第40話 見届け人は月
全てに決着をつけ――めまぐるしく時計は動いた。
まず、私は両親と再会できた。
久しぶりに会った父と母はだいぶやつれているように見えた。
私が石化事件で逮捕されてから、家を守るために奔走していたことが窺える。
エデルワイト家の保護があったとはいえ、周囲からのバッシングは凄まじいものだったと聞いている。
しかし、私を見ると明るい顔になってくれた。
「すまなかったな。私たちではお前の罪を晴らすために、何もしてやれなかった」
「本当にごめんなさい、セルフィス……」
私は首を横に振る。
「いいのよ。二人は私のことを信じてくれていたんでしょ。それだけで十分」
素直に出た言葉だった。
二人は私のことを信じてくれていたという。それだけで十分。それ以上はいらない。
私は両親と抱きしめ合った。
そのぬくもりは、かつて石化能力に目覚める前、あの優しかった両親を思わせるものだった。
色々あったけど、私たちはやっぱり親子だ。この絆がほつれることはない。
さらに、エデルワイト家並びに多くの有力者が「セルフィス嬢に危険はない」という公式声明を出してくれた。
夜会でウォーゲンたちを断罪した私たちの姿がよほど劇的であったためだろう。
さらに、私が交流していた領民たちも、王都に出向いて名誉回復を求める運動を起こしてくれた。
「ぼくは木から落ちたところを、石化で命を助けられたんです!」
「俺もだ! セルフィス様がいなければ出血で死ぬところだった!」
「私も『喉笛を喰らう狼』の連中を倒していただいて……」
私の石化能力は恐れるものではなく、人の役に立つものだと力説してくれた。
別邸で私たちをお世話してくれた使用人たちも加わってくれたという。
そんな運動の数々はついに王家の耳にも入り、なんと国王陛下にもお会いすることができた。
王城の玉座の間にて、私はレイゼム様とともに国王陛下に謁見した。
レイゼム様は面識があるとのことだけど、私は初めてお会いした。
玉座に座る陛下は柔らかな面差しの壮年の男性だった。今の平和といえる王国の君主に相応しい方という印象を受けた。
「セルフィス・ルトゥーラ、余からもおぬし及びルトゥーラ家の名誉回復を宣言させてもらおう」
「ありがとうございます」
陛下直々に名誉回復に協力していただけるなんて、光栄の極みだ。
すると――
「ところで……一つ頼みがあるのだが」
「なんでしょう?」
「余も石化してもらうことはできんか?」
「……え?」
横にいたレイゼム様は笑った。
「陛下は好奇心旺盛な人なんだよ。石化してあげて欲しい」
「分かりました。お望みとあらば……」
これまでさまざまな立場の人を石化してきたけど、私はとうとう国王陛下を石化することになった。
その感想は――
「ふむ……とてもよかった。まずいな。余も石化にハマってしまうかもしれん」
――だった。
どうかハマらないでください、陛下……。
謁見後、レイゼム様も「もし陛下が君を欲しいなんて言ったら、僕は全力で抗うよ」なんて本気のトーンで言っていた。
ミルフィはというと、ルトゥーラ家に戻ってからは、黒刃隊隊長シュラトとよく訓練をするようになった。
「お姉様、シュラトさんってすごいの! やっぱり私より強い! 学ぶことがいっぱいあって……頑張らなきゃ!」
「俺こそ、ミルフィーネ嬢には多くのことを学ばせてもらっています」
二人の訓練を見たけど、どちらの動きも速すぎて、私にはなにがなにやらだった。
ミルフィはますます強くなっていきそう。
先生が修行の旅から帰ってきたら、挑戦してやるなんて張り切っている。
そのうち、王国最強の令嬢になっちゃったりして……。
***
長年の苦労が報われつつも忙しい日々が、ようやく落ち着いたある日。
月が綺麗な夜だった。そう、まるであの夜のように――
私とレイゼム様はどちらともなく誘い合い、エデルワイト家別邸近くのあの草原にいた。
「ようやく一段落したといったところだね」
「ええ」
「君もずいぶん忙しかったんじゃないかな? あちこちに引っ張りだこで……」
「はい。でも、嬉しい悲鳴というやつですね。ルトゥーラ家の名誉は回復されましたし、家族とも元通りになって……」
「うん、それにミルフィーネはすごいね。あのシュラトと訓練を重ねて、強さにますます磨きがかかっている」
「ええ。でもいいんでしょうか? あの人はエデルワイト家に仕えるはずだったのに」
「あれは彼を自害させないために言った言葉に過ぎないからね。シュラトにはシュラトの人生があるさ。ウチにはガルドがいるしね」
レイゼム様は月を見上げる。
誰もがすくむ冷徹さを持ちながら、誰をも思いやる優しさも併せ持つ。
自分の得しか考えないウォーゲンとは違い、時には自分の損する道をゆく。
私はこういうレイゼム様のことが本当に――
本当に……なに?
もう、私を束縛するものはない。
ええい、心の思うままに話してしまおう。
「レイゼム様」
「なんだい?」
レイゼム様が振り返る。月明かりに照らされたそのお姿は本当に凛々しい。
「あなたは前にここで、私のことが好きだったと話してくださいましたね」
「ああ、そうだったね」
私は短く息継ぎをする。
「あなたが私を好きになったのは、子供の頃のあの日――私があなたを石化で助けたあの日だったと思います」
レイゼム様はうなずく。
そう、レイゼム様が私を好きになったきっかけははっきりしている。
「では、一方のセルフィス・ルトゥーラはいつからだったのでしょうか……」
私は月を見上げる。月面までしっかり見て欲しいと言うかのように輝いている。
「最初の頃はあなたのことを疑い、あなたに恐怖さえしていました。想いを告げられてからも、自分の心が分からなかった。嬉しいのは確かなのに、家のことや自分のことを考えると、手放しに喜ぶこともできなかった」
だけど、いつしか――
「だけど、いつしか私はあなたのことを好きになっていました。なにをしていても、あなたが心の中にいる。そのことがたまらなく心地いいんです。ですから、言わせてください。私はあなたが好き……愛してます!」
レイゼム様が目を細める。
「……ありがとう。もちろん、僕も君のことを愛している」
『愛している』が、私の中にじんわりと染み渡る。
「だけど、改めて言わせて欲しい」
私はじっとレイゼム様を見る。
「僕が君を愛しているのは、もはや子供の頃に命を助けられたからなんて話じゃない。君と一緒に過ごし、訓練し、遊び、学び、戦い……そんな日々が楽しかったからだ。僕ももう、君無しの人生なんて到底考えられない」
しばしの沈黙。
この後に来る言葉はもう分かっている。信じている。だからこそじっと待つ。
「セルフィス、結婚しよう」
「はい……!」
私がなによりも待ち望んだ言葉。
私たちはそのまま熱い抱擁を交わした。もうなにも遠慮することはない。
この記念すべき瞬間を見ているのは、夜空に浮かぶ、淡い光で地上を照らすまんまるの球体。
見届け人は、月だ。




