第16話:激突の菩提寺
長い距離を車で走破し、小椋が目的地に近付いた頃には真夜中になっていた。
民家がぽつぽつと建つ道を抜け、ナビが示した場所に到着しても、道沿いに僅かな街灯があるだけだった。少し幅が広くなった場所に轍の跡を見付けなければ、参道の入口も見付けられなかっただろう。
真夜中の参道は、街灯で薄っすらと石段が数段見えるだけで、奥は真っ暗だった。本能的な恐怖から、車に積みっぱなしになっているバットを手に取っていた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザザッ!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
登り始めてすぐに、東護が言っていた通りの荒れた参道に閉口した。
月明かりも見えない、木々に囲まれた石段は真っ暗で、LEDのヘッドライトだけが頼りだ。
焦りから駆け上がりたいくらいだったが、木製のバットで足元を確認しながら黙々と進んでいく。
「はぁっ、はぁっ、……あとどれぐらいだ……?」
もう何段上がっただろう。
ライトがあるとはいえ、倒木や崩れた石段を確認しながらだと、ゆっくりとしか進めない。
(これ、本当に参道なのか……?)
何度も疑ってしまう程、とても人が通れる道とは思えない。
積もった枯れ葉の下に足場が無くて踏み外しそうになったり、足元が崩れて斜面を転がりそうになって、ヒヤッとしたり。
パキ、バキバキ!
「えっ?」
何も見えない暗闇からの音に咄嗟に構えると、目の前に木が倒れてきた。
咄嗟に四つん這いになって、数段を駆け上る。
バキバキ、バキッ、ズズン……
丁度、自分が居た場所に木が倒れ、石段に沿って半回転して止まった。
「はぁ、はぁ……マジかよ……」
ライトを当ててみると、そこまで太い木ではなかった。とはいえ、こんな場所で当たっていたら、石段を転がり落ちていたかもしれない。そう考えて、ブルッと身震いする。
呼吸を整えがてら、階段の上を見上げる。やはり真っ暗で何も見えない。
ゆっくり立ち上がって、目の前に現れた倒木を跨いで越える。その先にも行く手を遮るように何本も横たわっているのが見えた。
ゾワッと鳥肌が立つ。
自分に何が出来るかも分からないまま、僅かな手掛かりだけでここまで来てしまった。しかし、一歩、また一歩と登っていくうちに確信めいたものが生まれていた。
野球をやっていた頃、何度か味わった感覚だ。勝負勘と言って良い。
(敵は、この先にいる……)
バットを握る手に力が籠る。
――勝ち負けはやってみないと分からない。
どれだけ続くか分からない階段を注意深く登り、注連縄の巻かれた神木を通り抜け、やっと『敵』が見えてきた。
小さな広場のような場所の奥に、暗闇の中に佇む瓦屋根のシルエットが薄っすらと浮かんでいる。その建物の内側では微かなオレンジ色の光が灯って、ちらちらと揺れている。
真夜中に蝋燭を灯すとは思えない。
(まるで、俺を待ってたみたいだな)
気が急いて、無意識に歩みが速くなる。
握ったバットに力を込め、敵から視線を外さず一直線に。
「……っと、おわっ!」
前を見過ぎて、足元が疎かになっていた。
何かに躓いて転びそうになるのを間一髪で踏ん張り、ライトを向ける。
「……は? 人?」
そこには倒れている人がいた。
慌ててしゃがむと男性の老人だった。頬を軽く叩くが意識が無い。脈と呼吸があるのを確認して、救急車を呼ぶべきかと迷う。
(こんな場所に、救急車なんてすぐには来れないだろ……)
スマホを見ると、案の定圏外だ。だとすると、寺に電話を借りるしか無い。しかし、今から突撃しようと思っている場所で、電話を借りる?
迷いつつ、周囲を見渡してギョッとする。
ライトの灯りで他にも数人、倒れている人影が浮かび上がったのだ。
(ちょっと、待て……何人いるんだ!?)
背筋に悪寒が走る。
一人、真夜中に曰くありの寺に向かっていても、全く感じていなかった恐怖がここに来て現れた。
足が縫い留められたように動かなくなって、首だけを回して周囲を確認する。LEDの白い光が届く狭い範囲だけで四名。探せばもっといるだろう。
(何が起きてる? これ、俺が何とかしないと、この人たちは……?)
意味不明な状況と恐怖で、パニックを起こしそうになる。しかし、それを宥めてくれそうな人は誰も居ない。
必死で深呼吸して、まずは落ち着こうと蹲った。
(大丈夫だ。落ち着け、落ち着け……)
意味不明な不安が足元から迫ってくる。
それを振り払うように、必死で頭を働かせる。止まったら恐怖に押し潰されそうだ。
真っ暗闇の中、意識の無い人たち。
正面には『敵』がその存在を隠す事無く、立ち塞がっている。
俺はどうすべきか。
(せめて、何があったのかだけでも聞けたら……)
少し落ち着いてきて、すぐ近くで横たわったままの老人をもう一度見る。
パキ、膝をついた時に何かを踏んでしまい、乾いた音がした。
「わっと……」
足元にライトを向けると、そこには晶の家で見慣れた位牌があった。
「やべっ」
位牌がヤバそうなアイテムだとは分かっていたから、慌てて手に取った。見ると、台座に当たる部分が割れてしまっていた。
(やっちまったか……?)
位牌に書かれていたのは、見覚えの無い男性名だった。倒れてる老人の名前か、その親族か。これ以上破壊するのは怖いので、とりあえずその老人の近くに置いた。
良く見ると、老人の手は落ちていた位牌に伸ばされている姿勢で倒れていた。
(ひょっとして……)
改めて倒れている人たちの姿を一人ひとり確認すると、近くにそれぞれ一つずつ位牌が落ちている。
「何なんだ……」
俺はゆっくりと立ち上がり、今度は足元に注意しながら付近を探した。結果、更に意識不明の三人が見つかり、位牌もそれぞれの側にあった。
(幻覚とかじゃないだろうな……)
そっと手の甲をつねってみる。……大丈夫だ、痛い。
「行くか……」
倒れてる人の救助は早々に諦めた。一人ではどうする事も出来ない。今から向かう場所が何事も無いなら、電話を借りよう。
そうで無いなら、『敵』と戦い、自分を守る事だけを考える。
何故か、逃げようという気にはなれなかった。
一歩、建物に足を向けた途端、ズシッとした圧迫感が肩に掛かる。
グッ、とバットを強く握り直す。
それだけで力が湧いてくる。
ザッ、
ザッ、ザッ、ザッ、
歩みを進めるうちに、足裏がしっかりと地面を捉える。
ザワザワザワ、ザザザザ――……!
森が一斉に葉音を立て、旋風が周囲の枯れ葉を巻き上げた。LEDの光がそこだけ切り取ったように宙を舞う枯れ葉を浮かび上がらせる。
思わず視界を守るように腕を頭上に翳した。
風が収まると、まるで行く手を阻むかのように、何も無かった地面に枯れ葉や枯れ枝が厚く積み重なっていた。
(こんなもん……クソの役にも立たねーだろ)
バットを箒のように使い、バッサバッサと足元を払って進んで行く。
ガキィン!
バットが金属音を立てて、何かに当たった。ライトで見ると、恐らくは動物用の罠だ。枯れ葉の下に隠して、踏ませようとしたんだろう。
(もう、隠す気も無いのかよ)
ここまでくれば、もう偶然では片付けられない。 暗闇に隠れていようが、風に擬態しようが、疑いの余地は無い。
ガサ、バサッ、一歩。
バサッバサッ、バサッ、また一歩。
足元を確かめながら、それでも前へ進む。
やっと建物まであと数歩という所にまで近付いた。
前面にある扉は閉じているが、格子状の扉からは蝋燭の灯りが漏れている。ゆらゆらと赤い光が格子模様の陰影を揺らす。
ボトッ、
足元に何かが落ちてきた。
俺は周囲に注意を払いながら、腰を落としてそれを手に取った。
……位牌だった。
(おお、ご丁寧に俺の名前が書いてあるぜ)
予想がついていたので驚きは無かったが、衝撃に備えて身構える。倒れている人たちは、どんな攻撃を受けたのか。
しかし、用心しつつ様子を見ていても、特に異常は起きない。
警戒を解かずにそっと息を整え、位牌をぐっと握りしめる。
(……俺は生きてるっつーの)
この位牌に書かれた名前が『逢坂晶』だったら、動けなくなってしまっていただろう。だが、俺の名前なら遠慮はいらない。
とはいえ、無害なものだと楽観はしていない。持っているのが辛いぐらいの気持ち悪さを位牌から感じる。倒れてる人たちに、何かをしたんだろうと確信出来る程の。
「まあ、俺は無関係だしな」
何かに背を押されるように、闘志が沸き起こる。
位牌を地面に置き、手にしたバットを両手でしっかりと握った。
「ふんっ!」
バキィッ!!!!
格子扉のド真ん中にバットがぶち当たる。
古びた木の格子扉なんて、一撃で中央の木がベコッと内側に折れた。
「まだまだっ!」
バキッ! ガツンッ!! ガッ、ガツッ!
バキッ、メキメキッ、バリッ!
何度か打ちつけ、ある程度破壊してから手で折れた木材を引き剥がす。
そこには歪な形の穴が大きく広がった。
「コース良し……」
手を叩いて木屑を払い、足元に置いた位牌を静かに拾い上げた。
開いた穴から暗い本堂の中が見える。
薄っすらとした輪郭しか分からない仏像の手前に、ズラッと位牌が並んでいた。蝋燭の位置から近い位牌はキラキラと金色の文字を輝かせている。それが見える範囲の壇上に所狭しと埋め尽くすように並んでいる。
ビリ、と手にした位牌から熱を感じて、俺は持ち方を考える。
重心を見て、真っ直ぐに届くように。
機会は一度だけ。
ゆっくりと振りかぶり、狙いを定め、勢いをつけて腕を振り下ろした。
「返すぜっ!」
ブンッと風を切る音とともに、漆塗りの位牌が鈍く光を纏って闇を裂く。
次の瞬間――
パァァンッ!
見事、仏像の胸前に命中した。
位牌はバラバラに弾け飛んで、その破片が光の放物線を描いた。
そして、光の粒子となって、地に落ちる前に霧散した。
「はあっ!?」
思いっきり間抜けな声が出た。狙い通りのコントロールに思わずガッツポーズをしてしまったのに。
位牌が光となって消えるのをバッチリ見てしまった。
「なんだ、今の……」
呆気に取られていると、グラリ、と仏像が傾いた――
同時に、ミシミシミシ、バキバキバキ……とイヤな音が聞こえてくる。
「うわ、わわわ……」
穴を開けただけの扉の向こう側にいては、どうしようも無い。
ズ、ズ、ズ、……ドスン! と重い音を立てて、視界から仏像が消えた。




