第18話 双腕多銃身火器搭載型フレーム
誰にも選ばれなかった装備が眠る場所。
そこには、かつて人気だった機体も残されていた。
「この先は、実験・調整区画です。一般展示には出していない装備が多くなります」
受付嬢の声が、通路の暗さに合わせて少しだけ低くなった。
足元のプレートが、展示区画の白い床から、灰色の搬送レールへ移る。照明の色も変わる。明るく見せるための光ではなく、作業するための光だった。
「正式採用前。あるいは、需要が限られるものも含まれます」
言葉を選んでいる。売るための案内ではない。見せてもいいものと、見せるべきではないものの境目を歩いている声だった。
通路の左右には、番号だけが振られた隔壁が並んでいる。その奥で、機械の音がしていた。
展示区画のような整った駆動音ではない。金属が吊られ、固定され、外され、また別の場所へ送られる音。どこか未完成のまま動き続けている場所の音だった。
プレートが減速する。
辿り着いたのは、天井の高い倉庫だった。
ラック、固定クレーン、整備用の足場、整備途中の機体、試験用フレーム、設計だけで終わった試作機。展示区画とは、空気が違う。
磨かれていない。飾られていない。使われるはずだったものが、使われないまま、番号と記録だけを貼られて眠っている。
照明も白すぎない。金属の角に薄く引っかかる程度で、奥へ行くほど灰色に沈んでいた。
その中で、ひとつの機体が視界に入った。
足が止まる。
「ああ」
声が漏れた。
表示名は、双腕多銃身火器搭載型フレーム。だが、そんな長い名前で呼んでいたやつは、ほとんどいない。
両腕が、バルカン砲。
人型。細身。装甲は薄い。手はない。掴む機能もない。両腕そのものが、撃つためだけに作られている。
通称、バルカン。
昔、流行った機体だ。
ラックに固定されたその機体は、今にも動き出しそうな形で眠っていた。肩から腕へ伸びる給弾ライン。腕部に並ぶ多銃身。薄い胸部装甲。無駄を削った細い脚部。
見るからに、撃つための機体だった。
掴まない。守らない。器用に立ち回らない。ただ、撃つ。そのためだけに人型を残している。
無意識に、口元に力が入っていた。期待しているのか、警戒しているのか、自分でも判別がつかない。
受付嬢が、機体の横に浮かぶ表示を確認する。
「双腕多銃身火器搭載型フレーム。通称、バルカンですね」
その名前を他人の口から聞いた瞬間、胸の奥が妙な形で跳ねた。
「初期は人気がありました。見た目の分かりやすさと、弾幕による制圧力がありますから」
機体の両腕に、白い補助線が走る。多銃身の輪郭が、ホログラム上で分解されていく。
「ですが、現在は不人気機体です。弾薬費と整備コストが高く、部隊運用にも向きません」
説明は、いらない。
手が固定されていて、汎用性がない。装甲も薄い。パワードスーツの台頭で、一気に居場所を失った。部隊運用にも向かない。弾薬費もかさむ。撃てば強いが、撃つたびに金が消える。
今は不人気機体として、ここで眠っている。
俺は、それを見つめた。
ゲームでは、初心者向け扱いだった。両腕バルカン。分かりやすい火力。分かりやすいロマン。操作も単純で、撃っているだけなら気持ちいい。
最初に触ったときは、強いと思った。弾幕で押し潰せる。近づく敵を削れる。音も派手で、視界も派手で、撃っているだけで勝っている気分になれた。
だが、それだけでは残れない。
弾が切れる。熱が溜まる。装甲が薄い。手がないから、戦場でできることが少ない。初心者を気持ちよくさせて、少し上に行くと現実を見せてくる機体だった。
それでも、最後に化ける装備があることを、俺は知っている。
研究次第で、改造次第で、運用次第で、理論値は跳ね上がる。ただし、それは画面の向こうでの話だ。
現実では違う。
弾薬、整備、実戦コスト。全部、重い。
端末に表示された維持費を見て、指先が止まった。
支度金だけでどうにかなる額じゃない。買えても、撃てない。撃てても、直せない。直せても、次に動かせない。
喉が、少しだけ詰まる。
「……今は、無理だな」
言いながら、視線を外した。
もう一度見れば、手が伸びると分かっていたからだ。
それでも、完全には離れられない。床のラインをなぞるように視線を落とし、また腕部へ戻る。
固定された多銃身。無駄のない給弾ライン。細いフレームに対して、明らかに重すぎる火器。
癖の塊みたいな構造だった。
「……これ、改造はどこまで可能なんだ?」
自分でも、少し意外な声だった。
受付嬢はすぐには答えなかった。端末の上で指が滑る。古い設計図が開き、腕部、駆動系、制御系が順に分解表示される。
「機体自体は、モジュール構造です。駆動系とフレームは旧世代ですが、完全なブラックボックスではありません」
さっきより、声の温度が少し変わった。商品説明ではない。技術の話をしている声だった。
「武装の換装は難しいです。腕部そのものが火器として設計されていますので、汎用マニピュレーターへの変更は、ほぼ別機体の再設計になります」
表示が、冷却系へ切り替わる。
「ただし、制御系、冷却、弾道補正周りは調整余地があります。過去に、発射間隔の可変化、弾種選択制御、熱暴走対策の案が残っています」
彼女の指が、ひとつの項目の上で止まった。
「ここから先は、開発者案件になりますね」
知ってた。
買うなら、売り物としてじゃない。研究対象として扱われる。
「今でも、触れる人はいるんですか」
「ほとんどいません」
即答だった。
「採算が合いません。部隊運用に向きません。現行の運用思想とも噛み合いません。正規の推奨枠に戻す理由がないんです」
淡々とした理由だった。けれど、そこで彼女の視線が、表示の端へ落ちた。
古い改造案のログ。却下済みの設計。未実装の検証項目。
「ただ、尖った改造案は残っています。開発側で、この機体を好んでいた方がいて……過去に何件か提出されています」
彼女は、古いログを閉じなかった。
「実装まで行かなかっただけで」
その言い方で、分かった。
完全に捨てられたわけじゃない。数字に負けた。時代に置いていかれた。部隊運用に合わなかった。でも、誰かは最後まで見ていた。
「……この機体を嫌いになれなかった開発者がいまして」
受付嬢の指が、端末の縁を軽く押さえる。
「正直に言うと、開発者本人は、まだ諦めていません」
俺は、軽く息を吐いた。
やっぱり、だ。
こういう機体には、そういうやつがいる。
弱いと分かっている。扱いにくいと分かっている。現実的じゃないと分かっている。それでも、捨てられない。性能表の端に、まだ可能性が残っていると信じている人間がいる。
俺は、バルカンをもう一度見た。
整備灯の下で、両腕の多銃身が鈍く光っている。
欲しい。
その感覚は、消えなかった。
だが、今じゃない。
「……確認だけでいい」
俺は視線を外した。
「今の俺が抱えるには、まだ早い」
受付嬢は頷いた。
「将来的にご購入される場合は、開発担当と直接の確認が必要になります。納期、改修可否、運用コスト、すべて再計算です」
そこで、彼女は俺を見る。
「現時点で、候補として残しますか?」
バルカンの腕部が、整備灯の下で鈍く光っている。
欲しい。
喉の奥で、その言葉が引っかかる。
だが、今じゃない。
一度まぶたを伏せてから、開く。
「今回は、見送る」
即答した。
受付嬢は、少しだけ目を細めた。追ってこない。勧めもしない。ただ、端末の表示だけを閉じる。
「承知しました」
機体の表示が消える。
それでも、双腕多銃身火器搭載型フレームの影は、ラックの奥に残っていた。
使われなかった理由も、使われる可能性も、どちらもそこに残っている。
ここは、選ばれなかった選択肢が眠る場所だ。
そういう場所にこそ、答えは転がっている。
俺は、息を吐いた。
次に来るときは、もう少し準備をしてからだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回はバルカン登場回でした。
ロマンはある。可能性もある。でも、今のリゼルにはまだ重すぎる装備です。
少しでも「バルカン、いつか来そう」「この不人気機体がどう化けるのか気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
大変励みになります。




