第04話 旅路と再会の夜
『ここにいたら駄目だ! 街を探そう!』
朝陽が上ると、ゴブリンたちは去っていった。
たった一夜で、新幹線の外には凄惨な光景が広がっていた。
車内にも、映画やテレビの中の光景ではなく、現実の死体が転がり、多くの者が傷を負っていた。
誰もが精も根も尽き果てる中、生徒会長が皆に告げた。
もはや、ここが地球でない、異世界であるのは疑いようがなかった。
現代のような救助を望めない以上、生徒会長の提案は至極真っ当な判断と言えた。
生き残った数少ない大人たちは役に立たなかった。
現実を認められず、救助を待つべきだと叫び、中には責任を押し付けるなと叫ぶ者さえいた。
結局、新幹線を離れたのは、生き残った半分。
その後、残った五十人がどうなったかは知らない。
俺は新幹線を離れることを選択した。
『異世界だぜ! 異世界!』
『盛り上がってきたよな!』
『ステータス・オープン!』
『鑑定! 鑑定!』
『ファイヤーボール!』
その中には、脳天気なやつらもいた。
マンガやアニメ、小説などで、異世界転生、あるいは異世界転移は流行のジャンルだ。
俺も楽しんでいたし、自分がそうなったらと想像を膨らませたことは、何度もある。
だが、現実は甘くない。
マンガやアニメ、小説のように、世界が都合よくできていたら、誰も苦労はしない。
新幹線に乗っていたら、異世界に転移した。
それを置き換えるなら、こうだ。
飛行機に乗っていたら、墜落先が見知らぬ外国だった。
俺は先行きのあまりの暗さに、やつらのようにははしゃげなかった。
『やっぱ、なるなら冒険者だよな!』
『くぅーーーっ! ハーレム、作っちゃう?』
『俺のチートって、どんなかな!』
『やっぱ、魔法だろ! 俺は魔法王になる!』
俺は口にも顔にも出さなかったが、馬鹿だと思った。
百歩譲って、この世界に冒険者という生業があったとしよう。
しかし、俺たちは平和な日本で育った現代人だ。
小さな虫ならまだしも、動物となったら、その生命を奪い取る残酷さは、俺たちには備わっていない。
昨夜のことを忘れたのかと問い詰めたかった。
つまるところ、この場にいる全員は、上手く逃げ延びた者たちだ。
ゴブリンに立ち向かった者は皆死んだ。
脅威を目の前にして動けず、命を落とした者も多い。
『いいや! 剣だよ! 剣!』
『おおおおっ! エクスカリバああーーーっ!』
『ふっ……。今宵の虎徹は血に飢えておるわ』
『日本刀か! いいな!』
冒険者となり、剣を手にしてモンスターと戦う。
だが、その覚悟を持つ前に、どれほどの代償を払わねばならないのか。
そもそも、剣なんて振れない。
修学旅行の土産物店で木刀を試しに振らせてもらったが、五度も振れば疲れてしまった。
いや、そもそも剣を手に入れられる時点で疑問だ。
異世界の文明度がどれほどか、この時点では推測すらできなかった。
しかし、日本史を顧みれば、剣が高価な品であることは容易に想像できた。
『見ろ! 街だ!』
『小さいけど……。城っぽいのもあるぞ!』
『やっぱり、中世レベルなのかな?』
半日歩き、川を発見した。
その川沿いに下流へとさらに歩き、遠くに城壁に囲まれた街が見えた。
俺は、そこで皆から離れた。
理由は簡単だ。
現代の日本なら、一緒についていっただろう。
難民が五十人も突然現れたとしても、受け入れる体制があるからだ。
だが、足下の道ですら踏み固められた土だった。
街の様子も、遠目から見ても現代とは程遠かった。
『みんな、自分のことで精一杯だもんな……。』
俺一人がいなくなっても、誰も気づかなかった。
クラスでも目立つ方ではなかったし、友だちも少なかった。
そして、その友だちも、ゴブリンの襲撃で全員死んでしまった。
その後、街へ向かった連中がどうなったかは知らない。
おそらく、脳天気なやつらの希望通り、冒険者になったのだろう。
この世界は、豊かではない。
現代社会のように、手軽に稼げるアルバイトなど存在しない。
身分を保証してくれる者もいない以上、冒険者になるしかなかった。
『腹、減った……。もう駄目だ……。』
俺は川を遡って歩いたが、三日も経たないうちにならず者たちに捕まり、奴隷商に売られてしまった。
しかし、店頭に全裸で並べられた初日。
師匠に出会えたのは、本当に幸運だった。
『くっくっ……。度胸のあるやつだ』
隣に立っていた、初めて実物を目にする女の子の裸に、俺の身体の一部が反応してしまった。
それが師匠の目に留まったのだ。
言葉は通じなくとも、手を使った算数のやり取りで能力が確認され、俺は師匠に買われた。
『まっ、たまには会いに来い。
……というか、この村は小さいが要衝だ。損にはならんぞ』
師匠と共に過ごした七年。
ある娼婦を身請けし、ある村に土地を買って農家になった師匠と別れた八年。
この世界に来てからの、俺の十五年だった。
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「……どうぞ」
ノックの音が聞こえ、ユーマは我に返った。
「失礼します」
女性が目を伏せながら部屋に入ってくる。
身に付けているのは、昼間に古物商で手に入れた女子制服。
これが、ユーマが店長に頼んだ追加注文である。
身体は成熟しており、実際には中学生とは言い難い年齢だ。
だが、ユーマにとってはこれで十分だった。
失われた青春の欠片が埋まったような感覚に、ユーマの心が高ぶる。
「ヒナと申します。今宵をお楽しみください」
女性はユーマの前に膝をつき、両手をついて頭を下げた。
ここが、この店でユーマが気に入っているところだ。
丁寧で上品な所作。
料金は普通の一ランク上だが、その所作はまさに高級店のそれだった。
ただし、この店では時間売りはしていない。
一晩を丸ごと買うという点で、値は張る。
「えっ!?」
女性が顔を上げた瞬間、ユーマは目を見開いた。
記憶より確かに年齢は重ねている。
しかし、ユーマは一目で分かった。
初恋の相手、かつて生徒副会長だったあの女の子だ。
「あっ!? ……もしかして、高橋くん?」
女性が一呼吸置き、目を丸くした。
間違いない。
高橋勇馬、二度と呼ばれることのなくなった名前。
この世界の人々には発音しにくく、ユーマ・タカシーになる前の名前だ。
「風早さん……。だよね?」
「うん、覚えてくれていたんだね」
「……珍しい名字だからね」
「それも、そっか」
ユーマがそう誤魔化すと、女性は小さく微笑んだ。
まさに、それはユーマが好きになった笑顔だった。
十五年経っても、変わらない。




