第02話 新幹線は異世界駅へ
「やれやれ……。ずいぶん時間を取られたな」
街の大通りを抜け、馬車は狭い裏道へと入る。
舗装の粗い石畳に馬の蹄が響く。
街は赤みを始め、影を長く落としていた。
ユーマは手綱を握り、目を細めて道を確認した。
積荷を売るのは、明日の仕事。
今日の目的は、奴隷商の店を訪れること。
「掘り出し物がいればいいんだが……。」
行商人として、独り立ちしてから、五年が経った。
財は着実に増え、一人での商売するには、しんどさが出てきた。
ここの辺りで、雑用や手伝いとして、後継を作ろうと考えていた。
なにしろ、定住を持たない行商人の日々は、人が思っている以上に過酷だ。
かつての世界ではあり得なかった、モンスターも現れる。
街から離れれば離れるほど、その危険度は増す。
「師匠も……。きっと、そうだったんだろうな」
身寄りのない、この世界。
自分を知り、その意思を継ぐ者が欲しかった。
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「まあ、この街で駄目なら、次の街がある」
期待半分、冷やかし半分。
街の中心部から少し離れた裏通り。
店の前に伸びたサンシェードの下には、裸の若い男女たちが並んでいた。
その右足は、一本の鎖で繋がれている。
逃げ場はない。
店の中ではなく、外に陳列されている時点で、訳あり品だと分かった。
つまり、格安商品。
ユーマが求めているものだった。
「……使い物にならないな」
だが、いずれの表情にも達観が浮かんでおり、目には光がなかった。
これでは駄目だ。
買ったところで意欲がなければ育たない。
軽く見渡しただけで分かった。
ユーマが無駄足だったかと溜息をつき、踵を返そうとした、その時。
「んっ!?」
一番端の少女に目が止まった。
あのスマートフォンの持ち主だった。
少女もユーマに気づいた。
同じ黒髪に、同じ黒い瞳。
この国では珍しい特徴に、同郷を感じ、羞恥を覚えたのだろう。
「あっ!?」
少女は目をハッと見開くと、身体を隠した。
俯き、下唇を噛みながら。
ユーマはその様子を、品定めするようにじっと眺める。
「ひっ……。」
パチンという鋭い音が響いた。
奴隷商が鞭で石畳を叩いた音に、少女が慌てて姿勢を正し、手を横にあてる。
その瞳には涙がにじみ、肩は微かに震えていた。
「お客様、お目が高い。
どうです? 見た目は良いでしょう?」
彼女なら、日本の義務教育を受けている。
この世界では、二桁の足し引きすらできない者が珍しくない。
それだけで帳簿を任せられる。
言葉は教えればいい。
何より、日本語で話が通じる。
「ただ……。漂流者です
言葉が通じません。
まあ、その分だけお値段はお安くしますよ?」
しかし、この世界は街の外へ一歩出れば、危険が待ち受けている。
女性という一点は、致命的な弱点だった。
それに、長い髪。
旅をするには邪魔でしかない。
切れと言えば済む話だが、年頃の日本人の女の子が、素直に従うとは思えなかった。
だからと言って、無理に従わせるのは論外だ。
ユーマが欲しいのは、将来の後継である。
恨みでも買えば、街の外で裏切られる。
それでは、後継どころの話ではない。
「あの……。お客様?」
ユーマは少女をもう一度見た。
「また来る」
だが、気分が乗らず、ユーマは店を離れることにした。
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「あーーー……。今日は疲れたな」
「今夜は飲もうぜ?」
「……だな。久々の贅沢だ」
宿に馬車を預け、ユーマは帰宅の途に賑わう街を歩く。
少女との出会いが、十五年前の記憶を呼び起こす。
中学三年の修学旅行の最終日。
乗っていた新幹線ごと転移したこの世界。
最初は、西日本から東日本へ電圧が変わったための瞬停かと思った。
『うおっ!? ……じ、地震か!』
しかし、その直後だった。
激しい揺れと共に、新幹線が急停止した。
ユーマは狭いトイレにいたため、難を逃れた。
トイレから出たとき、天井は逆さまになっていた。
絶望が車内を多い、あちこちで悲鳴が上がった。
『痛え! 痛えよ!』
『私の腕が! 腕が!』
『落ち着け! 動ける者から外に出るんだ! 早くしろ!』
その声は、今も耳に残っていた。
幸いだったのは、医者や自衛官など頼りになる大人たちが乗り合わせていたことだ。
教師たちに導かれ、生徒たちは車外近くにまとめられた。
秩序は、かろうじて保たれていた。
『……救助、遅くありませんか?』
『ニュースになっていてもおかしくないのに……。』
『せめて、携帯のアンテナが立っていれば……。』
誰のスマートフォンの画面にも、隅に『圏外』の文字が表示されていた。
それが、妙に不安を掻き立てた。
助けを呼んでくると言い残し、新幹線を離れていく大人たちがいた。
だが、戻ってこない。
いくら待っても、誰一人。
新幹線が急停車したのは、午後四時頃。
スマートフォンに表示されていた時刻は、午後10時過ぎ。
しかし、背よりも高い草が生い茂り、視界はほとんど遮られていた。
ようやく、空の端が赤く染まり始める。
やがて、驚くほどきれいな満天の夜空が広がった。
天文部の者たちやその担当教師が異変に気づいた瞬間、誰かが言った。
『おい、北斗七星もカシオペアもないぞ』
『それだけじゃない。春の星座がどこにも見当たらない』
『……どういうことだ?』
今にして思えば、悲惨な事故に遭いながらも、この時点ではまだ余裕があったのだ。
『何だ、あれ?』
『……子ども?』
『ば、化け物だ!』
草がカサカサと揺れる音に気付いたときには、もうどこかで悲鳴があがっていた。
そして、ゴブリンの襲来。
『いやあああああああああっ!』
『お、押すな! お、押すなって!』
『退け! 邪魔だ!』
誰に言われるまでもなく、誰もが横転した新幹線へと目指した。
鉄と固いガラスに守られた新幹線は、堅牢な城へと変貌する。
『キャっ!?』
『……う、嘘っ!? ど、どうしてっ!?』
『ふんっ! 前々から、あんたのことが気に食わなかったのよ!』
『えっ!? ……あっ!?』
だが、出入り口は狭い。
新幹線に入れなかった者たちの悲鳴が、暗闇に消えていった。




