第39話 奈落へ沈む ~ウォーゲン・ディロイアル、マリンダ・アミーラ視点~
私の体が沈んでいく……。
周囲は闇。体は一切動かないが、こうして意識はある。
なぜだ。なぜ、こんなことになってしまったんだ。
ディロイアル家に生まれ、嫡子として将来を約束されていた私が、文字通り地の底に沈んでゆく。
思い返せば、全てはマリンダのせいだ。
マリンダが、私にセルフィスのことなんかを教えなければ……。
父を石化するなんて思い切ったことはせず、堅実な人生を歩むことができたはずだ。
あの女め、とんだ疫病神だった。
私はどこまで沈んでいくんだ?
もう自分がどこにいるかも分からない。
何もすることができないことが、こんなにもつらいとは思わなかった。
しかも、セルフィスは私に苦痛さえも与えなかった。
苦しんでさえいれば、気も紛れるかもしれないのに。
“苦しむ”ということさえ、一種の権利だと思えてくる。
セルフィスは私にその権利すら与えなかったのだ。
セルフィスの言葉を思い出す。
『私はあなたを婚約者として認めていた時期もありました。あなたが目指すモダンな街というのも、あなたが卑劣な手段でお父上を排除するようなことをせず、確かな情熱と誠意をもって訴え続ければ、いずれ実現していたかもしれません。ですが、それを手放したのはあなた自身。全てあなたの責任です』
もし、セルフィスと真に愛し合うことができたなら――
もし、父上とじっくり対話していれば――
もし、まっすぐ生きることができたなら――
私はこうなっていなかっただろう。
時間はかかったろうが、私が抱いていた野心の数々を実現できたかもしれない。
今さら後悔してももう遅い。遅すぎる。
私は沈んでいく。
闇の中、なんの苦しみもない石化生活で、朽ちる時まで後悔し続けるのだ。
――助けてくれ!
助けてくれ、誰か助けてくれ。
お願いします。何でもします。お金ならあげます。平民になってもいいです。土下座します。靴を舐めます。奴隷のようにこき使ってください。だから、助けて、助けて、助けて。
地の底で祈っても、こんな願い叶うはずもない。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
こんなことに、こんなことに、こんなことに、こんなことに、こんなことに。
苦しめず、叫べず、涙すら流せず。
後悔の念はどんどん増幅されていく。
もはや私にできることは、朽ちる時まで自分の人生を悔いることだけ。
私は……私は、もっとちゃんと生きていれば……。
手段を選んでいれば……。
こんなことには……。
こんな、ことには……。
うわぁぁぁぁぁっ……!!!
***
目の前は泥で真っ暗。
もう何も見えない。
自分の体が沈んでいくことが分かるのみ。
どこまで沈んでいくのだろう。
まるで底が来ない。
いや、もしかしたらもう底だけど、感じ取れないだけかもしれない。
なんでこの私がこんなことになるのよ。
私は伯爵家に生まれ、文武両道の誰もが羨む素晴らしい令嬢だったはず。
公爵夫人にだってなれた女だったはず。
役立たずのウォーゲン、裏切ったシュラト、私を見捨てた両親、私以外のどいつもこいつもムカつくけど、やっぱり一番許せないのはセルフィスだ。
セルフィス、セルフィス、セルフィスぅぅぅ……!
あの女のせいで、私はこんな目に……!
殺してやる! 絶対殺してやる! 殺してやるっ……!
だけど指一本動かせない。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!
セルフィスの言葉を思い出す。
『だけど、あなたは美しく、文武両道の令嬢だった。もしもっと正々堂々と生きていたなら、きっと私なんか顎で使えるくらいの貴婦人になれたのかもね。だけど、そうはならなかった。あなたがこうなったのは、全部あなた自身が招いたのよ』
そう、私は普通に生きていれば、誰もが羨む貴婦人になれたのよ。
なのに、セルフィス如きのせいで……。
セルフィスの顔が目の前に浮かぶ。
あの女は無表情で、もはや私を敵とすら認識していない。興味すら持っていない。
せめて、私を憎んでよ! 嫌ってよ! 罵ってよ! あざ笑ってよ!
そうすれば、私はまだ救われる! あんたに嫌な思いをさせることができたと誇りを持てる! 石になりながら高笑いすることができる!
それすら許さないの……?
誰か私を元に戻してよ!
私は数百年このままなの!?
このままセルフィスに負けたままなの!? もう復讐のチャンスもないの!?
そんなの嫌!
私は……私は朽ちるまでの間、セルフィスへの敗北感を味わったまま、石化し続けなきゃならないの!?
それなら死んだ方がマシ、だけど死ぬことすらできない。
私は……私はセルフィスに負け続けるの? ずっと、ずっと、ずっと……。
そんなの嫌! 嫌! 嫌!
いやぁぁぁぁぁ……!!!




