第01話 漂流物、また誰かが
「雨が降る前でよかった……。」
馬車の車輪がガタゴトと転がる音が響く。
揺れが体に伝わり、幌に覆われた荷台の箱や袋がかすかに揺れる。
男は手綱を握り、馬の呼吸を感じながら街の門を見上げた。
彼の名前は、ユーマ・タカシー。
定住を持たず、たった一人で街から街を行く行商人である。
地方の小都市。
何度も訪れたことのある馴染みの街。
だが、近くに冬を控え、今日はどこか空気が冷たく、普段とは違う気配を帯びていた。
「止まれ。身分証を見せろ」
「ごくろうさまです。どうぞ」
門前で衛兵に止められ、ユーマが懐に手を入れていると、大きな水音が聞こえた。
パシャリ、パシャリ、と続けて、二回。
視線を向けると、人の形をしたものが二つ浮かび上がる。
城壁の上から投げ込まれた死体だった。
「こんな時間に珍しいですね?」
「ああ、流行病があってな。おかげで、大忙しだ」
「へーーー……。」
この世界での命は軽く、死後にも金がかかる。
身寄りのない者、貧しい者は埋葬すら許されない。
たとえば、この街では手軽な廃棄場である堀に投げ捨てられ、それは川へと流れてゆく。
何度も見てきた、どこにもありふれた日常だ。
「よし、通っていいぞ」
「ありがとうございます」
ユーマは興味を失い、馬を進める。
馬車は石畳の通りを進む。
両脇には商店や住居が連なり、風に揺れる布の看板が通りに色を添えている。
夕暮れ前のため、まだ人通りは少ない。
果物屋やパン屋は早い店じまいを始め、逆に飲食店から準備の忙しなさが見て取れる。
ユーマがこの街での定宿へ向かう途中、男が声をかけてきた。
「おう、ユーマ。久しぶりだな」
「うん?」
「お前を待っていたんだ。俺の店に来てくれ」
ユーマは馬車を止める。
この街に古物商の店を構える商人だった。
******
「なるほど……。漂流物か」
「ああ、鑑定してほしい。
バッグとペンは分かるんだが……。あとはさっぱりでな」
店のテーブルに並べられた、この世界には似つかわしくない品々。
スークルバック、教科書、文房具、生徒手帳、スマートフォンなど。
漂流物と呼ばれている現代から流れ着いた、かつてユーマの周りにあった日常の象徴だった。
「85%……。バッテリーの残量からして、朝だったのか?」
「おう、それだ! それ!
そこを押すと、黒い板が変わるの何なんだ?」
真っ先にスマートフォンを確認すると、電源が入った。
胸の奥にかつての記憶が押し寄せる。
修学旅行の電車で窓の外を見ながら友人と笑ったこと。
教室の机の上で落書きしたノート。
放課後、階段で話した仲間たちの顔。
そして、両親。
あまりに鮮明で、心の奥に痛みが走る。
ここに戻れないことは分かっているのに、手にした瞬間だけ過去が戻る。
「残念だけど、値打ちがありそうに見えるが、ゴミだ」
「なんだってっ!?」
「時間を切り取った絵が取れるが……。ほら、これだ」
フォトアプリを開くと、まさにそうした思い出が出てきた。
撮影されていた所有者と思しき女の子。
女子高生と呼ぶには幼い。
ユーマは、女子中学生だろうと結論づける。
「すげーじゃねえか!」
「まあ、効果は……。一日ってところだな。
魔力が切れたあとは、ただの黒い板になる」
「なんだ、そりゃ……。ゴミじゃねーか」
どうやら吹奏楽部で、フルートの奏者らしい。
友だちと嬉しそうに笑っている部活動の姿が何枚もあった。
それに、目線をこちらに向けていない隠し撮りと思しき男の子の写真が数枚。
きっと片思いの相手だったのだろうと、ユーマは思わず苦笑した。
「だから、そう言っただろう?」
「くそっ! ……あっ!? ちょっと待っててくれ!」
一つ一つの品が、過ぎ去った日々の温度を伝える。
懐かしさと切なさがユーマの胸を締めつけた。
こんなものを手に入れたところで、失った時間は戻らない。
だが、せめて記憶のかけらだけでも取り戻したいという衝動が湧いてくる。
「この服はどうだ!
見たことのない素材で出来ている!
さっきの絵にもあったから、間違いなく漂流物だろ!」
店の奥へ駆けていった店主が、服一式を持って駆け戻ってきた。
赤いリボンと白いブラウス。
紺のブレジャージャケットと赤いチェック柄のプリーツスカート。
スマートフォンの持ち主である少女が着ていた制服だった。
さらに、ピンクのショーツとブラジャー。
ユーマは目を細めた。
少女は困窮し、身の回りの品を売ったわけでない。奪われたのだ。
「ああ、漂流物だな。
でも、しょせんは服だぞ? たかが知れている」
しかし、漂流物を鑑定するとき、その予想は何度も感じた事実であった。
商人として、ユーマはまずスカートを確認した。
お尻の部分に何度も椅子に座った証であるテカリがあった。
一年生は当然として、二年生でもこうはならない。
少女は、中学三年だろうと推測した。
「待てよ! このパンツ、すげー伸びるんだぞ!」
「まあ、そういうものだしな」
ユーマは、一旦は抑えた衝動が止められそうになかった。
失われた青春の象徴を見出すように。




