第37話 戦果より、弾代
最初に見たのは、戦果ではなく弾代でした。
固定砲台型狙撃スーツは、まだ熱を持っていた。肩の奥で、反動の残りが鈍く沈んでいる。膝部固定機構の爪が金属床から外れるたび、細かな振動が腰へ返った。右腕側の長い銃身は、冷却表示を黄色のまま点滅させ、焼けた金属の匂いを門上の風に混ぜている。
門外の黒い波は、もう防壁へ向かっていない。門下では迎撃隊が残敵を処理していた。銃声は散発的になり、さっきまで腹の底を押していた圧も、少しずつ遠くへ逃げていく。だが、俺の端末には、まだ消えていない表示が並んでいた。
弾薬消費、警告域手前。冷却限界接近。銃身負荷、基準上限近接。整備確認、必須。補給費用、算出中。
喉の奥が、さっきの反動とは別の形で詰まった。
「……これ、赤字じゃないよな?」
口に出した瞬間、門上にいた兵士の何人かがこちらを見た。さっきまで、あの人たちは固定砲台型狙撃スーツの銃口を見ていた。門外の流れを割った射線を見ていた。俺が何を撃ち、何を止めたのか、たぶん見ていた。
なのに、今は俺の顔を見ている。
アリアは端末から目を離さなかった。細い指が、戦闘ログと費用計算の欄を切り替える。白い数字がいくつか流れ、赤い警告だけが端に残った。
「今回の射撃は、試験運用および緊急防衛支援として処理されます。リゼルさん個人への即時請求は発生しません。ただし、それは今回が門上防衛線内での検証を兼ねた支援だったからです。同じことを外任務で行った場合、弾薬費、冷却材、銃身摩耗、反動吸収フレームの点検費、膝部固定機構の交換可能性まで、すべて収支計算に入ります」
胸の奥に溜まっていたものが少し下がり、すぐに別の重さで戻ってきた。
「即時請求なしって言い方、安心させるための言葉じゃないよな。今回は助かったけど、次に同じ撃ち方をしたら、俺の財布に全部来るってことだろ」
「外任務なら来ます。撃った事実は消えません。防衛支援の名目がなければ、消耗品は消耗品として計上されます」
「やっぱり来るじゃないか。戦果って言葉、聞こえはいいけど、撃った後の数字まで消してくれるわけじゃないんだな」
ジンが横で笑った。端末を片手に、門外ではなく俺のスーツのログを見ている。目が少し危ない。開発者が、壊れなかった装備の中に次の試験項目を見つけた時の顔だ。
「お前な。門外の圧を抜いて、左列の孤立を消して、奥の起点まで潰しておいて、最初に見るのがそこか。普通なら戦果を見る。撃破数とか、支援評価とか、門下の連中がどれだけ助かったかとか、そういうところで少しは気持ちよくなるもんだろ」
「気持ちよくなっても弾は戻らない。俺が撃った分だけ数字は残る。冷却も整備もタダじゃない。今日だけなら検証費で済むかもしれないけど、次も同じ気分で撃ったら、その時は赤字で終わる。勝ったあとに装備を維持できないなら、それは勝ったんじゃなくて、次に出られなくなっただけだろ」
ジンの笑いが少しだけ変わった。
「そこまで言うなら、立派な現場脳だよ。夢はねえけどな」
「夢で補給費は払えない」
言ってから、俺は銃身の表示をもう一度見た。黄色の冷却表示が、まだ落ちない。固定砲台型狙撃スーツは、撃っている間は頼もしかった。遠くに届く。硬い外殻を抜ける。小型の流れを止められる。けれど、撃った後はこうなる。
熱、負荷、整備、費用。画面に残る数字は、敵の死体よりずっと長くこびりつく。
アリアが手元の端末を操作した。
「ロードアウト解除は、冷却が基準値を下回ってからです。高温状態のまま収納した場合、内部状態保存の影響が未検証です。再展開時に熱状態が保持される可能性があります。最悪の場合、装着直後から冷却警告が出るか、内部フレームに歪みが残ります」
「つまり、今すぐ脱げば楽だけど、次に着た時に熱いままかもしれないってことか。装備をしまったつもりで、熱と負荷まで一緒に持ち越す可能性があるなら、それはもう収納じゃなくて爆弾の保管だろ」
「表現は乱暴ですが、警戒すべき方向は合っています」
ジンが嬉しそうに端末へ何かを打ち込んだ。
「面白いな。冷却前収納で熱状態が保存されるなら、逆に使い道があるかもしれねぇ。たとえば熱を保持したまま再展開できるなら、初動の――」
「兄さん」
アリアの声が低く落ちた。
ジンの指が止まる。
「今は人体を中に入れた装備の話をしています。熱保持の利用可能性ではなく、操縦者の安全と再展開時の事故率を優先してください。リゼルさんは試験体ではありますが、消耗品ではありません」
「分かってる。分かってるって。ただ、現象としては面白いだろ」
「分かっている人間の顔ではありません。あと、現象として面白いものほど、現場ではだいたい危険です」
門上の兵士が一人、吹き出しかけて咳払いで誤魔化した。俺は笑えなかった。肩の奥にはまだ反動の芯が残っているし、腰の固定具は地味に痛い。銃身の熱が落ちるまで、俺はこの巨大な銃みたいな外骨格の中にいなければならない。
アリアはログの表示を切り替えた。門外の戦闘記録が、俺の視界にも共有される。青い味方反応。黒い外殻種。赤い禁止射線。そこへ落ちる白い射線。さっき自分が撃ったものが、上から見た線として流れていく。
「射撃回数、二十三。撃破確定、十九。行動停止、十八。有効停止、三十七。同時複数処理、九。二対象貫通、六。三対象貫通、三。後退線維持、四回。孤立予測解除、二回。味方誤射、なし。今の射線処理は、管制側で指定していません。私が提示したのは、味方位置、禁止射線、射撃可能域です。どこを撃つか、どの設定を使うか、どの順で処理するかは、リゼルさん側の判断でした」
「撃てるところを撃っただけだ。敵は多かったし、正面から来てた。味方を巻き込まない線を探したら、ああなった」
「撃てるところは、他にもありました」
アリアが映像を一つ止める。門下の正面に黒い塊がある。見た目だけなら、そこを撃てばいい。だが、白い射線は正面ではなく、少し左の残骸前へ落ちていた。二体が絡まり、後続が詰まり、青い列の横に隙間が残る。
「この時点で、正面大型個体への射撃も可能でした。大型個体を撃破すれば、見た目の戦果は大きくなります。ですが、リゼルさんはそちらを後回しにして、残骸前の細い流れを止めました。理由を説明できますか」
俺はログの黒い流れを指でなぞった。敵の種類も、正式な名前も、俺はまだよく分かっていない。けれど、流れ方には癖がある。押しているように見える時ほど、横に抜ける道が残る。前に出た味方ほど、戻る場所を失いやすい。
「あれは後で間に合う。正面の大きいやつは目立つし、遅いし、門下の火線も向いてた。でも横の細いところは違う。あそこを抜かれると、前に出た連中が戻れなくなる。敵が一列に見えても、流れが一本とは限らない。正面だけ撃つと、横の抜け道が残る。倒しやすいところじゃなくて、詰まるところを撃った方が、結果的に戻る線が残る時がある」
アリアの指が止まった。
ジンの端末に、俺の発言が文字起こしされていく。
「二体倒すより、倒れた一体で後ろを止めた方が早い。全部を消す必要はない。詰まらせれば、後ろの敵は勝手に遅れる。遅れれば、門下の味方が処理できる。俺が全部倒す必要はなかった。前に出た連中が戻れるだけの時間を作ればよかった」
ジンが笑うのをやめた。
「お前、それをあの場で見てたのか」
「見えてたというより、残すとまずい形だった。あそこを抜かれたら、前に出た連中が戻れない。戻れないまま正面を撃ってたら、横から潰される。そういう形に見えた」
「お前、敵を倒したんじゃない。流れを曲げたんだよ。撃破数より、止まった数の方が多い理由がそれか。普通は敵を見て撃つ。お前は、敵が詰まる場所を見て撃った」
「曲げたっていうか、詰まらせた。言い方を大きくするなよ。こっちは弾代が怖いんだ。できるだけ少ない弾で止まる場所を撃っただけだ」
ジンは今度こそ声を出して笑った。
「そこまで行くと、弾代への恐怖も才能だな。二十三発で三十七停止。しかも味方誤射なし。普通の新人が出す数字じゃない。いや、新人どころか、普通の射撃手でもあの場でやれるか怪しい」
「普通の新人は、そもそもこのスーツで門上に出ないだろ。比較対象がおかしい」
「そこは否定しない」
アリアは楽しそうではなかった。けれど、目の動きが少し違っていた。さっきまでの安全確認とは違う場所を見ている。俺ではなく、俺の後ろに並び始めた装備と数字、その先にある任務の形を見ている。
その視線に気づいて、背中の奥に残っていた反動が、少しだけ別の重さに変わった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
門上では派手に撃ちましたが、リゼルが最初に見ていたのは戦果ではなく弾薬費でした。
敵を倒すことと、味方が戻れる形を作ること。
同じ射撃でも、見ているものが少し違います。
次回は、その結果を受けて「外へ出るために何が足りないのか」を詰めていきます。
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