第36話 絶頂 ~ウォーゲン・ディロイアル視点~
待ちに待った記念すべき日がやってきた。
日没前から、私の屋敷の大広間には、大勢の招待客が集まっている。
今宵の夜会では、とうとう私が公爵位を継ぐ。さらにマリンダとの結婚発表も行う。
ああ、最高の瞬間だ。
父は石化し、モアナ湖に捨ててやった。父寄りの人間どもは全て黙らせ、ようやく父を死亡扱いにすることができた。これで私は後を継げる。
セルフィスは脱獄したが、奴が父上にたどり着けるはずもない。なにしろ湖にはシュラトを向かわせているからな。
たとえエデルワイト家が味方についたとしても、もう遅い。
私が当主となったからには、我がディロイアル家を公爵家の中のトップに――いやいや、王家をも凌ぐ存在にしてみせる。
かつて王家転覆を狙う『喉笛を喰らう狼』なんてバカな集団がいたが、私には本当に王家をひっくり返せる力がある。
マリンダとならば、それをやれる。なにしろ、あいつも私と同類。目的のためならどんな手段でも選べる女だ。
世の中、勝つのはどんな手段でも選べる者だと決まっている。
控え室にて、着飾ったマリンダを見る。
チャームポイントである赤髪と、真っ赤な瞳が、今日は一段と輝かんばかりだ。
しかも、今日の衣装は黒のイブニングドレス。鮮やかな漆黒が鮮やかな真紅を引き立てている。
私も思わず感心の声を上げてしまう。
「ほぉ~、いいじゃないか」
「今日はシックに決めてみたの。なにしろ公爵夫人になるんですもの」
マリンダが髪をかき上げる。その仕草も堂に入っている。
「おいおい、まだ夫人じゃないぞ」
「そうだったわね。気が早かったかも」
「しかし、素敵だ……」
「そういうあなたもね。タキシード、バッチリ決まってるじゃない」
「まあな。なにしろこの日のためにオーダーメイドしたんだからな」
私も最上級の紺のタキシードを着込んでいる。
「だけど、セルフィスの首を見られなかったのは残念だったわね」
「まあいいさ。私が公爵になったら、エデルワイト家にはセルフィスの身柄を渡すよう強く要求しよう。さすがに家の存亡がかかっても、あの女をかばうほどバカではあるまい。で、あの女の身柄を受け取ったら……こうだ」
私は右手で首を掻っ切るジェスチャーをする。
「うふふっ、楽しみだわぁ」
マリンダめ、いい顔で笑う。もっともそれは私も同じか。
「楽しみは取っておこう。それより今はこの夜会だ。我々二人の栄光の始まりだ! 未来の公爵夫人、しっかり頼むぞ!」
「ええ、任せておいて!」
私とマリンダは主催者として、大勢が待つ大広間へと向かった。
***
大広間は、私が部下たちに強く言っていただけあって、まさに豪華絢爛に仕上がっていた。
天井には煌々と輝く太陽のようなシャンデリア、床には鮮やかなワインレッドの絨毯が敷かれ、そこには百人を超える貴族が集まっている。
テーブルには贅を尽くした料理が並び、美酒もよりどりみどりだ。
これほどの宴は、近年なかなかなかっただろう。
そんな場に、私はマリンダをエスコートしながら現れる。
拍手が沸き、大勢の視線がこちらに向く。
羨望、憧憬、賞賛、嫉妬……さまざまな感情が伝わってくる。
ああ、どんどん感情をぶつけてくれ。全てを私とマリンダの栄養にしてみせる。
私は大仰に両腕を広げて彼らに宣言する。
「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます!」
我ながらよく通った声だ。まさに新たなる公爵に相応しい。
「まずは、私と隣にいるこのマリンダ・アミーラが先日正式に婚約を交わしたことを、ここにご報告いたします! 近く、挙式も予定しており、本日以上に盛大な式になるとお約束いたします!」
歓声が上がる。
拍手を浴びせられる。
いいぞ、私をもっと賞賛してくれ。お前たちは私たちをより輝かせる燃料なのだから。
「マリンダ、君からもどうぞ」
「はい……。ウォーゲン様という最高の殿方と結ばれたことを、大変嬉しく思っています。しかし、これがゴールではありません。私はウォーゲン様を、貴族夫人らしくしずしずと支えたいと思っております」
まったくしおらしいことを言う。
さっきなんか「なにしろ公爵夫人になるんですもの」なんて言ってたのにな。
じゃあ、いよいよ本日のメインイベントに入るか。
「さて、皆様ご承知でしょうが、先日我が父ウィルバート・ディロイアルは、私のかつての婚約者セルフィス・ルトゥーラによって石化されてしまいました。石化された父を治す手立てはなく、医師によって、残念ながら亡くなったとの診断をいただきました。父はすでに手厚く葬っております」
本当はモアナ湖に投げ捨てたんだけどな。あの湖に住む怪魚にでも食われてればありがたい。
「そして、このたび多くの人間の承認を得て、この私ウォーゲン・ディロイアルが家督を継ぐこととなりました」
反対派は全て追放した。まったく苦労したよ。頭の古いバカどもが。
「今宵、王家からの使者にも来ていただいております。私が書状に署名をすれば、めでたく当主となります」
おっと、めでたくは失言だったか。まあいい、些細なことさ。
王家の使者が、書状を持って歩いてくる。さっさと歩いてこい。私は早く公爵になりたいんだよ。
ウォーゲン公、ディロイアル公……ああ、なんていい響きなんだ。
ところが、ざわめきが起こった。
「……?」
客の方を見ると、なんと入口からシュラトが現れた。それも鎧姿で。
あいつ、なんでこんなところに……。
シュラトが私のところに駆け寄ってくる。私は小声で応じる。
「おい、どうした。今、大事なところだぞ」
「失礼しました。しかし、大事なご報告なのです」
心の中で舌打ちしつつ、私は「なんだ?」と聞き返す。
「セルフィス・ルトゥーラとレイゼム・エデルワイトが、モアナ湖に現れました」
「……!」
やはり来たか。私の読みは当たっていた。
「……で、どうなった?」
「激しい戦いでしたが、二人を討ち取ることに成功しました」
私はホッとする。
「そうか……よかった。だが、そんな報告なら夜会の後でもよかったはずだ」
「討ち取った印をぜひ見て頂きたいな、と思いまして」
私は眉をひそめる。
「おいおい、まさか首を持ってきたんじゃあるまいな。こんなところで出すなよ。客どもが引いてしまう」
「ご安心を。首ではありません」
じゃあ、なんだ。二人の衣服でも持ってきたのだろうか。
「ご本人たちに来ていただきました」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
私が入り口を見ると、そこにはセルフィスとレイゼムがいた。
な、なんで……!?
しかも、討ち取ったどころか元気に生きてやがる。
セルフィスは白いドレス姿、レイゼムは青いコートを纏った礼服姿で微笑を浮かべている。
私はシュラトを睨みつけた。
「おい、これは……!?」
しかし、シュラトは逆に睨み返してきた。眼光はあまりに鋭く、私は後ずさりしてしまう。
「俺はあんたが父にやったことを知っていた……。だがそれでも、契約違反をしたのは父の責任と、傭兵のプライドであんたに従ってきた。しかし、それも今日までだ」
「貴様……!」
「ああ、それと……俺が連れてきたのはあの二人だけではないぞ」
見ると、セルフィスとレイゼムはもう一人、誰かを連れている。
あれは――あれは……父上!?
我が父ウィルバートが、夜会にやってきている。スーツ姿で、元気そうに。
石化して、湖で沈んでいるはずの、父が……。
こ、これは悪夢だ。なにかの間違いだ……。




