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曇天の下の旅路 ~ 終着駅は異世界だった ~  作者: 浦賀やまみち


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第02話 新幹線は異世界駅へ




「やれやれ……。ずいぶん時間を取られたな」



 街の大通りを抜け、馬車は狭い裏道へと入る。

 舗装の粗い石畳に馬の蹄が響く。


 街は赤みを始め、影を長く落としていた。

 ユーマは手綱を握り、目を細めて道を確認した。


 積荷を売るのは、明日の仕事。

 今日の目的は、奴隷商の店を訪れること。



「掘り出し物がいればいいんだが……。」



 行商人として、独り立ちしてから、五年が経った。


 財は着実に増え、一人での商売するには、しんどさが出てきた。

 ここの辺りで、雑用や手伝いとして、後継を作ろうと考えていた。


 なにしろ、定住を持たない行商人の日々は、人が思っている以上に過酷だ。


 かつての世界ではあり得なかった、モンスターも現れる。

 街から離れれば離れるほど、その危険度は増す。



「師匠も……。きっと、そうだったんだろうな」



 身寄りのない、この世界。

 自分を知り、その意思を継ぐ者が欲しかった。




 ******




「まあ、この街で駄目なら、次の街がある」



 期待半分、冷やかし半分。


 街の中心部から少し離れた裏通り。

 店の前に伸びたサンシェードの下には、裸の若い男女たちが並んでいた。


 その右足は、一本の鎖で繋がれている。

 逃げ場はない。


 店の中ではなく、外に陳列されている時点で、訳あり品だと分かった。


 つまり、格安商品。

 ユーマが求めているものだった。



「……使い物にならないな」



 だが、いずれの表情にも達観が浮かんでおり、目には光がなかった。


 これでは駄目だ。

 買ったところで意欲がなければ育たない。


 軽く見渡しただけで分かった。

 ユーマが無駄足だったかと溜息をつき、踵を返そうとした、その時。



「んっ!?」



 一番端の少女に目が止まった。

 あのスマートフォンの持ち主だった。


 少女もユーマに気づいた。


 同じ黒髪に、同じ黒い瞳。

 この国では珍しい特徴に、同郷を感じ、羞恥を覚えたのだろう。



「あっ!?」



 少女は目をハッと見開くと、身体を隠した。

 俯き、下唇を噛みながら。


 ユーマはその様子を、品定めするようにじっと眺める。



「ひっ……。」



 パチンという鋭い音が響いた。


 奴隷商が鞭で石畳を叩いた音に、少女が慌てて姿勢を正し、手を横にあてる。

 その瞳には涙がにじみ、肩は微かに震えていた。



「お客様、お目が高い。

 どうです? 見た目は良いでしょう?」



 彼女なら、日本の義務教育を受けている。


 この世界では、二桁の足し引きすらできない者が珍しくない。

 それだけで帳簿を任せられる。


 言葉は教えればいい。

 何より、日本語で話が通じる。



「ただ……。漂流者です

 言葉が通じません。

 まあ、その分だけお値段はお安くしますよ?」



 しかし、この世界は街の外へ一歩出れば、危険が待ち受けている。

 女性という一点は、致命的な弱点だった。


 それに、長い髪。


 旅をするには邪魔でしかない。

 切れと言えば済む話だが、年頃の日本人の女の子が、素直に従うとは思えなかった。


 だからと言って、無理に従わせるのは論外だ。


 ユーマが欲しいのは、将来の後継である。

 恨みでも買えば、街の外で裏切られる。


 それでは、後継どころの話ではない。



「あの……。お客様?」



 ユーマは少女をもう一度見た。



「また来る」



 だが、気分が乗らず、ユーマは店を離れることにした。




 ******




「あーーー……。今日は疲れたな」

「今夜は飲もうぜ?」

「……だな。久々の贅沢だ」



 宿に馬車を預け、ユーマは帰宅の途に賑わう街を歩く。

 少女との出会いが、十五年前の記憶を呼び起こす。


 中学三年の修学旅行の最終日。

 乗っていた新幹線ごと転移したこの世界。


 最初は、西日本から東日本へ電圧が変わったための瞬停かと思った。



『うおっ!? ……じ、地震か!』



 しかし、その直後だった。

 激しい揺れと共に、新幹線が急停止した。


 ユーマは狭いトイレにいたため、難を逃れた。


 トイレから出たとき、天井は逆さまになっていた。

 絶望が車内を多い、あちこちで悲鳴が上がった。



『痛え! 痛えよ!』

『私の腕が! 腕が!』

『落ち着け! 動ける者から外に出るんだ! 早くしろ!』



 その声は、今も耳に残っていた。


 幸いだったのは、医者や自衛官など頼りになる大人たちが乗り合わせていたことだ。

 教師たちに導かれ、生徒たちは車外近くにまとめられた。


 秩序は、かろうじて保たれていた。



『……救助、遅くありませんか?』

『ニュースになっていてもおかしくないのに……。』

『せめて、携帯のアンテナが立っていれば……。』



 誰のスマートフォンの画面にも、隅に『圏外』の文字が表示されていた。

 それが、妙に不安を掻き立てた。


 助けを呼んでくると言い残し、新幹線を離れていく大人たちがいた。


 だが、戻ってこない。

 いくら待っても、誰一人。


 新幹線が急停車したのは、午後四時頃。

 スマートフォンに表示されていた時刻は、午後10時過ぎ。


 しかし、背よりも高い草が生い茂り、視界はほとんど遮られていた。

 ようやく、空の端が赤く染まり始める。


 やがて、驚くほどきれいな満天の夜空が広がった。

 天文部の者たちやその担当教師が異変に気づいた瞬間、誰かが言った。



『おい、北斗七星もカシオペアもないぞ』

『それだけじゃない。春の星座がどこにも見当たらない』

『……どういうことだ?』



 今にして思えば、悲惨な事故に遭いながらも、この時点ではまだ余裕があったのだ。



『何だ、あれ?』

『……子ども?』

『ば、化け物だ!』



 草がカサカサと揺れる音に気付いたときには、もうどこかで悲鳴があがっていた。


 そして、ゴブリンの襲来。



『いやあああああああああっ!』

『お、押すな! お、押すなって!』

『退け! 邪魔だ!』



 誰に言われるまでもなく、誰もが横転した新幹線へと目指した。

 鉄と固いガラスに守られた新幹線は、堅牢な城へと変貌する。



『キャっ!?』

『……う、嘘っ!? ど、どうしてっ!?』

『ふんっ! 前々から、あんたのことが気に食わなかったのよ!』

『えっ!? ……あっ!?』



 だが、出入り口は狭い。

 新幹線に入れなかった者たちの悲鳴が、暗闇に消えていった。




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