第37話 石化令嬢、断罪す
エデルワイト家邸宅の夜会は大盛況で、ウォーゲンとマリンダ、二人が揃っていた。
憎き相手ではあるけど、二人とも礼服が決まっていて、美しい。
だけど、その顔はひどく引きつっている。
当然よね。シュラトによって葬られたはずの二人が現れ、それどころか石化して湖に沈めた自分の父親までやってきたんだから。
二人ともなにも喋らないから、私から挨拶する。
「お久しぶりです、ウォーゲン様。それと……マリンダさん」
シュラトは自分はもう不要と、場から立ち去る。
彼は決して語らなかったけど、彼もウォーゲンに嵌められて、私兵のような立場に甘んじていたとレイゼム様から聞いた。
あなたの分までこの人を裁くから、と彼の想いを背負う。
「ディロイアル公、こちらへどうぞ」
ウィルバート様がレイゼム様に連れられ、やってきた。
長い間石化されていたけど、体調面に問題はなく、今日もここに連れてくることができた。
「ウォーゲン、私がいない間、ずいぶん好き勝手やっていたようだな」
ウォーゲンの顔が青ざめていく。目は分かりやすく泳いでいる。
今、彼の頭の中は混迷を極めていることだろう。
「ちょうどいい機会だ。皆様に全ての真実をお話ししよう」
ウィルバート様は大勢の貴族に向き直る。
私とレイゼム様はすでに聞いているけど、ウィルバート様はあの日の出来事を全て話し始めた。
あの日の夜――ディロイアル家の邸宅では、ウォーゲンとウィルバート様が衝突を起こしていた。
『まだそんなことを言ってるのか!』
『父上は頭が古いんだよ!』
改革したいウォーゲンと、伝統を重んじるウィルバート様の、いつも通りのやり取り。
日常茶飯事であり、この日もウォーゲンが引いて事は収まるはずだった。
ところが、ウォーゲンは壁に飾られていた剣を手にする。
『今日という今日はもう限界だ』
『お前、なにを考えている!?』
『ディロイアル家発展のためだ。死んでもらうよ、父上』
ウォーゲンは父親に向かって剣を振るう。
しかし、当たらない。ウィルバート様は逃げながら不思議に思う。
まるでわざと斬らないでいるような……。
そんなことを考えていると、ウォーゲンは剣を落とした。ちょうどウィルバート様に柄を向けるような形で。不自然ではあるが、当時のウィルバート様にそんなことを考える余裕はなかった。
すかさずウィルバート様はその剣を拾い、反撃を試みようとする。
そこへ、私が来た。
『セルフィス、助けてくれっ! 父が乱心して……!』
『何を言うか、ウォーゲン!』
私は言われるがままウィルバート様を石化してしまう。
そして、まんまと捕らえられる。
全ては計画通りだった。
その後、共犯者だったマリンダが現れ、二人で石と化したウィルバート様を散々侮辱したという。
私は罪人の塔送りになり、ウィルバート様はさまざまな処分方法が検討されたものの、破壊も不可能だと分かり、モアナ湖に沈めることが決まった。
レイゼム様の言う通り、埋めるのは掘り返される危険性があるので避けたかったらしい。モアナ湖に沈めれば、ネーヴィスに呑み込んでもらえるかもという期待もあったそうだ。
湖底に沈んだウィルバート様だったけど、不思議と気分は悪くなかったという。
あの時、私は「申し訳ありません」と思いながら石化した。それが作用したのかもしれなかった。
ウィルバート様はかなりの長期間石化するはめになったけど、いい休暇になったと笑っていた。
そして、私とレイゼム様に発見され、石化を解除され、今に至る。
ここまで話すと、ウィルバート様はため息をついた。
「このように、この一件、悪いのは全て息子です。セルフィス嬢に一切の非はない。本当に申し訳ないことをした」
私に謝り、さらにウォーゲンを睨みつける。
「そして、この男は私の敵だ。もはや親子ではない。お前の処遇に一切の情はかけぬとここに宣言する」
「うぐ、ぐぐ……」
全てを暴露され、ウォーゲンは下唇を噛み締め、青ざめる。もはや勝負あったと言っていい。
だが、ここでマリンダが――
「あなたは本当にウォーゲン様のお父上なのですか?」
わけの分からないことを言い出した。
「そこにいるレイゼム様は魔法使いと聞いております。魔法で作り出した偽者という可能性もありますわ!」
とんでもない理屈をひねり出してきた。
ウォーゲンもこれに乗る。顔が分かりやすく「でかした、マリンダ」と言っている。
「そ、そうだ! レイゼム、お前は私を陥れるために我が父の偽者を作ったな!?」
レイゼム様は呆れている。
「何を言ってるんだ。お前たちは……」
「うっ、うるさい! こうなれば、偽者ごとまとめて始末してやる! やれ!」
ウォーゲンは潜ませていた兵士たちに合図を送った。ここで私たちを殺せば、あとはどうとでもなるという算段だろう。
だけど、切り札の黒刃隊や、最大の難所だったネーヴィスをくぐり抜けた私たちに、今さらこんな兵士たちが相手になるはずもない。
私の石化とレイゼム様の魔法であっさり撃退した。
「お見事です、レイゼム様」
「君とのコンビネーションもすっかり板についてきたね」
「さて、と……。ここまでね、ウォーゲン様、マリンダさん」
マリンダは懲りずに皆に呼びかける。
「皆様、助けてください! この者たちを追い払いましょう!」
この往生際の悪さだけは大したものだ。だけど、周囲の貴族たちがこんな呼びかけに応じるはずもない。どちらが正しいのか、彼らの中ですでに裁定は済んでいる。
ウィルバート様が息子に告げる。
「終わりだな、ウォーゲン。だが、このたびの件、一番の被害者は私などではない。ここにいるセルフィス嬢だ。ゆえにセルフィス嬢に最後の締めは譲りたい」
こうしてくださることは、事前の打ち合わせ通り。
私はうなずくと、ウォーゲンの前に進み出る。
「ウォーゲン様……」
あの夜、ウォーゲンに嵌められてから、ここまで来るのは本当に大変だった。
人生を捨てかかったこともあった。
だけど、ここまで来れた。
あの時、罪人の塔にレイゼム様とミルフィが来て、レイゼム様と石化の訓練をして、ロスダム様とアイーダ様に認めてもらえて、領民の方々にもよくしてもらえて、さまざまなことを乗り越えることができた。
ついにはこの石化の力を使いこなせるようになって、ご先祖様にも会えた。
今の私に怖いものはない。
後はこのウォーゲン、マリンダと決着をつけるのみ。
「なんだ、セルフィス……」
「別に私はここに来る必要はなかったんです」
「……なに?」
「あなたのお父上を助け出した時点で、あなたを失脚させることはできた。じゃあなぜ、わざわざここまで足を運んだのか……あなたなら分かるはず」
そう、ウォーゲンなら――他人を出し抜くことに長け、優秀なウォーゲンなら分かるはず。
「お前、まさか……!?」
やっぱりすぐ気づいた。頭はいいから、この人は。
「私を石化するつもりか……!」
私はできるだけにこやかに笑った。
「他に理由があって?」
今この時の私はきっと、メドゥーサのような迫力が出ていたと思う。
かつて多くの悪を石化し、今や私の憧れであるあの人の――
「……! うわぁぁぁぁぁっ!」
ウォーゲンは私に襲いかかろうとする。
が、その足は動かない。
なぜなら、瞬時に足だけ石化したから。
「あっ、あああっ……!?」
レイゼム様がくすっと笑う。
「さすがだ」
ならばと手で押しのけようとしてくるけど、肘を石化したのでそれもかなわない。
「うぐ、ぐぐ……!」
「今の私はこんなに石化を使いこなせるまでになりました。これはあなたのおかげでもあるんですよ」
ウォーゲンは怯えている。
「お、おいっ! 私は公爵家の令息だぞ! こんなことしていいと思ってんのか!」
「心配するな」
「え……」
「誓約書は書いてある」
そう、ウィルバート様は『セルフィスがウォーゲンをどうしようと罪には問わない』という誓約書を書いてくれていた。これがある以上、たとえ殺してしまっても許される。
「ち、父上ぇ……!」
「父などと呼ぶな。まもなく石化される男よ」
すると、ウォーゲンは目を潤ませて私を見てきた。
「セルフィスっ! 君と私は、婚約者同士だったじゃないか! 一度は愛し合った仲じゃないか! どうか、助けて……!」
ここまで心に響かない懇願は初めて聞いた。
なにやらわめいているが、私は無視して言葉を紡いだ。
「レイゼム様の前でこんなことを言うのは失礼かもしれませんが」
涙ぐんでいるウォーゲンをまっすぐ見据える。
「私はあなたを婚約者として認めていた時期もありました。あなたが目指すモダンな街というのも、あなたが卑劣な手段でお父上を排除するようなことをせず、確かな情熱と誠意をもって訴え続ければ、いずれ実現していたかもしれません。ですが、それを手放したのはあなた自身。全てあなたの責任です」
「ま、まっ……」
「お別れよ。ウォーゲン・ディロイアル」
私はウォーゲンの全身を石化した。
さて、残るはマリンダただ一人。
「ま、待ってよ! 私は助けてよ! 同じ学校で学んだ仲じゃない! 石化するなんてあんまりよ! 助けてよぉ……!」
ウォーゲンと懇願の仕方も似通っている。まったくお似合いカップルだわ。
「それに、私を石化したら……お父様が黙ってないわ!」
レイゼム様が言う。
「残念だけど、君のお父上からも誓約書は貰っている。『娘がとんだご迷惑をかけました。どうしようとご自由に』だってさ」
「そ、そんな……」
すでに根回しは済んでいる。
マリンダのアミーラ家も名門伯爵家だけど、エデルワイト家とディロイアル家、二つの公爵家を敵に回すなんて愚を犯すはずもなかった。
それに元々マリンダの性格には手を焼いていた部分もあったようだ。
私はマリンダにも声をかける。
「あなたとも色々あったわね。ライバル関係、なんていいものじゃなかったけど。あなたが私を嫌っていたように、私もあなたを嫌っていたわ」
マリンダが絡んでくるたびに、私は不快な思いをしていた。
でも――別の本音も伝えたい。
「だけど、あなたは美しく、文武両道の令嬢だった。もしもっと正々堂々と生きていたなら、きっと私なんか顎で使えるくらいの貴婦人になれたのかもね。だけど、そうはならなかった。あなたがこうなったのは、全部あなた自身が招いたのよ」
引きつっているマリンダに、最後の挨拶をする。
「さようなら、マリンダ。もうおしゃべりすることもないでしょう」
眼に力を込め、マリンダも石化した。
煌びやかな会場に、二体の石像が出来上がる。
せめて二人とも、できるだけ美しい顔にしてあげたかったけど、残念ながらそうはならなかった。
ひどく歪んだ顔つきになってしまっている。
まるで、罰を受けた罪人のように――
「終わったね」
レイゼム様に声をかけられる。
「ええ、終わりました」
ほのかな安堵と達成感に包まれつつ、私はレイゼム様に笑みで答えた。




