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剣と魔法だと聞いたのに、転生先は未来ロボ戦争ゲーム世界でした。チート無双の予定が、科学文明で初期スキル死亡  作者: はちねろ
第2章 ロードアウト、オン

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第33話 撃つための距離

逃げるための足の次は、近づかないための距離。

 シャワーは、湯温が安定していた。湯を止めると、足元の溝が音もなく流れを吸い込む。壁から出てきたタオルは乾いていて、少し温かい。髪を拭きながら寝台へ戻ると、食事パックの空容器が受け取り口の奥へ引き込まれ、低いロック音だけを残した。


 冷蔵スロットには、封を切っていない飲料が一本残っている。


 俺はそれを取り出し、冷えた表面を指で転がした。


 扉は閉まっている。空調は一定で、床の振動もない。壁面端末の白い文字が、寝台の横に細く落ちていた。明日の予定。固定砲台型狙撃スーツ、基礎検証。第三区画訓練場。開始時刻、午前九時。


 湯を浴びた。飯も済ませた。飲み物もある。寝台に背中を預ければ、マットレスが体重を受けて沈む。外で宿を探して歩き回っていたら、こんなふうに座って、翌日の予定を眺める余裕はなかっただろう。助かっている。それは分かる。けれど、喉の奥だけが戻らなかった。


 飲料の冷たさを握ったまま、右手を開く。指の腹には、まだホバーバイクのハンドルの硬さが残っていた。土の下から、黒い外殻がほどける。細い脚が地面を掻く。乾いた砂が跳ねる。目らしいものもないのに、あれは確かにこちらへ向きを変えた。


 画面の敵じゃない。あれは生きていて、俺の方へ来た。


 扉の向こうに動くものはない。換気口から落ちる風も、端末の小さな電子音も、部屋の中で綺麗に整っている。門外の土の匂いはない。外殻虫が砂を掻く音もない。ここには何も入ってこない。


 それでも、目を閉じると、あの脚だけが残る。


 怖かった。


 そこだけは、どうにも誤魔化せなかった。


 ただ、引っかかっているのは恐怖だけじゃない。


 外殻虫を見た瞬間、入力は落ちた。身体が一度、止まった。そこまでは分かる。けれど、その後で戻った。警告表示より先に腰が戻り、推力差が赤に変わる前に、身体が逃げていた。


 地面の乱れ。音の跳ね方。外殻虫の動き。


 全部を理解していたわけじゃない。見えていたわけでもない。だが、危ないという意味だけが、警告より先に刺さった。


 戦闘補助か、ナノマシンか。それとも、万能言語が音や振動まで拾っているのか。


 飲料の容器を寝台脇の小さな棚に置く。冷たさの跡が、指に残った。


 答えは出ない。


 ジンに言えば、面白がる。アリアに言えば、検証項目が増える。増えれば、俺の時間も、動き方も、さらに細かく区切られる。


 確証もない話を、先に渡す必要はない。


 戦闘補助なのか、ナノマシンなのか、万能言語なのか。まだ自分でも掴めていない。ただ、外で戻るために使えるかもしれない感覚なら、今は手元に置いておきたかった。


 壁面端末の表示が、短く切り替わった。


 固定砲台型狙撃スーツ、基礎検証。


 逃げる足の次は、撃つための距離。


 俺は端末の光を落とし、寝台に身体を預けた。湯の熱も、食事の匂いも、冷えた飲み物の感触も、ここには残っている。


 眠れるかどうかは分からない。


 それでも、横になれる場所があるだけで、次の朝へ進む理由にはなった。


 翌朝、第三区画訓練場の壁には、昨日の門外走行ログが開かれていた。


 外周変形地形、通過。低振動移動、基準内。追跡反応、発生。門前射線誘導、なし。機体接触、なし。転倒、なし。その下に、赤い注記が三つ並んでいる。


 警告表示前補正入力、複数回。初回接敵時、入力遅延。追跡反応後、進路修正。


 アリアは映像を止めた。


 穴の縁で外殻虫が動いた瞬間、俺の入力線が細く途切れている。見たくないところまで、端末は拾っていた。


「初回接敵時、入力が落ちています。ただし、その後の進路修正は成立しています。防壁側へ誘導せず、外周へ流し、追跡反応を門前射線に入れていません。恐怖反応は出ていますが、判断は戻っています」


 褒めている声ではなかった。


 アリアは事実を置いているだけだ。怖かったかどうかではなく、怖がったあとに戻せたか。ここでは、その線だけが残る。


 逃げて戻れる。そこまでは、昨日分かった。けれど、外で何かを持ち帰るなら、近づかれる前に止める手がいる。


 アリアがホバーのログを閉じ、別の機体図を開く。


 固定砲台型狙撃スーツ。


 長い銃身。前方に寄った重量。片膝をつくことを前提にした脚部固定機構。腰から背中へ伸びる反動吸収フレーム。スーツというより、人間の身体を巨大な銃へ合わせるための外骨格に見えた。


 訓練場の奥で、搬送レールが動いた。


 白い固定台に吊られて、固定砲台型狙撃スーツの実機が運ばれてくる。近くで見ると、図面よりずっといびつだった。


 右腕側に長い砲身が抱え込まれている。肩から前腕にかけて、銃身と支持材が一本の骨のように伸びていた。反対側には、反動を受けるための補助フレームが厚く張り出している。左右対称ではない。人間に合わせた装備というより、人間の方を銃に合わせるための枠だった。


「固定砲台型狙撃スーツは、移動不能な設置兵器ではありません」


 アリアが機体図に古い運用図を重ねた。


「着用者が装着し、移動し、射撃位置につくことはできます。ただし、機動、防御、近距離対応、陣地転換速度は低評価です。見る、構える、撃つ。その三点に特化しています」


 遮蔽陣地。観測手。護衛班。弾薬搬送。撤退車両。回収班。狙撃スーツは後方に膝をつき、長い銃身だけを前へ向けている。


「昔は専用の狙撃部隊もありました。安全な射撃地点を確保できるなら、大型個体や指揮反応の強い個体を遠距離から処理できます。ですが、運用負担が大きすぎました。狙撃中は護衛が必要です。撃破後の回収には別部隊が必要になります。つまり、撃つ力は本物ですが、撃つために周囲が支えなければならない装備です」


 弱いから廃れたわけではない。


 強い。間違いなく強い。だが、強さを成立させるために、人間と物資と時間を食う。


 ジンが機体図を見上げたまま言った。


「着て動ける。だが遅い。格納庫で着て、射撃位置まで歩いて、膝を固定して、撃つ。普通にやれば、その間に状況が変わる。だから、お前の五枠を使う」


 アリアが装着確認を開いた。


「通常手順で装着します。可動域、重量偏差、反動吸収フレームの接触を確認してください」


 補助アームがスーツを開く。


 俺は腕を通し、胸部固定具に身体を入れた。背中から伸びたフレームが肋骨の後ろへ噛み、腰が締まる。右腕側の砲身が前へ沈んだ瞬間、肩が持っていかれた。左足で踏ん張ろうとしたが、膝の横で固定機構が鳴り、身体が勝手に片膝へ寄せられる。


 重い。


 ただ重いだけじゃない。重さの向きが悪い。右腕には砲身があり、左側にはそれを受けるための硬い骨が増えている。腰を少し動かすだけで、身体の中心がずれる。歩けないわけではない。だが、一歩ごとに装備の都合へ身体を合わせ直さなければならない。


「これ、動けるって言っていいのか」


「動けるというだけです」


 アリアは即答した。


「機動戦用ではありません。装着者が射撃位置まで移動し、膝部固定を行い、狙撃姿勢へ入るための装備です。左右非対称の重量配分、腕部砲身、反動吸収フレームの都合で、通常の歩行や急な陣地転換には向きません」


 ジンが横から続ける。


「だから昔は護衛と搬送が必要だった。こいつを着た狙撃手を安全な場所まで連れていき、撃たせて、撃ったあとは引き剥がして戻す。強いが面倒だ。強いから使われて、面倒だから廃れた」


 俺は右腕側の砲身を少し持ち上げた。


 身体の前に、銃身が伸びる。


 門外で見た外殻虫の脚が、頭の隅に戻った。あの距離に、自分の身体だけで立つのは無理だ。だが、これなら届く前に撃てる。


 その代わり、動きにくい。逃げにくい。撃つ場所を間違えれば、次の動きが遅れる。


 強い装備なのに、自由にはならない。


 その違和感を追った瞬間、視界の奥に薄い枠が浮いた。砲身、腰フレーム、膝部固定機構、反動吸収フレーム、照準系。身体に噛んでいる外装一式を、戦闘補助がまとめて拾い、ナノマシン側の表示が身体と装備の境目を細くなぞっていく。


 俺の感覚では、それはもう一つの装備としてまとまっていた。


 いける。


 俺は固定砲台型狙撃スーツを、一つの装備として見た。


 回収。


 次の瞬間、肩から重さが消えた。腰の締めつけが抜け、膝の固定音が途切れる。さっきまで身体に噛みついていたフレームが、空気ごと剥がれたように消えていた。


 床に落ちた部品はない。固定台にも戻っていない。


 俺だけが、訓練場の白い床に立っていた。


 アリアの端末に赤い確認表示が走る。外装反応、消失。接触圧、消失。床面落下物、なし。端末が拾えたのは、消えた後の事実だけだった。


 ジンの指が、端末の表示を拡大した。


 俺は五枠の中にある重い塊を思い浮かべる。


 出す。


 肩に重量が戻った。腰が締まり、背中のフレームが肋骨の後ろへ噛む。膝の横で固定機構が鳴り、長い銃身が視界の下へ沈んだ。


 さっきと同じ位置。さっきと同じ重さ。


 装着したまま消え、装着したまま戻っている。


 今度はアリアの端末に白い確認表示が並んだ。外装反応、復帰。接触圧、復帰。射撃系統、安全固定。膝部固定機構、正常。


 ジンの口元が、少しだけ上がった。


「今のを人前でやったら終わりだな」


 その声には、焦りよりも熱があった。


「装備が消えて、装備が戻る。しかも装着状態ごとだ。説明がつかない。なら、説明がつく形に見せればいい」


 ジンは端末に短い認証を飛ばした。


「第三保管庫を開けろ。封印ケースごと持ってこい。担当警備を二人つけろ」


 通信越しに、短い返答が入った。


 ジンは、それ以上説明しなかった。


 アリアは端末に新しい記録欄を作っている。外装換装補助具。試験運用。装備構成登録。白い文字だけが、淡々と増えていった。


 何かを呼んだのは分かる。


 それが何かは、まだ言わない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


逃げて戻るための足の次に、リゼルは“近づかずに済む距離”を手に入れようとしています。

次回、封印ケースの中身が明かされます。


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