第34話 湖底を駆ける
ミルフィが黒刃隊相手に時間を稼いでいる間に、湖に入る。
湖底はごつごつした岩肌だった。
私の格好で走るのは厳しいけど、急がなければならない。
「セルフィス、君の感覚はどうだ?」
「このまままっすぐ向かえば、公爵様のところに行けるはずです」
「よし、急ごう」
それにしても見事に湖が割れている。
左右に巨大な水槽ができたよう。
「魔法ってこんなこともできるんですね……」
「古い文献で、海を割ったという伝説の魔法使いがいたというのを見て、独自に開発してみたんだ。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったけどね」
湖底を走る。私もレイゼム様も足は速い。
このままいけば、石像と化している公爵様もすぐ見つけられるはず。
公爵様の石化を解いて、ウォーゲンの罪を暴露させれば、私の名誉も回復できる。
ところが、左右に割れた湖の左側がゴボゴボと音を立てる。
「……!?」
直後、とんでもないものが現れた。
巨大怪魚ネーヴィスが、割れた湖の中から私たちに襲いかかってきた。
グレーの体色で、大人十人分以上の体長を誇るその姿は伝説の怪魚そのもの。
メドゥーサといい、この王国にはこうした伝説がわんさか残っているのね。
「ネーヴィス……!」
レイゼム様が魔法を撃つ体勢になるが、私が止める。
「レイゼム様は湖を割ることだけを考えていてください」
私は牙をむいて襲い掛かってくるネーヴィスを、思い切り睨みつけた。
ネーヴィスの体が灰色になり始める。相手が生き物なら、私の眼は絶大な効力を発揮する。
「ギャッ……!?」
しかし、大きすぎて、人間のように一瞬で石化はできない。
体を石にされながらも、まだ動けるようだ。
ネーヴィスの牙が間近に迫る。
だが、ここでレイゼム様が軽く魔法を放ち、ネーヴィスを後退させた。
「お見事です」
「君こそね」
手前味噌になるけど、抜群のコンビネーションだった。
ネーヴィスの全身がついに石化した。
「ごめんなさいね。後で戻してあげるから」
私は石化したネーヴィスに謝った。
黒刃隊、怪魚ネーヴィス、二つの難所をくぐり抜け、あとは公爵様探しのみ。
これも一筋縄ではいかない。
なにしろモアナ湖は広い。石化された公爵様のありかを感じてはいるけど、だいたいの場所のみ。
色も灰色なので、遠目で見つけるということもできない。
しかし、ついに――
「あった! ……ありました!」
ウォーゲンの父上であるディロイアル公爵様――ウィルバート・ディロイアル様だ。
私が石化した時の姿のまま、多少水草がついているけど、傷はないようだ。
実際に触ってみると、生きておられることも分かる。
「ここで解除した方がよろしいですか?」
「いや、石化されている状態は最も安全な状態とも言える。周囲の安全を確保できるところまで、解除しない方がいいだろう」
「分かりました。公爵様、もうしばらくお待ちください」
聞こえているはずなので、私は公爵様に声をかけた。
「ディロイアル公は僕が運ぼう。魔法で運ぶ無礼、お許しください」
レイゼム様が力を込めると、ウィルバート様が浮き上がった。
しかし、急がねばならない。
湖のほとりでは、ミルフィが黒刃隊相手に奮戦してるはず。
厳しい戦いになっているはずだ。できればすぐにでも戻りたい。
そこで私は、先ほど石化したネーヴィスに声をかけた。
「ネーヴィス、石化から解いてあげるから、私たちを岸まで運んでくださらない?」
レイゼム様は目を丸くする。
「大丈夫なのかい?」
「分かりません。が、このまま走って戻るよりは早いはずです」
ネーヴィスの知能は高いと信じて、私はネーヴィスの石化を解いた。
すると――
「グオォォォン……」
鳴き声を上げ、ネーヴィスは私たちに頭を差し出した。
やはり大きいだけあって知能も高い。負けを認めてくれたようだ。
「さすがメドゥーサに認められた後継者。怪魚さえ手なずけてしまうとはね」
レイゼム様が笑う。
「ネーヴィス、岸まで急いで。妹が危ないの」
「グルルル……」
ネーヴィスはうなずくと、私とレイゼム様、そして石化されたウィルバート様を乗せて、すごいスピードで水上を泳いでくれた。
その速度はまさに風の如し。
行きは時間がかかったけど、帰りは瞬く間に着いてしまった。
ミルフィはどうなっただろう。
私はあの子の両手とお腹を石化したけど、それでも苦戦は免れないだろう。
どうか、無事でいて――!
私は祈るような気持ちで湖の岸に降り立った。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
黒刃隊の多くの面々が倒れており、リーダーのシュラトは剣を置いてあぐらをかいている。
そして、その前にミルフィが立っていた。
「無事だったのね、ミルフィ!」
「うん……。黒刃隊はなんとか倒したんだけど……」
「た、倒したの!?」
これには驚いてしまった。足止めが精一杯だと思っていた。すごすぎるわ、ミルフィ。
「でも、このシュラトさんって人が……」
いったい何があったのだろう。
すでにモアナ湖での脅威は去ったと見ていい。詳しく話を聞くことにした。




