第03話 一仕事あとのご褒美
「かんぱーーい!」
「ぎゃははは! 何回目だよ!」
夕食を済ませ、腹を満たしたユーマは、酒場が軒を連ねる喧騒を抜け、裏通りの奥へと足を進めた。
道行く姿から女が次第に消え、男ばかりになっていく。
この街で『春』を売ることが許された区画。
朱色の格子の向こう側には、女たちが道行く男を巧みに誘惑している。
ほのかに甘い香りと薄い煙が漂い、欲をそそる。
その悪い視界を晴らすかのように、無駄に明るい道が続いていた。
『旅は過酷だ。
だから、街に着いた日は、贅沢をするのさ。
その贅沢が次の街へ行く活力になる』
ユーマの師の言葉だ。
その贅沢の手段として、師が選んだのは、女だった。
ユーマもまた師に習った。
高級店とまではいかなくても、普通より少しランクの高い店を。
自然と、馴染みの店、馴染みの客となる。
ユーマがその店に近づくと、声が早速かかった。
「おっ!? ユーマ、来てたのか。今度はいつまでいられるんだ?」
声の主は、馴染みの店長だった。
「途中、雨が続いてな。明日の朝、ギルドに品を届けたら、昼には出発だ」
「商人も大変だな」
「大変じゃない仕事なんて、そもそも有りはしないさ」
「違いない」
無駄話を交わしながら、ユーマはふと、互いに少しずつ出世したものだな、と思った。
師に連れられてこの店に初めて来たとき、ユーマはまだこの世界の言葉を完全に喋れなかった。
彼は先輩に怒鳴られ、小突かれながら、客が使った部屋を掃除していた。
それが今や、自分は後継を作ろうと考え、彼は店を任されるまでになっている。
「彼女は空いているか?」
しかし、ここへ訪れたのは、彼に会うためではない。
この街に来るとき、必ず滞在中は夜を共にするお気に入りの嬢に会うためだ。
店の前に立つと、彼女との思い出が蘇り、ユーマの期待は早くも膨らんだ。
「あーー……。ここ最近の流行病で、伏せっているんだ」
ところが、思わぬ悲報が告げられた。
ユーマは落胆のあまり溜息が漏れた。
「そうか、残念だけど仕方ない。
たまには、新しい店の開拓を……。」
そうとなれば、ここに用はない。
別の嬢を指名してもいいが、その場合はお気に入りの嬢が拗ねる可能性がある。
彼女はちょっとだけ嫉妬深かった。
夜の街は、早い者勝ち。
ユーマは別の店へ向かおうと歩き出した。
「待て、待て!
一晩で旅立つっていうなら、ここはお試しってのはどうだ?」
「うん?」
だが、店長がユーマの肩を掴んで止めた。
「実はよ、王都の本店から流れてきた女がいるんだ」
「流れてきた? 押し付けられたんじゃないのか?」
そのやけに必死な様子に、ユーマは苦笑する。
「まあ、歳は取っている。
だが、五年前までは本店でナンバー1だったぞ」
「うーーーん……。」
ユーマは腕を組み、口をへの字に結ぶ。
言うまでもなく、王都はこの国の中心。
その王都の店でナンバー1だったのなら、かなりの美人に違いない。
しかし、五年前の話だ。
娼婦の現役期間は短い。
まして、何もかも最新鋭、最高級が求められる王都なら、尚更だ。
低く見積もっても、件の嬢の年齢は二十五歳だろう。
三十歳は超えていないにしても、自分の年齢に近い可能性もある。
「この通りだ! 頼む、俺を助けると思ってくれ!」
店長はパチンと手を鳴らし、頭を下げて拝むように必死に頼んだ。
ユーマは予想を修正する。
この切羽詰まった様子から察し、件の嬢は自分の年齢と同じか、その前後だと確信した。
「……売れてないのか?」
「ああ、ここへ来てからの5日間な。
でも、元ナンバー1だ! テクは補償する!」
店長の困窮ぶりも分かった。
おそらく、件の嬢は多額の借金を抱えており、その肩代わりを店長がしているのだろう。
だから、少しでも回収したいのだ。
そうでなければ、仕事を五日間もしていない娼婦を抱えているはずがない。
娼婦の世界はシビアだ。
売れなければ、すぐに店から叩き出される。
その後も娼婦を続けるなら、店のランクは徐々に落とされ、最終的には街角に立つしかなくなる。
だからこそ、店長は追い出したくても追い出せないのだ。
件の嬢が抱える多額の借金が、その理由を雄弁に物語っている。
「分かった。お前には何度も世話になっているからな」
もう一度、ユーマは溜息をついた。
たまには趣向を変えるのも悪くない。
それに、店長に強く頼まれたと言えば、お気に入りの嬢も拗ねまい、と考えた。
「ありがてえ! 実績が作れれば、あとは何とかなる!」
「ただし……。少しだけ注文させてもらうぞ」
目をらんらんと輝かす店長に、ユーマは苦笑を隠せなかった。
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「……先に貰おうかな」
狭くもなく、広くもない。
現代で言えば、ワンルームだ。
ユーマはベッドに腰を下ろし、香の煙が立つサイドテーブルのボトルを手に取った。
作法では、挨拶を交わした後、嬢が酌をして客が飲むのが決まりだ。
だが、特別な注文を加えたせいか、嬢の到着は遅れ、ユーマはひとまず待たされていた。
「ふぅぅーーー……。」
手酌で一口飲めば、酒が喉を焼くように流れた。
娼館特有の度数の高い酒で、男の気分を昂らせる成分も含まれている。
静かだった。
ランクの低い店では、こうはいかない。
壁は薄く、隣の声が漏れ聞こえる。
場末の店など、仕切りがあるだけで、天井までもが繋がっていた。
そういう部分に、ユーマはデリケートだった。
独り立ちした駆け出しの頃は、場末の店も利用していたが、二度と行くものかと思った。
「あの娘に会ったせいかな……。どうかしている」
しかし、その静けさが、今夜は過去を思い出させた。
ユーマはグラスに残った酒を一気に呷った。




