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曇天の下の旅路 ~ 終着駅は異世界だった ~  作者: 浦賀やまみち


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第06話 覚悟の選択




「ふぅ……」



 ユーマは深く息を吐いた。


 小鳥たちの鳴き声が耳に届く。

 空を仰げば、まだ赤みを帯び、空気は冷たい。


 ユーマと同じく、商売に関わる者たちだろうか。

 大通りに出ると、すでに人々が動き始めていた。



「急げとは言ったが、慌てるな!」

「この魚……。大丈夫だよな?」



 彼女は確かに、王都本店の元ナンバーワンに君臨した実力者だった。


 ただ、二度目が済み、もう一回と迫られた三度目。

 途中から彼女は無我夢中になり、ユーマの上で激しく舞い踊った。



「ああ、今日は長い一日になりそうだ」

「……眠い。早くしないと親方に怒鳴られる」



 その姿は、どこか貪るような印象を拭えなかった。

 ユーマが達する前に、彼女は大きく達し、そのまま気絶するように眠り込んだ。


 娼婦としては、大きな減点だ。


 だがユーマは、それを店長に告げずに店を出た。

 それを告げれば、彼女の立場が悪くなると分かっていたからだ。



「包みの紐、しっかり結んだか?」

「ちゃんと張れ! 屋台が倒れたら、どうしてくれるんだ!」



 その代わり、ユーマは店長に、彼女を身請けする場合の金額を尋ねた。


 庶民では到底届かない金額だった。

 それでも、今のユーマなら手が届かなくもない金額だった。



「今日は風が強そうだな」

「火加減、ちょうどいいか?」



 もっとも、彼女は身請けを望まないに違いない。

 なぜなら、彼女を身請けすれば、会長も一緒に付いてくることになるからだ。


 彼女だけなら、行商人として共に働き、身請けで失った財を再び貯めることもできる。


 だが、会長がいては話が違う。

 右足がない以上、旅はできず、穀潰しを抱え込むことになり、財産は減る一方だ。


 それが分からない彼女ではない。

 会長を見捨てられるのなら、とうの昔にそうしていたはずだった。



「そう……。たまたま、この街ですれ違った。それだけだ」



 ユーマが漏らした呟きは、早朝の雑踏に紛れて、すぐに消えた。




 ******




「あれは……。」



 ユーマは宿に戻り、今日の準備を始めなければならなかった。

 だが、行き交う人の波に流されるまま、気がつけば、昨日訪れた奴隷商の店の手前まで来ていた。


 麻のズタ袋に、頭と両手の穴を開けただけの粗末な貫頭衣。

 この世界に異世界転移したばかりと思しき、あの少女がいた。



「……これも縁か」



 店の前の掃除を命じられたのだろう。

 左腕には長箒を持っている。


 しかし、少女は掃除の手を止め、空を見上げていた。

 裸足の踵を上げ、右手を空に向かって精一杯伸ばしている。


 それはまるで、何かを掴もうとしているかのように、ユーマには見えた。



「さぼっていると、怒鳴られるぞ?」

「あっ!? ……えっ!?」



 ユーマが声をかけると、少女は我に返った。

 慌てて掃除を再開しようとしたが、すぐに手を止め、目を丸くさせたまま勢いよく振り向いた。


 少女が驚くのも無理はない。

 ユーマの言葉は、日本語だった。



「この世界に来て、何日目だ?」

「い、五日です!」

「一人でか?」

「と、友だちと四人です!」



 五日ぶりのまともな会話に、少女は興奮しているのだろう。



「そいつらは?」

「二人は、すごく大きい犬に……。」

「もう一人は?」

「昨日……。売れちゃいました」



 だが、身に降り掛かった災難の話になると、その声は小さくなった。

 少女は下唇を噛み、目を伏せて涙を滲ませた。



「ちっ……。」



 ユーマは思わず小さく舌打ちした。


 この世界では、ありふれた出来事だ。

 その程度で泣かれると、面倒くさい。



「まあ、見た目は悪くない。

 しかし、娼婦にするとしても、その胸じゃな……。A、あるのか?」



 ユーマは不躾に少女を上から下まで見渡し、視線を胸で止めた。



「なっ!? ……あ、あります! ぎ、ギリギリあります!」



 少女は目を見開き、顔を赤く染めた。

 胸を両手で抱え、身を捩る。



「友人が先に売れたのは、お前より胸が大きかったからだな」



 ユーマは肩を竦め、鼻で笑った。


 しかし、それは敢えて道化を演じているに過ぎなかった。


 なにせ、ユーマは少女の裸を昨日見ているのだ。

 わざわざ、服の上から身体を舐め回す必要などなかった。



「ぐぐぐっ……。」



 だが、その甲斐あって、少女の勢いは戻った。


 少女は上目遣いでユーマを睨む。

 ユーマは再び鼻で笑い、表情を素に戻した。



「だが、このままだと、お前も娼婦になるしかない。」


「売れ残る期間が長くなるほど、お前の値は下げられてゆく」


「当然、売れる先の環境は悪くなる」


「最悪の場合、鉱山の荒くれ者たちに、股を開くしかなくなるだろうな」



 真っ直ぐ少女の目を見据え、現実を突きつけた。

 一言告げるたび、少女の肩は震え、目はわずかに逸れた。



「だから、選べ。

 媚を売って、一日も早く売れるか……。」



 ユーマは顔を背けようとする少女の顎をそっとつかみ、その目を自分に向けさせる。



「……この俺に買われるかだ」

「えっ!?」



 少女の目が大きく見開かれ、驚きで体が硬直する。

 長箒を持つ手が、ぎこちなく揺れた。



「俺は行商人だ。

 ちょうど、小間使いが欲しいと思っていたところでな」



 ユーマは少女の顎から手を離すと、突き放すように軽く押した。



「だけど、勘違いするなよ?

 一か所に留まらず、街から街へ行く行商人の生活は過酷だ」



 少女はふらつき、咄嗟に長箒を握り直す。

 それが支えとなり、尻もちをつくのを免れた。



「お前も思い知ったように、街の外にはモンスターがいる。

 ここにお前を売った、ならず者もな」



 しかし、ユーマの言葉が、少女の脳裏に五日前の出来事を鮮やかに蘇らせた。


 膝がガクガクと震え、少女はその場に腰を落とす。

 どうやら、ボロ同然の衣服は与えられても、下着までは与えられなかったようだ。



「ただ、生きるという点で見れば、娼婦のほうがよっぽど楽だ」



 ユーマは、露わになった少女の薄く茂る秘所から、そっと顔を背けた。


 その先には昇った太陽。

 目を細め、ユーマは大きく息を吐く。


 少女が立ち上がるのを待ち、顔を正面に戻した。



「さあ、選べ。俺は時間がない。

 今、ここで、お前が決めるんだ」



 少女の瞳には、迷いと恐怖が交錯していた。




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