第38話 帰るための目
撃てることと、帰れることは違う。
冷却表示が緑へ落ちたあとも、肩の奥に残った反動は消えなかった。
固定砲台型狙撃スーツの外装が背中側から開き、圧の抜ける音が門上の風に混じる。膝部固定機構の爪が床から外れ、腰を締めていたフレームが緩むと、ようやく自分の重さが戻ってきた。足の裏が金属床を踏む。さっきまで外骨格に預けていた体が、遅れて自分のものになる。
アリアは、まだ端末を閉じていなかった。
門外戦闘ログ。射撃回数、二十三。撃破確定、十九。行動停止、十八。有効停止、三十七。味方誤射、なし。その下に、俺の装備一覧が並んでいる。
試作ホバーバイク。固定砲台型狙撃スーツ。ロードアウトシステム。未登録収納手段、要検証。
最後に、赤い文字が一つ残っていた。
必要支援、管制員未定。
「未定って、まだ出るのか」
俺が言うと、アリアの指が端末の端で止まった。
「出ます。むしろ、ここからが問題です」
門下では、残敵処理の銃声が遠くなっていた。さっきまで聞こえていた号令も、金属を叩く足音も、もう壁の向こうへ沈んでいる。こちらに残っているのは、焼けた銃身の匂いと、端末に並ぶ数字だけだった。
ジンが横からログを覗き込み、鼻で笑う。
「撃てることは証明した。だが、外で同じことをやったら死ぬ。そういう話だろ」
「はい」
アリアは短く答え、ログを一つ閉じた。代わりに、門上、防衛線、味方識別範囲、撤退経路、狙撃位置、冷却時間が重なった図面が開く。
「リゼルさん。先ほどの処理は、単独火力として評価すると危険です。固定砲台型狙撃スーツは、機動力、防御力、近距離対応に問題があります。門上、防衛線、味方識別がある状態だから成立しました。外で単独使用すれば、撃った後に接近され、撤退前に捕まる可能性が高いです」
俺は、まだ熱の匂いが残るスーツを振り返った。
強かった。だが、あれは門上にいたから強かった。
下に味方がいて、禁止射線が出て、敵がこちらへ直接届かない位置にいたから撃てた。外で一人なら、撃ったあとの冷却時間はただの隙になる。遠くを止められても、足元まで来られたら終わる。
「それは分かる。外で一人でこれを着てたら、撃った後に終わる。遠くは止められるけど、近づかれたら鈍い。しかも冷却中に逃げられない。強いけど、強いだけだと死ぬ装備だ」
「はい。ですが、条件を分解すれば別です」
アリアが、ログを閉じた。
代わりに表示されたのは、俺の装備と支援条件だった。
試作ホバーバイク。固定砲台型狙撃スーツ。ロードアウトシステム。未登録収納手段、要検証。必要支援、管制員未定。
最後の一行で、俺は眉を動かした。
「……管制員未定、か」
「はい。本来、外任務へ出すなら管制員が必要です。味方位置、禁止射線、撤退線、敵反応、冷却状態、弾薬消費、帰還経路。今の装備構成を一人で全部見るのは不可能です。リゼルさんが敵を見る間、誰かが帰還経路を見なければなりません。リゼルさんが射線を見る間、誰かが味方位置を見なければなりません。撃てるかどうかだけでなく、撃ったあとに帰れるかを管理する人間が必要です」
「じゃあ、出せないってことか。ホバーがあって、狙撃スーツがあって、ロードアウトで切り替えられても、見る目が足りないなら外には出せない。結局、人手で詰まるわけだ」
「通常なら、そう判断します」
アリアはそこで端末を止めた。白い表示が、彼女の指先の下で揺れる。
「ただし、今回は試験任務です。リゼルさんの装備、ロードアウト、未登録収納手段、今回の射撃ログを正確に把握している人間が限られます。通常の管制員へ渡すには、説明できない項目が多すぎます。異常値が出た時、それが停止すべき危険なのか、リゼルさんの運用上必要な異常なのかを判断できなければ、管制として機能しません」
ジンが肩を揺らした。
「要するに、こいつの面倒を見られる奴がいない。装備は試作、収納は未登録、撃ち方は変、判断基準は弾代と帰還。普通の管制員に投げたら、最初の五分で全部止められるだろうな」
「言い方は不正確ですが、状況としては近いです」
「近いのかよ」
俺は端末の未定の文字を見た。
「じゃあ、誰が見るんだ。管制員は未定で、普通の人には渡せない。でも任務候補はある。そうなると、結局また検証室に戻るのか?」
「今回だけ、検証責任者権限でこちらが管制を代行します。担当ではありません。任務中の一時処理です。現時点では、私が見るのが最も事故率を下げられます。ですが、正式な担当ではありません。こちらでも管制員の候補は探します」
アリアは目を伏せ、すぐに戻した。その動きは短かったが、言葉ほど簡単に割り切っているようには見えなかった。
「候補を探すって、すぐ見つかるのか?」
「簡単ではありません。リゼルさんの装備構成は通常運用から外れています。さらに、未登録要素を含みます。規定通りに処理する管制員では、異常値が出るたびに任務を止める可能性が高いです。止めるべき時は止めます。ただし、何が危険で、何が必要な異常値なのかを見分けられなければ、リゼルさんを外へ出すことはできません」
ジンが短く笑った。
「面倒な注文だな。危ないことは止めろ。でも、危ないだけで止めるな。しかも赤字になりそうなら止めろ。けど、黒字になるなら多少の無茶は通せ。管制員に嫌われるぞ、お前」
「俺が注文したみたいに言うなよ。俺だって、好きで面倒な新人になってるわけじゃない。普通に食って、普通に寝て、普通に稼げるなら、それが一番いい。でも普通の道がないから、こうなってるんだろ」
ジンは工具を指で回し、笑いを引っ込めた。
「まあな。普通の道があったら、お前はここにいない。問題は、普通じゃない道を通る時に、誰が横で地図を見るかだ」
俺は何も言えなかった。
問題児と言われるほど暴れた覚えはない。だが、端末に並ぶ文字を見ると、反論もしにくい。試作ホバーバイク。固定砲台型狙撃スーツ。ロードアウト。未登録収納手段。そこへ、管制員未定。
まともな新人の欄ではない。
ジンが端末を弾いた。
「いいな。やっと形になってきた。行く、見る、撃つ、逃げる。そこに拾うが入れば、仕事になる。お前が外で稼ぐなら、敵を倒すだけじゃ足りねぇ。持って帰るものがいる。倒した、逃げた、でも何も拾えませんでしたじゃ、ただの赤字訓練だ」
「拾う?」
俺が聞き返すと、アリアが別の記録を開いた。赤い注記が並んでいる。
通常部隊運用、費用対効果不良。回収対象、希少素材。破損率、高。護衛費、高。撤退支援費、高。通常依頼優先度、保留。
俺は文字を追う前に、報酬額を見た。次に、想定経費。最後に、成功時差額。喉の奥に残っていた弾薬費の苦さが、別の形へ変わる。
「素材回収か」
「はい。通常の部隊で処理すると、費用が合いません。高火力で倒せば素材が壊れ、近接回収を行えば護衛費が跳ねます。回収用ドローンを使う方法もありますが、対象の出現位置と周辺個体の影響で、成功率が安定していません。成功すれば利益は出ますが、失敗した場合の損耗が大きいため、通常依頼としては保留されています」
「だから、俺に撃たせる?」
「撃つだけでは不足です。ホバーで接近し、狙撃スーツで対象を止め、ロードアウトで装備切り替えを隠し、収納手段で素材を確保し、追跡反応が発生した場合は撤退します。リゼルさん一人で見るには項目が多すぎます。だから管制が必要です。ただ、今すぐリゼルさんに付けられる管制員はいません。人員の問題もありますが、それ以上に、通常の管制員では未登録装備と未登録収納手段の扱いが分かりません。説明できないものを、説明なしで預けるべきではありません」
俺は端末の成功時差額を見る。数字は悪くない。少なくとも、門上で撃った弾代の苦さを飲み込めるくらいには、目が止まる。もちろん、赤い注記は多い。通常部隊運用非推奨。破損率高。護衛費高。撤退支援費高。普通に考えれば、面倒な仕事だ。
だが、普通にやらなければいい。
遠くから見る。必要なものだけ撃つ。拾う。逃げる。戻る。黒字にする。その順番なら、少しだけ形が見えた。
アリアは俺の視線の先を確認してから、言った。
「条件付きですが、仕事があります。事前検証を通過すること。ホバーの外周走行、狙撃スーツの冷却管理、ロードアウトの展開時間、収納条件の確認。加えて、一時代行側の停止指示と撤退基準に従うこと。撃つ場所の判断は、今回のログを見る限り、リゼルさん側に残した方が成果が出ます。ただし、撤退判断と停止指示は別です。そこを無視するなら、任務には出せません」
「撃つ場所は任せるけど、帰る線は勝手に切るなってことか」
「はい。リゼルさんは撃つ時、敵の流れを見ています。そこは有効です。ですが、撃てることと帰れることは同じではありません。管制が見るのは、リゼルさんが撃っている間に細くなる帰還経路です」
ジンが口笛を吹きかけて、アリアに見られてやめた。
「すごい評価だな。撃つ場所は任せる。けど逃げる時は言うことを聞け。新人への条件としては、かなり変だぞ」
「評価ではありません。結果です。今回のログでは、射撃判断をこちらで固定するより、リゼルさん側に残した方が処理効率が高くなっています。ただし、任務全体を任せるには危険です」
アリアはまた同じように言った。けれど、その声は少しだけ違った。冷たいわけではない。ただ、数字の向こうにある使い道を、もう見ている。
俺は端末の報酬額をもう一度見た。
「黒字になる可能性は?」
「あります。ただし、可能性です。失敗すれば赤字です。素材を壊した場合も赤字です。追跡反応で装備を損耗した場合も赤字です。撤退が遅れて機体を失えば、任務報酬では取り返せません」
「正直だな。もう少し夢のある言い方はないのか」
「夢のある言い方をしても、請求額は減りません」
「そこは本当に容赦ないな」
「嘘をつく理由がありません」
俺は息を吐いた。
肩の奥には、まだ反動が残っている。銃身の冷却表示は、ようやく黄色から緑へ落ちかけていた。弾薬消費の警告は消えない。整備確認、必須の文字も残っている。
それでも、次の画面には報酬額があった。赤字のあとに、黒字の可能性がある。それだけで、次に見る場所が変わる。
ジンが端末を閉じず、別の項目を開いた。
地上戦闘用ロボット、試乗枠。汎用型。重火力型。重装型。近接高速型。旧式特殊火器型。
赤い注記が、どの項目にも付いている。
「素材回収任務へ出すには、逃げる足と撃つ手段だけでは足りません」
アリアが言った。
「崩れた時に、戦線を作り直す札が必要です。接近された場合、逃げ道を潰された場合、狙撃位置を捨てる必要が出た場合。そこで何を出すのかを決めなければ、任務には出せません。ホバーは逃げる足です。狙撃スーツは遠くを止める装備です。ですが、近距離で崩れた時、逃げるまでの数秒を作る手段がありません」
「つまり、敵が近づいてきた時に、もう一枚出す札がいる。撃って終わりじゃなくて、撃ったあとに逃げるための壁か、火線か、時間稼ぎがいるってことか」
「はい。その候補が地上戦闘用ロボットです。ただし、すべて高額で、整備費も重いです。試乗だけなら検証費で処理できますが、採用する場合は維持費を考える必要があります」
「試乗だけなら検証費って言い方、逆に怖いんだよ。試乗したあとで、欲しくなったら地獄を見るやつだろ」
ジンが笑いながら、ロボット一覧の一番下を指で弾いた。
「じゃあ次は地上ロボだ。汎用、重火力、重装、近接高速、旧式特殊火器。どれも強い。どれも高い。どれも、お前みたいな金にうるさいやつには胃が痛い。だが、五枠に入る馬鹿な保険を探すなら、避けては通れねぇ」
端末の中で、赤い注記がいくつも瞬いた。
俺はまだ、外任務には出ていない。素材も拾っていない。黒字になったわけでもない。管制員は未定で、収納条件も怪しくて、次に試す候補はどれも金食い虫に見える。
それでも、最初にここへ来た時とは違っていた。
外れに見えた三つのスキルが、ようやく装備と仕事の形に引っかかり始めている。ホバーは足になった。狙撃スーツは遠くを止める銃になった。ロードアウトは、人前で装備を切り替える言い訳になった。
あとは、崩れた時に帰るための保険を決めるだけだ。
俺は地上戦闘用ロボットの一覧を見た。
「検証費で済むうちに、試せるだけ試す。買うかどうかは、そのあとだ。強いかどうかじゃなくて、俺が出して、使って、戻れて、次も維持できるかを見る」
ジンが笑った。
「いい答えだ。勝つためじゃないんだろ?」
俺は、まだ熱の残る銃身を横目で見た。弾薬消費、警告域手前。整備確認、必須。その隣で、地上ロボット試乗枠の文字が赤く光っている。
「帰るためだ」
アリアの指が、端末の申請欄を開いた。
素材回収任務、候補。必要支援、管制員未定。試験時一時代行、検証責任者権限。操縦者、リゼル。状態、未承認。
アリアの名前は、どこにも担当者として入っていなかった。表示されているのは、管制員未定と、試験時一時代行という乾いた文字だけだ。それでも、その未定の欄を見ていると、胸の奥に重いものが残った。
俺を外へ出して、戻すための目が要る。撃つためではない。帰るために。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
撃つ力は見えた。
けれど、外へ出るには、まだ足りないものがあります。
次回、地上ロボット試乗です。
帰るための一枚を探します。
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