第27話 管理下の自由
処分は免れた。
だが、自由になったわけではなかった。
拘束具が外れたのは、俺が観測管理対象として登録されたあとだった。
手首の輪が開く。金属が皮膚から離れた瞬間、血の流れが遅れて戻ってきた。指先にじんじんとした熱が広がる。肩と腰の固定ベルトも外れたが、自由になった感じは薄い。壁の黒い穴はまだこちらを向いているし、扉の外には警備員の影が残っている。
アリアが医療パッチを取り出した。
白い膜が頬に貼りつき、傷の熱が少しだけ奥へ引く。冷たさのあとに、皮膚の感覚が鈍くなった。口の中にはまだ鉄の味が残っている。
「しばらく痺れます。口を大きく動かさないでください」
「話すなってことか」
「余計なことを話さなければ、悪化しません」
『無理だな』
「兄さん」
アリアの声が低くなる。
ジンは笑いながら、胸元へ戻した黒い決済タグを軽く叩いた。返してもらえたはずなのに、あのタグを見るだけで喉の奥が少し乾く。俺が一度しまったものだ。俺の枠に入ったものだ。だが今はジンの胸元に戻っている。
俺のものではない。
それが、むしろ分かりやすかった。
『立てるか、リゼル君』
「その呼び方、やめてくれ」
『嫌だね。観測対象には識別しやすい呼び方がいる』
「普通にリゼルでいいだろ」
『じゃあ、リゼル君だ』
「変わってねぇよ」
椅子から立ち上がると、膝が少しだけ遅れた。倒された衝撃がまだ身体の奥に残っている。腕を動かすと、手首に拘束具の跡が赤く残っていた。痛いというほどではない。だが、さっきまでここで固定されていたことを、皮膚がまだ覚えている。
アリアは俺のふらつきを見ていた。
「歩行に問題がある場合、検証は延期します」
『歩けるなら行く』
「兄さん」
『血は止まってる。骨も折れてねぇ。頭も回ってる。なら今見る。時間を置くと、こいつも余計なことを考える』
「それは否定しませんが」
「俺の扱い、雑すぎないか」
『雑に扱える程度には生きてるってことだ』
扉が開いた。
外の警備員がこちらを見る。だが、さっきまでのように前後左右を固める動きはなかった。アリアが端末を一度見せる。警備員の肩の警告灯が白く点滅し、二人が半歩だけ下がった。
通路の赤い誘導線は消えていた。
代わりに、壁際へ細い青の案内線が伸びている。警備用ではなく、内部区画の移動表示らしい。だが、扉は一つ開くごとに背後で閉じる。自由な通路には見えない。
『勘違いするなよ』
ジンが前を歩きながら言った。
『お前は釈放されたんじゃない。俺の管理下に移っただけだ』
「分かってる」
『分かってない顔だな』
「椅子に縛られてた状態から歩けるようになったんだ。少しは自由だろ」
『そういう前向きさは嫌いじゃねぇ』
アリアが横から口を挟む。
「正確には、自由移動ではありません。兄さんと私の同伴がある場合に限り、区画移動が認められています。単独行動は許可されていません」
「じゃあ、全然自由じゃないな」
「はい」
はっきり言われた。
青い案内線は、白い部屋からさらに奥へ続いていた。展示区画の明るさとは違う。天井の作業灯は低く、壁には整備用の配管と端末ポートが並んでいる。油と冷却材の匂いが混じり、空気に少しだけ重さがある。
ジンは一つの扉の前で止まった。
認証の音。扉が開く。中は倉庫というより、小さな検証室だった。中央に固定台があり、その上に人型の骨格が吊られている。
試験用フレーム。
武装は外されていた。装甲もない。価値のある部品は抜かれ、腕と脚と胴体の骨だけが、固定具に支えられている。黄色い作業灯が剥き出しの関節を照らし、金属の端に細い光を残していた。
「いきなり大きくないか」
『戦場でタグだけしまう気か』
「そういう問題じゃないだろ」
『そういう問題だ。お前が欲しがってるのは、試作ホバーと固定砲台型狙撃スーツだ。弾薬も部品も回収物も装備も扱いたい。なら金属片で済ませる段階は終わりだ』
アリアが端末を操作する。検証室の壁にフレームの情報が表示された。武装なし。動力遮断。高価部品撤去済み。固定具使用中。破損時評価額は、俺の今の財産では見たくない数字だった。
「これ、壊したらどうなる」
『俺が怒る』
「弁償じゃなくて?」
『弁償できるのか?』
「無理です」
『なら俺が怒る』
アリアが端末から目を離さずに言った。
「兄さんが怒るだけで済むかは、破損内容によります」
「それ、全然安心できないんだけど」
「安心させるために言っていません」
ジンは固定台の横に立ち、フレームを顎で示した。
『条件は単純だ。入れろ。戻せ。破損させるな。位置をずらすな』
「最後の要求が高くないか」
『高い。だが、お前はさっき決済タグを床に置いた。落とさなかった。弾かなかった。なら、場所指定に何かしらの規則がある』
「俺も全部分かってるわけじゃない」
『だから見るんだろ』
アリアの端末から、短い電子音が鳴った。
「記録を開始します。質量反応、位置情報、固定具応力、熱変化、空間負荷、外部転送ログを並行監視します」
言葉だけ聞けば冷静だ。
だが、端末を持つ指には力が入っていた。さっきと違う。警備対象を見る指ではない。危険物を処理する指でもない。未知の現象を、逃がさず掴もうとしている指だった。
俺は試験用フレームを見る。
人型の骨格として見る。腕、脚、胴体、センサー枠。剥き出しの関節。固定具に吊られた姿勢。ばらばらの部品ではなく、一つの機体として認識する。
視界の端で、黒い枠が開いた。
俺は試験用フレームを見る。
人型の骨格として見る。腕、脚、胴体、センサー枠。剥き出しの関節。固定具に吊られた姿勢。ばらばらの部品ではなく、一つの機体として認識する。
視界の端で、黒い枠が開いた。
五つ。
今は全部空いている。
ジンは俺ではなく、固定具の方を見ていた。アリアは端末を構えたまま、瞬きの回数を減らしている。
『やれ』
ジンの声が、検証室の壁に低く当たった。
俺は喉の奥に残った鉄の味を飲み込む。
金属片では済ませてもらえない。
次に試すのは、戦場で使うための大きさだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
リゼルは拘束を解かれましたが、自由になったわけではありません。
ただ、警備対象として処理される場所から、ジンの管理下で検証される場所へ移りました。
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