第2話 商人になりたいんですけど
英雄になる気はなかった。
明日も飯を食える道を、選んだつもりだった。
スキル。
選んだのは、派手さのない三つだった。
アイテムボックス。
万能言語。
戦闘補助。
……地味だな。
でも、悪くはない。少なくとも、その時の俺はそう思った。
知らない世界で、いきなり剣を振り回すよりはいい。荷物を運べて、言葉が通じて、危ない時に逃げられる。そちらの方が、よほど現実的に見えた。
強い力を持てば、強い敵の前に立たされる。勇者なんて称号を背負えば、どうせ責任だの争いだの、逃げられない何かまで抱え込むことになる。
チート無双は、正直、楽しそうではある。
でも、危険だ。
せっかくの異世界転生なら、できれば前世のような規則だらけの現代社会から離れて、自由に生きたい。
「……そうだ。まず、生き残るのが先だろ」
結局、視線は最初に戻った。
アイテムボックスがあれば、荷物を持てる。持てるということは、運べるということだ。運べるなら、売れる。つまり、稼げる。
万能言語は、そのための保険だ。言葉が通じなければ、交渉も取引も成立しない。争わずに済む場面を、わざわざ揉め事にする気はなかった。
戦闘補助は、最後の一つ。
戦うためじゃない。逃げるためだ。
相手を倒す力より、倒される前に逃げる力の方が必要になる。最初の街道で盗賊に絡まれたとしても、森でモンスターに出くわしたとしても、命さえ残ればやり直せる。
勝つ必要はない。負けきらなければいい。
──と、もっともらしい理由を並べたが、実のところ、ポイントが余っただけだった。
アイテムボックスが、思ったより高かった。
正直に言えば、モンスターと戦うのは怖い。最初から最強を目指して、前に出る気はなかった。
まずは稼ぐ。金があれば、傭兵も雇える。安全を確保してからでも、無双プレイは遅くない。
どの世界でも、結局は金が物を言う。だからこそ、商人プレイがいい。
荷物を抱えて世界を回って、綺麗な景色を見て、できれば美女に囲まれて、落ち着いて暮らす。チートや無双は、できる人がやればいい。
俺に必要なのは、伝説になる道じゃない。
明日も飯を食えて、夜にちゃんと眠れて、危なそうな場所には近づかずに済む道だ。目立たず、稼いで、逃げ道を残す。派手さはないが、かなり堅実な構成に見えた。
だから俺は、その三つを選んだ。視界の端に浮かぶ確定表示を押すと、承認の文字が一瞬だけ光り、周囲の白が中心へ吸い込まれていく。足元には、円を描く線が浮かび上がりはじめていた。
足元に浮かんだ線は円を描き、そこへ幾何学模様が重なっていく。外周には意味の分からない記号が刻まれ、剣の形、杖のような紋、葉や羽根を思わせる意匠が順に浮かび上がった。地面からせり上がるように、魔法陣が完成していく。
剣と魔法の世界。
森があって、川があって、無駄に戦わなければ、落ち着いて暮らせる場所。稼いで、旅して、風景を眺めて生きる。商人として金を回して、宿を持って、拠点を作る。気の合う仲間がいて、酒を飲んで、笑って。
……できれば、少しくらいは、綺麗どころにも囲まれたい。
そういうスローライフ。
「……悪くない」
むしろ、理想的だ。
光が、足元から身体を包み込む。
視界が、白に溶けていった。
スキル、魔法、称号、加護、勇者なんて項目を見せられたうえに、足元には魔法陣まで浮かんでいたのだから、誰だって剣と魔法の世界だと思うだろ?
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