9話 理由
オーガストと別れた二人は再び、山の中を急ぐ。
この山を抜ければ、なだらかな平原に出るのだが…… その気配はまだ感じられなかった。
しかし、町人がどこまで追ってくるのかもわからないので、できるだけ遠くへ向かって歩こうというのであった。
本来であれば、街道を通るのが一番いいのだが。見つかる可能性も考え、二人は獣道を進んでいた。
整備などされていない、草が生い茂った道である。
カイはともかく、足に怪我をしているアナスタシアにとってはきつい道のりであった。
「おい 大丈夫か?」
「ふう ふう…」
「大丈夫じゃなさそうだな… 休憩すっか」
疲れが見え始めたアナスタシアを気遣って、カイは休憩を提案した。
「ここまで来れば ちょっとくらい休んだっていいさ」
休めそうな場所を探して、カイがキョロキョロと辺りを見回す。
すると、大きな岩がゴロンと転がっているちょっとしたひらけた場所を見つけることができた。
休むにはちょうど良さそうであった。
「よっこらせと」
「つ 疲れた……」
アナスタシアは岩に寄りかかるように倒れた。
黒ずくめの集団に追われた時も大変だったが、今度は町人たちに追いかけられ、殺されそうになり、心身ともに彼女たちは疲れていた。
ここからクラッグ・ホールへは歩きでは約3日かかるところにあった。
疲れてる今、3日という日数はまるで数ヶ月もかかるかのように錯覚させられた。
「あ アナ これやるよ」
カイは何かを取り出して、アナスタシアに渡した。
それは長方形の小さな物体であった。表面は何やらぶつぶつだったりざらざらとした手触りで、これは一体なんなのだろう? アナスタシアはそう思った。
「何これ」
「これはな くるみとか干し葡萄とか鹿肉とか…… そういうのを混ぜて固めたやつ ちょっと疲れただろうから これ食って休憩しな」
「…… ふーん」
ガリっと一口、アナスタシアは噛んでみた。
その味と言ったら。豪華な食事しか食べたことのない彼女の中の言葉では、表現できない。
濃厚な味であった。
「なんか……濃い味ね」
「エナジーバーだからな」
カイも横でガリっと一口齧って、また布に包んで自分の懐にしまう。
アナスタシアはそのままガリガリと齧っていた。
「全部食うなよ! 後々大変だから ちょっとだけにしておきなさい」
「何が大変なのよ」
「これ 本当は非常食なんだよ いざという時にだけ食べるんだ」
「ふーん…… それ先に言いなさいよ! 全くもう!」
カイはケラケラと笑った。
二人が食べ終えると、あたりは静寂に包まれた。聞こえるのは草木の揺れる音だけである。
アナスタシアはこの静寂が、なんだか恐ろしかった。世界中から誰も彼もがいなくなったような、そんな気にさせるのだ。
とにかくなんでもいいから話がしたかった。
「ねえ カイちょっといいかしら」
「え? なんだよ 急に」
「なんで…… 引き受けてくれる気になったのよ 本当のところ」
「えー 聞きたい?」
「あの人たちに…… 引き渡せば良かったじゃない そしたら…… お礼とか……? 言われたかも?
お金だってもらえて…… 旅を続けても良かったじゃないの?」
「ふうむ」
「みんな 私にいなくなって欲しかったんだから なんでそうしなかったのか 聞きたいわ」
暗くてカイの表情はアナスタシアには見えなかった。
どういう気持ちで、この話を聞いているのだろうか。
「オーガストさんと大体おんなじでさ…… 嫌なんだよな」
「嫌?」
「うむ よってたかってさ 女の子に酷いことするの 私嫌なんだよね」
「それだけ?」
「うん」
「あなたの命をかけてまでやること? そんな理由でいいの?」
「いい」
「ふーん……」
「だからよ 安心しろ」
カイは力強く、アナスタシアに答えた。
「アナ お前は必ず リアムとかいうやつのところに届ける」
「…… ……そう」
アナスタシアはポツリと答えた。
「じゃあ ちゃんとお願いするわ カイ」
「おうよ」
「それじゃあ…… そろそろいく?」
「そうだな…… もう行こう あ そうそう 歩きながらでいいからさ」
「リアム様とやらについて 教えてくれよ」
二人はまた山の道を歩き出したのであった。




