第19話 戦う前に必要なもの
火力も、隠密も、迎撃も魅力的だった。
けれど、強い装備ほど、別の何かを食っていく。
バルカンの表示が閉じたあとも、胸の奥に熱が残っていた。
両腕に多銃身火器を抱えた、細身の機体。撃つためだけに作られた腕。掴むことも、支えることも捨てた設計。火力だけを人型に押し込んだ、癖の塊。
欲しい。その感覚は、まだ消えていない。
けれど、あれはいつか手を伸ばすものだ。今日、持ち帰るものじゃない。俺が今欲しいのは、ロマンじゃない。次の戦場に立つための、最初の形だ。
「よろしければ、用途を教えてください。こちらでご案内できます」
受付嬢は端末を抱えたまま、半歩だけ距離を詰めてきた。近すぎない。遠すぎない。売る側の距離感だった。
「単独行動が前提です。回収と偵察が中心になると思います」
言いながら、俺は倉庫の奥へ視線を流す。ラックの影。吊られた外装。まだ番号だけで呼ばれている装備。
「尖ってて、部隊運用しにくいのとか」
受付嬢の視線が、わずかに横へ流れた。端末の表示が一度止まり、候補群が別の階層へ切り替わる。
「部隊運用ではない、という理解で?」
「今のところは」
問題行動の記録。信用なし。部隊なし。わざわざ口に出さなくても、彼女の端末には表示されているはずだった。
それでも彼女は、そこには触れなかった。
「承知しました」
半透明の隔壁とホログラムが浮かび、無数の装備が宙に固定される。正規展示の明るさとは違う。ここに並ぶものは、どれも少し歪んで見えた。性能が低いわけじゃない。前提が尖りすぎている。
「開発者の思想が強く出たスーツからご案内します」
受付嬢の指が動く。
表示が切り替わった。
最初に現れたのは、完全クロークスーツだった。
輪郭が、揺れている。そこにあると分かっていなければ、視線が素通りしてしまいそうなほどだ。
装甲の表面に、倉庫の色が薄く映り込んでいる。金属の灰色。警告灯の赤。遠くの整備灯の白。それらを継ぎ接ぎにして、機体が空間へ溶けていた。
「索敵・潜入・奇襲回収用です。通常の光学迷彩スーツとは、思想が少し違います」
受付嬢が指先で操作する。
ホログラムの機体が、倉庫の光を一度だけ吸い込んだ。次の瞬間、完全に消えた。
そこにあるはずなのに、視線が掴めない。輪郭も、反射も、足元の影も曖昧になる。目で追おうとすると、空間そのものが一枚ずれているような気持ち悪さだけが残った。
「実験仕様では、光学迷彩ではなく完全クロークに近い挙動を取ります」
受付嬢の声が、少しだけ慎重になる。
「敵の視覚だけでなく、一部の簡易センサーにも干渉します。見つからずに接近し、見つからずに離脱する。その一点では、現在でも非常に高い性能があります」
視認回避率、簡易索敵回避率、隠密接近成功率、短時間回収成功率。表示された数値は、どれも高い。
見つからない。
その一点だけで、戦場では反則に近い。敵に見つからなければ撃たれない。撃たれなければ損耗しない。損耗しなければ、次の戦場に残れる。
偵察、潜入、高価値素材の回収、負傷者の引き抜き、敵反応範囲の確認。使い道はいくらでも浮かぶ。
「昔は、潜入回収班での運用案もありました」
受付嬢が古いログを開いた。
夜間侵入。前線外縁部での素材回収。敵群の索敵範囲調査。通信ビーコン設置。映像の中で、クロークスーツの影が敵の間を抜けていく。
敵が反応しない。
そのまま目的物だけを回収し、音もなく離脱する。
強い。撃たずに成果を持ち帰れるなら、それは戦闘より価値がある場面すらある。
「ですが、問題も大きいです」
表示が切り替わる。エネルギー消費、連続稼働時間、熱量管理、被発見時生存率、整備負担。高かった数値が、一気に赤く染まった。
「稼働時間が短すぎます。特に完全クローク状態では、電力消費と熱処理が跳ね上がります。長時間の潜入には向きません」
映像の中で、クロークが揺らいだ。一瞬だけ輪郭が戻る。その瞬間、敵影が反応した。
「見つからなければ強い。ですが、一度見つかると脆い。装甲も火力も最低限です。逃走経路を失った時点で、ほぼ終わります」
なるほど。
隠れる力は、間違いなく強い。だが、隠れ続けられることが前提だ。稼働時間を読み違える。熱が溜まる。敵の索敵方式が違う。撤退方向に別個体がいる。そのどれか一つで、ただの薄いスーツになる。
欲しい。
だが、最初に持つには怖すぎる。
次に、隣の展示へ表示が移った。
高機動迎撃スーツ。
脚部と背部に、異常な数のブースターが配置されていた。人が着る装備というより、人間を無理やり弾丸にするための外骨格に見える。
肩、腰、膝、踵。推進器の向きが細かく分かれている。
地面を走るための装備ではない。空間に体を叩きつけ、その反動で次の位置へ飛ぶ装備だった。
「こちらは、立体迎撃用です」
ホログラムが動いた。
上下左右、斜め、反転。空間を蹴るような挙動。地面に足を置く前に、次の推進が入る。人間の重心が追いつく前に、機体だけが先へ行く。
速い。
速すぎる。
敵が詰めるより早く、そこへ入る。飛来する小型機を横から叩く。遮蔽物の上を抜け、背面へ回り、撃った瞬間にはもう次の位置にいる。
画面の向こうなら、間違いなく楽しいやつだ。相手の照準が合う前に消える。敵の飛行個体を落とす。味方の頭上へ入った敵を、横から引き剥がす。
反射神経と読みが噛み合えば、戦場の空気を変えられる。
「通常モデルでも十分に速いのですが、実験仕様では反応速度と迎撃性能をさらに優先しています」
映像が切り替わる。
高機動迎撃スーツが、空中ドローンの群れへ飛び込む。一機目を撃つ。二機目の射線を切る。三機目の真下へ入り、反転しながら撃ち落とす。
動きが人間の形をしていない。それでも、中には人が入っている。
「対空小型機、跳躍型エイリアン、高速接近個体への迎撃では、今でも優秀な記録があります」
受付嬢は淡々と言う。
「昔は、前線の穴を塞ぐ即応班として期待されていました。敵が抜けた場所へ最短で入り、味方が崩れる前に止める。それがこの機体の本来の思想です」
いい。
かなりいい。
俺がさっき訓練でやったことに近い。穴を見る。先に入る。崩れる前に止める。ただ、それを人間の身体でやる。
「ですが」
映像が、急停止した。
操縦者の身体に、赤い負荷表示が走る。頸部、肺、心拍、視界、平衡感覚。全部が危険域に近い。
「操縦者への負荷を、ほぼ考慮していません」
その一言だけで分かった。
「耐えられる方でないと、失神します。耐えられても、判断が遅れれば自分から壁に突っ込みます。機体の破損より先に、操縦者の身体が壊れる例が多いです」
表示が赤く染まる。失神率、姿勢崩壊、衝突事故、内出血、神経負荷、整備負担。
「さらに、整備も重いです。推進器の数が多く、調整箇所も多い。部隊で運用する場合、乗り手の体調と反応速度まで毎回見なければなりません」
強い。だが、人を選びすぎる。
使いこなせれば、戦場の穴を塞げる。使いこなせなければ、穴に飛び込む前に自分が壊れる。
戦闘補助があれば、多少は噛むかもしれない。姿勢制御、視線移動、反応遅延の補正。だが、スキルは骨を太くしてくれるわけじゃない。血管を守ってくれるわけでもない。気絶しない身体を用意してくれるわけでもない。
速さは欲しい。だが、これは速すぎる。
今の俺が乗れば、敵に撃たれる前に自分で壊れる。
最後に、固定砲台型狙撃スーツが表示された。
異様だった。
スーツというより、巨大な銃に人間を括りつけるための装備に見える。
長い銃身、前方に偏った重量配分、片膝をつくことを前提にした脚部固定機構、背中から腰へ伸びる反動吸収フレーム。人型の意味が、ほとんど射撃姿勢の維持に使われている。
「こちらは、長距離重狙撃用の固定砲台型スーツです」
受付嬢の声も、先ほどより硬い。
「火力と射程は、一般的な狙撃スーツを大きく超えています。大型個体の外殻を、遠距離から抜くための装備ですね」
射程、貫通力、命中補助、反動吸収、姿勢固定精度、連続射撃安定性。表示された数値は異常だった。
撃つ能力だけなら、一級品どころじゃない。画面越しなら、間違いなく目を奪われる数字だった。
「ですが」
次の項目で、表示が一気に落ちる。
機動、防御、陣地転換速度、近距離対応、単独回収能力。どれも、ひどい。
「防御と機動は最低限です。見る。構える。撃つ。それ以外は、ほぼ捨てています」
潔いな。
近づかれたら終わり。位置を読まれても終わり。撃ったあと、動けなければ終わり。だが、撃つことだけを見れば筋が通っている。
「昔は、専用の狙撃部隊もありました」
受付嬢が、古い運用ログを開いた。
遮蔽陣地。観測手。護衛班。弾薬搬送。回収班。撤退用車両。狙撃スーツそのものは、後方に固定されている。
「安全な狙撃地点を確保できるなら、非常に強力でした。正面戦力を削らず、大型個体や指揮反応の強い個体を遠距離から処理できます」
映像の中で、遠方の標的が一発で崩れた。外殻が割れ、脚部が沈み、巨体がゆっくり傾く。
強い。
疑いようがない。
「ただし、運用が重すぎました」
受付嬢の指が、編成表をなぞる。
「狙撃中は護衛が必要です。弾薬も重い。陣地転換も遅い。撃破後の素材回収には別部隊が必要になります。さらに、エイリアンの反応が速い地域では、一発撃った時点で位置を読まれる危険が高い」
表示が赤く染まっていく。護衛負担、回収負担、撤退遅延、部隊速度低下、収支悪化。
「結果として、部隊全体の足を止めます。火力に見合うだけの戦果を出せる場面はありますが、通常任務ではコストが合いません」
なるほど。
弱いから廃れたんじゃない。強いから残った。重すぎるから廃れた。撃つ一点のために、周りが全部支えなければならない装備だった。
「開発者の拘りが強くて」
受付嬢の口元が、少しだけ迷った形になる。
「狙撃以外を求めるなら、別を使え、という思想ですね」
ピーキー。
だが、筋は通っている。
どれも、悪くない。
完全クローク。高機動迎撃。固定砲台型狙撃スーツ。どれも尖っている。どれも、使い方次第では化ける。むしろ、どれも欲しい。
見つからずに動けるなら、回収も偵察も変わる。穴へ飛び込めるなら、味方の崩壊を止められる。遠距離から抜けるなら、戦う前に敵を減らせる。
だが、どれも何かを食う。
完全クロークは、電力を食う。高機動迎撃は、人間を食う。固定砲台型狙撃スーツは、部隊を食う。
強さの代金が、装備ごとに違うだけだ。
そして今の俺には、その代金を払う余裕がない。支度金は少ない。信用もない。部隊もない。壊した装備を直す余裕もない。
だから、順番を間違えられない。
戦う前に、まず必要なものがある。
撃てなくても、逃げられれば次がある。隠れ損ねても、離脱できればやり直せる。倒せなくても、帰ってこられれば情報が残る。
勝てる装備より先に、帰れる形がいる。
俺に足りないのは、火力じゃない。まず、帰るための足だ。
展示されたスーツの光が、ゆっくりと薄れていく。
完全クロークの輪郭も、高機動迎撃のブースターも、固定砲台型狙撃スーツの長い銃身も、どれも今の俺には少し遠い。
受付嬢は、候補一覧を閉じなかった。
俺がまだ選んでいないことを分かっている。
俺は息を吐いた。
「移動手段も、確認したいんですが」
受付嬢が端末から顔を上げる。
「車両、ですね?」
理解が早い。
俺は頷いた。
戦う装備は、あとでいい。
先に探すべきものが決まった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は尖ったスーツ候補の確認回でした。
完全クロークは電力を食い、高機動迎撃は装着者の身体を食い、固定砲台型狙撃スーツは部隊の時間と手間を食う。どれも強いですが、今のリゼルが最初に抱えるには重すぎる装備でした。
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