8話 人質
二人と店主は暗くなった町の中をひっそりと歩く。
正確にいえば、完全に暗闇ではない。町人たちが松明を持って町の中を闊歩しているのだ。
建物の影に隠れながら、町の中を進んでいく。
町の出口に3人がたどり着く。
「この道をまっすぐお行きなさい 彼らはまだ気づいていないでしょう」
「あんたは?」
「私のことはお気になさらず なんとかなります」
「そうか……」
カイは大きく息を吐くように言う。
確かに、店主の言うとおり。出口には町人たちはいなさそうであった。
アナスタシアはほっと胸を撫で下ろしたが、カイは注意深く周囲を見回していた。
カイの行動は正しかった、目の前に広がる山道、そこから灯りを持った町人たちが4人ほど降りてくる。
当然、彼らは3人の姿に気づく。
「マジか 運ないな……」
「ちょ ちょっと カイ!どうするのよ!」
「……」
「カイ……?剣なんか抜いて…戦おうってんじゃないでしょうね?!」
「まあ 見てろ」
カイは剣を抜いて……服屋の店主の背中に突きつけた。
「カイ?!」
アナスタシアは驚いて声を上げた。
「おい お前ら そこの道を開けて通せ さもないとこいつの命はない」
カイはびっくりするほど冷たく言い放つ。
店主もこの行動に驚いており、顔には冷や汗が垂れた。
「お オーガストさん!」
「人質なんて卑怯な真似を!」
「ど どうするよ」
「お 俺らで襲い掛かれば…」
と町人たちは口々に言い、半ばパニック状態であった。
「み みなさん……」
服屋の店主……オーガストは口を開いた。
「彼らは本気のようです 怪我をしたくなければ いうとおりにすべきかと……」
「っく……」
「仕方ねえ……」
町人たちは、すごすごと道を譲った。道が開いてもなお、カイはオーガストから剣を離さなかった。
アナスタシアは色々言いたかったが、カイの後ろをついて行く。
山の中は、もうすっかり暗闇に包まれていて誰の影も見えない。
「ここら辺ならいいかな いや 悪いね店主さん」
「やはりそうでしたか それでもかなりひやっとしましたよ」
二人は先ほどまでの会話とは裏腹に、ゆったりと話始めた。
どういうこと?
アナスタシアはその様子を見て愕然とした。
まだ理解が追いついていなかった。
「え? え?」
「ああ 一芝居打ったんだよ まだ ご主人が私たちを助けたって 向こうは知らないからさ」
「じゃあ フリだったってこと?」
「ああでもしないと 突破できないかと思ってな そういうこと」
「は はあ〜〜」
カイは笑って剣をしまった。
「さて ご主人本当のお別れだ」
「お二人とも ご武運を うまいこと言い訳しておきます」
そう言ってオーガストは元来た道を戻ろうとする。
その後ろ姿をカイが呼び止めた。
「まった ご主人 忘れてることがある」
「?」
「アナスタシア様 忘れてることがありますよねー? ねー? あれよ あれ」
とカイはアナスタシアに向き直る。
急に話を振られたアナスタシアは、困惑した。
忘れてること? 何? なんか忘れ物?
アナスタシは全ての選択肢を頭の中に浮かべて考えた。
「おいおい 時間は有限なんだぞ」
「わ わかってるわよ!」
必死に考えた末、アナスタシアは前、カイと話したことを思い出した。
「ありがとうございます オーガストさん」
「え?!私にですか?!」
オーガストは驚いていた。アナスタシアがお礼を言うことなど、ほとんどあり得ないことだと思っていたのである。
彼女はとにかく下々のものには無礼かつ残酷であった。
それを、彼は身に染みて知っていた。
アナスタシアは覚えてなかったが、彼はボーダーフォートのアナスタシアの城で働いていたことがある。
数年も前のことだが…… 彼女はオーガストの顔が気に入らないという理由で解雇したのである。
オーガストがアナスタシアに抱いている印象はその時からずっと変わっていない。
彼女は無礼で、残酷な人間なのだ。そのはずだ。
「これでいいでしょう?!」
「うんうん ちゃんとお礼を言わなくちゃな 社会人としての常識だ!」
カイはその様子を見てにっこりと笑って喜んだ。
「驚きました…… まさかちゃんとお礼を言われるとは……」
「そうでもしないと……終わらないと思っただけよ」
「いや それでも…… ちゃんとお礼が言えるのはすごいことですよ」
オーガストは一瞬だけ思った。みんなの言うとおり、アナスタシアを死なせても良かったのではないか。
どうせ変わらない人間なのだから。死んだって同じことなのだから。
より良い結果を得るための都合のいい犠牲。それで納得しようと。
それでも、彼は目の前の変化に期待しよう。そう思ったのであった。




