画の扉が開く。
冷えた空気に、油と金属の匂いが混じって流れてきた。白い床には機体ごとの誘導線が引かれている。天井からは太い給電ケーブルが垂れ、整備架の奥で複数の機体が固定具に支えられていた。
訓練場で見た旧式標準機とは違う。装甲の厚みも、関節の太さも、背中に詰め込まれた装備の密度も、立っているだけで別物だと分かる。
前にロボットを選んだ時、俺が最初に見たのは強さではなかった。
旧式標準機。訓練場予備。基礎火力、低。装甲、薄。動き、遅い。推奨評価、最低。それでも、構造は単純で、弾薬の形が合い、外から弾を入れ替えられた。
強いから選んだんじゃない。
残るために選んだ。
あの時は、それしか選択肢はなかった。
アリアが端末を操作すると、試乗区画は機体ごとの検証シチュエーションへ切り替わり、試乗区画の床に仮想の通路が組み上がっていった。崩れた外装板が通路の半分を塞ぎ、横転した補給箱が退避線の手前に転がる。その奥では、味方ダミーが瓦礫に脚を挟まれたまま、上半身だけをこちらへ向けていた。
正面の壁が開き、敵標的が起き上がる。
退避線までは近い。だが、通路は狭く、味方は瓦礫の向こう側にいる。助けに向かえば敵が迫る。撃つことだけを選べば、味方を置いていく。先に道を開けようとすれば、その間に敵が詰めてくる。
旧式標準機なら、ここで手順を選ばされる。
「一機目、汎用型です」
整備架から降りた機体は、旧式標準機より一回り大きかった。肩も腕も極端に太くはないが、関節の隙間が少なく、腰の左右には予備装備を吊るための空きがある。何より目についたのは、ちゃんと物を掴める五本指の手だった。
汎用型の胸部で、青い認証灯が点いた。
操縦席に体を沈めると、入力フレームが手首と肘を包み込んだ。右腕を伸ばす。巨大な手が外装板を掴み、重さを逃がすように横へ滑らせた。同時に左手が味方ダミーの肩を掴み、装甲の背中を床に擦らせながら引き寄せる。
敵標的が踏み込んでくるころには、右手はもう床に落ちていたライフルを拾っていた。
片手で構えた銃口が、ほとんど迷わず標的の胸を捉えた。撃った反動が腕に返る。標的の足が止まる。その間にも左腕は味方ダミーを離さず、空いた右足が横転した補給箱を退避線の外へ押し出していく。
通路に一本、細い逃げ道ができた。
退避線が青く灯った時、俺の手の中には二つの感触が残っていた。ライフルを撃った反動と、味方を引き抜いた重さ。その二つが同時に残っていることが、この機体の答えだった。
汎用型は、派手な一発で状況を変える機体ではない。
けれど、戦場で本来なら一つずつしか選べない動きを、途切れさせずに繋げてくる。道を開けながら味方を引き、敵を止めながら戻る。その当たり前のような繋がりが、旧式標準機では届かなかったことが出来る。
汎用型から降りたあとも、俺は自分の手を軽く握った。
指の中に、まだ巨大な手の感触が残っている。派手さはない。だが、戦場で汎用性という選択肢が増えるというのは、こういうことなのだと。
次に床の景色が変わった。
今度は、退避線そのものが敵で塞がれていた。狭い通路の奥に味方ダミーが三体、その手前に敵標的が詰まっている。先頭を倒しても、後ろの二体が道を塞ぐ。横に逃げる隙間はなく、押し込まれれば味方ごと潰される配置だった。
「二機目、重火力型です」
整備架の奥から出てきた機体は、腕からして違った。肩から先が砲身を支えるための塊になっていて、指はあるが細かい作業をする形ではない。背中には大型の冷却装置が張り出し、腰から伸びた管が生き物の血管みたいに腕部へ潜り込んでいる。
操縦席へ入ると、座席が腰と背中を深く固定した。腕を上げるだけで機体の重さが床へ沈み、照準が敵の列へ吸い付く。俺は先頭の標的だけを見なかった。その奥にある、味方が抜けるための幅を見た。
引き金を押す。
音より先に、腹の底へ衝撃が落ちた。
先頭の胸が砕け、飛んだ破片が二体目の脚を削り、三体目の肩を弾き飛ばす。狭い通路に白い火花が散り、赤く塞がっていた道が一瞬で崩れた。
味方ダミーの前に、退避線までの空白が生まれる。
俺は倒れた敵ではなく、開いた道を見ていた。さっきまで通れなかった場所が、通れる場所に変わっている。重火力型の一発は、敵を壊すだけのものではなかった。
押し込まれた味方を戻すために、塞がれた場所を力でこじ開ける。
その反動が腹の奥に残って、もう一発撃ちたいという熱までこみ上げてくる。
表示には、冷却開始、腕部負荷上昇、次に動けるまで三・二秒と出ていた。さっき整備端末で見た弾薬単価も、実は頭の奥に残っている。一発、冷却材、点検、交換部品。標的は消えたがその分だけ、財布の底が冷える。
「……気持ちいいのに、あとで泣くやつだ」
通信の向こうで、ジンが鼻で息を鳴らした。
「そこまで含めた超重火力だ」
重火力型を降りると、試乗区画の床がまた作り変わった。
今度は、最初から背後に味方ダミーが置かれていた。三体とも退避中の姿勢で、俺の後ろに固まっている。正面の扉が開き、大型突進標的が低く沈んだ。金属の爪が床を掻く音が、操縦席の中まで響いてくる。
避ければ、自分だけは助かる。
だが、後ろは潰れる。
「三機目、重装型です」
重装型は、整備架から降りた時点で空気が違った。胸部装甲は前へ張り出し、肩から前腕にかけての外装は、金属の筋肉が盛り上がったように厚い。特に拳が大きい。握り込まれたそれは、盾をそのまま拳の形にしたような塊だった。
操縦席に入ると、その拳が視界の端へ映り込んだ。前腕ごと盾みたいに太く、軽く構えただけで正面の床に大きな影が落ちる。足を踏み込むと、床が低く鳴った。重さが遅れてついてくるのではなく、腰から肩、拳の先へ一気に乗る。
床を踏んだ瞬間、機体の重心が真下へ落ち、視界の揺れが消える。
大型標的が突っ込んできた。
俺は逃げなかった。胸部装甲を前へ出し、機体の足を床へ沈める。衝撃が来る。腹へ沈み、背中まで抜ける。警告音が鳴り、固定具から火花が散った。
それでも視界は傾かなかった。
大型標的の頭が胸部装甲にめり込み、押し切れずに脚を滑らせる。重装型の腕が標的の首元を押し返し、その後ろで味方ダミーが一体、また一体と退避線へ抜けていく。
最後の一体が青く灯るまで、機体は一歩も下がらなかった。そこで腕を後ろに大きく引き大型標的を殴り飛ばした。
俺は操縦席の中で、ようやく息を吐いた。
決して速くはない。だが、正面から受け止めて、押し返す力がある。逃げれば後ろが潰れる場所で、逃げずに立てる。その数秒で味方が援護に入ることができる。その戦場では数秒を作ることによって次の射線が戻り、崩れた場所が持ち直すことができる。
重装型の重厚さは、ただの遅さではなかった。誰かの前に立つための重さだった。
“硬い”それだけで、十分だった。
部隊なら強い。拠点防衛なら頼れる。大型エイリアンの突進を止めるなら、これほど心強いものはない。修理班がいて、補給があって、回収ルートがあるなら、前に置くだけで戦場の形が変わる。
でも俺は、ソロだ。
操縦者だけ助かっても、機体を置いて帰れば次がない。耐えることが出来てもいつかは外装が削れ、関節が歪み、戦うことが出来なくなり回収支援を頼むことになる。その時点で、俺の財布と評価は死ぬ。
俺が欲しいのは、生き残るだけの箱じゃない。
次も出るために、持って帰れる札だ。
休憩に入ると、試乗区画の壁に三機分の記録映像が並んだ。
汎用型は、詰まった通路の中で味方を引き抜きながら敵を止めた。重火力型は、塞がれた退路を一発で開いた。重装型は、逃げたら後ろが潰れる場所で下がらず対処した。
各データの数字より、操縦した時の感覚が残っていた。
正直、どれも強みがあって欲しい。
だが全部は持てない。
ホバーで裏へ回る。狙撃で必要なところだけ止める。味方の線が崩れた時、逃げ道が細くなった時、そこでロボットの出番になる。そう考えると、三機は、別々の切り札に見えた。
汎用型なら、崩れた場所で人と物をまとめて動かせる。
重火力型なら、追ってくる列を砕いて退路を開けられる。
重装型なら、大型標的でも立って時間を作れる。
どれも正解になれる。
だからこそ、まだ決めきれない。
アリアが次の項目を開いた。
「迷ってますね。では次は、近接高速型です」
壁の表示が切り替わる。
近接高速型ブレイダー。
表示された機体は、さっきまでの三機とは形から違っていた。装甲は薄く腕も細い。背中に長い突起が2本交差している。そして脚だけが妙に鋭い。
武装欄には、銃ではなく刃が並んでいる。
長い刃。短い刃。腕に固定された刃。腰の予備ブレード。機体の細さに対して、刃の輪郭だけが白く浮いていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ロボットは、ただ強ければいいわけではありませんでした。
リゼルに必要なのは、崩れた時に次へ繋げるための一枚です。
次回、近接高速型ブレイダーを試します。
よろしければ、ブックマークと星評価で応援をお願いします。
次の話へ進む力になり、とても励みになります。




