第17話 展示対象外
正しい棚には、答えがなかった。
なら次に見るのは、展示されなかったものだ。
「あります」
その短い返答のあと、受付嬢はすぐには端末を操作しなかった。背後のウィンドウが一枚止まる。案内AIの応答が走るより早く、受付嬢が口を開いた。
「展示対象外の保管区画を指している、という理解でよろしいでしょうか」
声は変わらない。だが、背後のウィンドウは明らかに切り替わっていた。
アクセス権限。非公開区画。規約。リスク説明。白かった表示の一部に、薄い赤が混じる。
「既製品として流通しなかった試作機や、評価試験の段階で凍結された装備、あるいは正式採用に至らなかった個別設計群。そういった区画のことでしたら、はい、存在はしています」
彼女の指が端末の縁に触れた。開きかけた警告表示が、そこで止まる。
「ただし、通常のお客様にはご案内していません」
AIのウィンドウには、短い単語だけが並んでいる。規約。危険性。推奨不可。非公開区画。
対して、彼女の声は、言いにくいことをきちんと言葉にして渡してくる。
「一見さんお断り、だろ」
俺が言うと、彼女は否定しなかった。
「ええ。乱暴に言ってしまえば、その理解で遠くありません。あの区画にあるものは、完成品ではなく、完成しなかった理由ごと残っている装備です」
完成しなかった理由ごと。
その言い方だけで、少しだけ胸の奥が動いた。失敗作。欠陥品。型落ち。そんな単語で片づけるには、少し違う響きだった。
端末の上で、薄い赤の警告線が走る。
彼女はそれを見ながら続けた。
「運用思想が極端すぎたもの。配備コストに見合わなかったもの。優秀ではあっても、前提条件が厳しすぎたもの。一般的な運用を想定する方には、お勧めしにくいんです」
言っていることは分かる。普通の客に見せるものではない。誰にでも売れるものではない。むしろ、普通に使えば危ない。だから、隠している。
その時点で、普通なら引くべきだった。
だが、俺はそこでスキルを意識した。
万能言語。
言い負かすためじゃない。相手の思考の隣に、自分の言葉を置く感覚。相手が守っているものを壊さず、その内側に入り込む言葉を探す。
「部隊じゃない」
短く言う。
「単独運用前提で、装備を探してる」
受付嬢の指が止まった。爪の先ほどの動きだったのに、それだけで空気の向きが変わる。視線が、まっすぐこちらを測りにくる。
「……単独、ですか」
その問いは、確認だった。聞き返しながら、彼女の中で何かを照合している。
「正規品は、どれも正しい」
俺は展示区画を見る。
磨かれた装甲に照明が流れ、推奨編成の文字が淡く明滅している。
「でも、正しい装備は部隊向けだ。役割があって、補給があって、背中を預ける相手がいる前提で成り立ってる」
彼女は黙って聞いている。
AIなら、ここで規約を返したかもしれない。購入条件。推奨装備。安全基準。単独運用非推奨。
だが、彼女はまだ閉じない。
だから、そのまま続けた。
「俺が見たいのは、作られたのに、使われなかったものだ」
声を落とす。
「欠陥品じゃない。思想が尖りすぎて、居場所を失った装備」
受付嬢の視線が、俺から外れた。
隔壁の向こう。照明の届かない通路。その先にある、数値で弾かれた区画。
空中に展開されたAIウィンドウが、淡く切り替わる。規約。危険性。推奨不可。
機械はいつも通り、最適解を出している。
拒否。
なのに、彼女はすぐにはそれに従わなかった。
「部隊を組まない人向けの装備は、最初から想定されていません」
彼女はそう言ったあと、端末の上に残った警告表示を見た。指先は、まだ承認欄には触れていない。
「正確には、想定し続けるだけの需要がなかった、と言うべきかもしれません。単独運用は非効率です。事故率も高い。整備負担も偏る。使い手に求められる条件も増える」
警告表示の赤が、彼女の指先に薄く映る。
「だから、どれだけ面白い発想でも、配備思想から外れた時点で数字に負けます」
「だからこそ、残る」
俺はすぐに返した。
「使えないんじゃない。使われないまま残ってる」
受付嬢の目が、そこでわずかに揺れた。
却下された企画。理解されなかった設計。数字に負けた理由。その全部が、言葉になる前に目の奥を通った気がした。
遠くで、多軸アームの駆動音が続いている。展示区画の照明が切り替わり、白い光が彼女の頬を横切った。
「……規約上は、お勧めできません」
それでも、その声はもう最初と同じではなかった。規約を読む声ではなく、自分で選ぼうとしている人間の声だった。
「ですが、あなたのお話は理解できます。正規品が悪いのではなく、あなたの条件に対して、正規品の前提が噛み合っていない。そういうことですね」
俺は頷く。
彼女は端末の表示を一枚ずつ閉じていく。購入案内。推奨装備。正規品展示。安全基準。
最後まで残っていたリスク表示だけが、薄い赤で浮いていた。
彼女の指先が、その表示を脇へ追いやる。
「個人運用の確認、という扱いであれば、私の判断でご案内できます。もちろん、推奨はしません。保証も限定的になります」
彼女はそこで、俺を見た。
試すようでも、突き放すようでもない。
ここから先は、軽い気持ちで踏み込む場所じゃない。その目だけで十分だった。
「それでも、見たうえで選ぶという意思を尊重する余地はあります」
彼女の指が、承認欄に触れた。
赤い警告が消える。代わりに、白い案内線が床へ伸びた。
「この案内に関する責任は、私が持ちます」
足元のプレートが、かすかに震えた。進行方向が切り替わる。
展示区画の白い明かりが背後へ流れ、前方の通路は少し暗くなる。磨かれた見本市の空気が遠ざかり、金属と油の匂いが薄く混じり始めた。
正規品。推奨装備。最適解。
全部、置いていく。
俺が探すのは、その奥だ。
誰にも選ばれなかったもの。誰にも使われなかったもの。それでも、まだ動くかもしれないもの。
俺は、床に伸びた案内線を見下ろした。
第一段階クリアだな。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、展示対象外の区画へ入るための交渉でした。
万能言語は、戦闘ではなく“相手に届く言葉”として少しだけ働いています。
少しでも「選ばれなかった装備が気になる」「窓口の彼女がどう関わっていくのか見たい」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
とても励みになります。




