第33話 ミルフィーネの挑戦 ~ミルフィーネ・ルトゥーラ視点~
二人が湖に駆けていく足音が聞こえる。
これでいい。あの二人なら、きっとディロイアル家の公爵様を見つけて、名誉を回復できるはず。
さて、目の前にはものすごく強い剣士がおよそ五十人。
……勝てる相手じゃない。
だけど、不思議と気は楽だった。
思えば、私はお姉様の役に立てたことがなかった。
幼い頃はお姉様をかばうためとはいえいびりを行い、しかも私の思惑は全てお姉様にバレていた。
学校時代はお姉様を助けるどころか、ゲイルたちに襲われそうなところをお姉様に助けてもらった。
お姉様がウォーゲンに嵌められて逮捕された時も、私にできることはなかった。
罪人の塔までお姉様を助けに行った時も、兵士たちを眠らせたのはレイゼム様で、私はただ場をかき乱しただけ。
……本当に役に立ってないなぁ。
それに、レイゼム様が「自分を石化の実験台にして欲しい」と言ったと聞いた時は本当に驚いた。
石化されて二度と戻らない可能性だってあるのに、レイゼム様はそれを申し出た。お姉様のために命を懸けてみせたのだ。
おかげでお姉様の石化能力は飛躍的な上達を見せた。今や石化と解除を自在にできるほどに。
だから分かった。
私では、大好きなお姉様の一番にはなれないと悟った。
だから、役に立ちたかった。役に立ちたくて、精一杯武術を稽古した。
それでもやっぱり、レイゼム様の魔法や、お姉様の石化に敵うようなものじゃない。
私にできることは、せめてムードメーカーとしてお茶会をしたり、お菓子を作ったり、二人の仲を盛り立てることぐらいだった。
それだって、二人からすればお邪魔虫だったかもしれない。
だけど、ようやく私が役に立てる時が来た。
お姉様がウォーゲンに立ち向かう最終局面――
レイゼム様とお姉様がディロイアル家の公爵様を見つけ出すことができれば、大きく勝ちに近づく。
今、二人を守れるのは私しかいない。
多分、私は死んじゃうけど……元気でね、お姉様。私のこと忘れちゃ嫌だよ。
私は敵を見据えた。
数は五十人。お姉様がいなくなったので、全員布を捨てている。
リーダー格の人はシュラトって人だっけ。そのシュラトが言う。
「お前は標的に入っていない。そこをどいてもらおう」
「嫌! 通りたかったら、私を倒すことね!」
私は拳を構える。
ドレス姿だけど、まあ動きやすいからさほど苦にはならない。
「……来なさい!」
私は大声を出した。自分を鼓舞するために。そうでもしないととても立ち向かえない。
シュラトはやれやれといった表情を見せた後、部下に命じる。
「……やれ」
兵士の一人が襲い掛かってきた。
――速い。
だけど、鎧をつけている分、私の方が速い。
鋭い剣をかわして、その顔面に全力の一撃を叩き込む。
「ぶっ!?」
え……!?
思った以上に効いた。
飛びかかった兵士の顔面がひしゃげ、そのまま背中からダウンしてしまった。
私の拳は狙いこそ的確だけど、一撃一撃の威力はそこまでじゃないはず。
なんで……?
さらにもう一人来たけど、こちらにも顎に一撃を浴びせて倒すことができた。
しかも、全然拳が痛くない。
どうして……?
ふと、手を見る。
「……!」
私の両手が石化している。それも私が自由に指を動かせるように手の甲部分だけ。
これならいくら殴っても大丈夫。
しかも、体内から力が湧き出してくる感覚がある。
これは、レイゼム様が魔法で私の力を底上げしてくれているのだろう。
二人は私に任せるだけじゃなく、きちんと置き土産をしてくれていた。
……二人ともありがとう。
さっきまでの私は捨て石になる覚悟だったけど、不思議なものね。
まるで負ける気がしなくなっちゃった。
(お姉様……)
私は石化した右拳にキスをする。
そして、前にいる兵士たちを見据える。
「ごめんなさいね。ええと、黒刃隊の皆さん。この戦い、悪いけどこれから先、あなたたちに見せ場はないわ」
自分でも驚くほど強気な言葉が出てしまった。
だけど、本当にこれぐらいの気持ちになっていた。
「ナメるな!」
今のが挑発になり、続々と黒刃隊の面々が斬りかかってくる。
だけど、レイゼム様のおかげで、私の方が速い。
この速さに、いくら殴っても平気な拳、さらに先生にも褒められた当て勘が加われば――
「ぐはぁっ!」
「がっ!?」
「ぐおおっ!」
相手が精鋭だろうと最強だろうとなんだろうと、どんどん倒すことができる。
また一人来た。
振り下ろされる袈裟斬りをかわし、攻撃しようとすると、両腕で顔面をカバーされた。
『たかが女の拳! 顔をカバーすれば効かん!』
という心の声が聞こえてくるよう。
……残念ね。
私は思い切り、この人の胸に拳を叩き込んだ。
「がっ……!?」
鎧にひびが入り、兵士は倒れてしまった。
もしこんなの生身の拳でやったら、一発で骨がいかれてしまうだろう。
お姉様の能力さまさまだわ。
だけど、ひとりひとりが本当に強い。
石化と魔法によるブーストがかかっているのに、全く油断できない。
一撃をかわすたび、一人倒すたび、私も体力をどんどん削られていく。
だけど、私にも意地がある。
ルトゥーラ家次女という意地、先生の弟子という意地、お姉様の妹という意地、今まで休まず稽古してきたという意地――とにかく色んな意地が!
下段蹴りで崩して、顔面に突きを叩き込む。
顎の先端をかすめるように当てる。
アッパーカットで顎を打ち上げる。
ひとりひとりに全力で!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
無我夢中だった。
私の奮戦に黒刃隊の人たちもたじろいでいる。
「なんて娘だ……!」
できれば退却して欲しいんだけど、そんな甘い相手じゃないよね。
死に物狂いで一人、また一人と倒していく。
私が圧倒しているように見えて、細いロープの上を全速力で駆けるような、紙一重の戦いだった。
そして――残りは一人になった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
私ももう限界だ。動きすぎて肺が焼けつくようになってる。
相手を見る。
耳にかかるほどの艶のある黒髪、切れ長の眼、私がこれだけ奮戦したのに動揺は全く見られない。
胸と脚部に黒い鎧をつけ、右手に握られた剣も明らかに業物だと分かる。
年は私より少し年上ぐらいでしょうに、多くの修羅場をくぐってきたのだろう。
仮に私が万全だったとしても厳しい相手――こんな人と戦わなきゃならないなんて。
でも、私は諦めない。
生きてお姉様に「勝ったよ!」と言ってみせる。
お姉様に「よくやったわ」と褒められてみせる。
生き残って、お姉様とレイゼム様の幸せな姿を拝んでみせる。
二人の結婚式にだって、絶対出席してやるんだから。
「お初にお目にかかる。黒刃隊隊長、シュラト・ステイクだ」
「こちらこそ……ミルフィーネ・ルトゥーラと申します」
丁寧に挨拶されて、私も思わず丁寧に返してしまう。
「年は?」
「十五歳、よ」
「なるほど、驚くべき才能だ。もちろん、お前の努力があってこそなのだろうがな」
無口そうな顔つきとは裏腹に、やけに多弁だ。
おかげで少し息を整えることができた。
ひょっとして体力回復のチャンスをくれたのかな、なんて考えてしまう。
シュラトが剣を正眼に構える。美しさすら感じる立ち姿だった。
「俺はお前を殺したら、お前の姉セルフィスと公爵令息レイゼムを全速力で殺しに行く。石化対策はしてあるし、湖を割るほどの力を使ったレイゼムは容易く殺せるだろう。つまり、この戦いには三人分の命が懸かっている。そのつもりでかかってくるがいい」
私が負けたら、あの二人は殺される。
わざわざ教えてくれてありがとう。
限界近かった私の体に新たな力が宿る。
「行くぞ」
シュラトが出た。力強く、無駄のない踏み込み。
鎧をつけているのに、私よりも速い。
上段からの斬りつけを、私はどうにかかわし、拳で顔面を狙うけど、これは剣で防がれる。名剣らしく、鎧と違い私の拳じゃ壊せそうにない。
今度は剣を横に薙いできた。ギリギリでかわす。いや、かわせてない。肩に傷を負った。
私も連続で突きを繰り出すけど、悠々と見切られる。
ついに呼吸に限界が来て、私は足を止めてしまう。
「ここまでだな」
シュラトが剣で突きを放ってきた。狙いはまっすぐ腹部。
速い、かわせない――!
「む……!?」
剣は私の胴体を貫……かなかった。
私のお腹が刃の切っ先を止めていた。
(お姉様……私のお腹部分も石化していたのね!)
お姉様はいつだって私を助けてくれる。
お姉様が作ってくれたこの千載一遇のチャンス、絶対無駄にはしない。
「うああああっ!!!」
私は渾身の右拳を、シュラトの顔面に叩き込んだ。
手応えあった。しかも、私の拳は石と化している。耐えられるはずがない。
はずがない……のに。
「……!」
シュラトは立っていた。唇から血を流してはいるけど、顔立ちは至って平然としている。
私は今の突きに全てを込めた。
もう何も残ってはいない。すっからかんだ。
意識が薄れるほどなのに……でも、でも。最後まで……!
最後まで足掻く……!
その時だった。
「俺の負けだ」
シュラトは自らの剣を地面に落とした。
「へ……?」
「俺は金のためならなんでもやる傭兵稼業をしている。とはいえ、稼業に誇りは持っているし、ステイク家の人間として品性も持っていたいと思っている」
どうしたんだろう、いきなり。
「命令とはいえ、十五の女子に五十人でかかり、挙げ句殺すつもりで放った一撃は防がれ、こうしてクリーンヒットまで浴びせられた。これ以上の恥をかくことはできない」
シュラトは地面に膝をついた。
「俺にこれ以上の交戦はできない。ミルフィーネ・ルトゥーラ、あなたの勝ちだ。どうかあなたの手でトドメを刺して欲しい」
「ええっ!?」
いきなりこんなこと言われても困ってしまう。“あなた”呼ばわりになってるし。
「いえ、私はそんな。トドメを刺すなんて……」
「では自ら、幕を下ろそう」
シュラトは剣を拾って、自分の首筋を斬ろうとする。
行動が早い。
この人の辞書には『躊躇』ってものがないの!?
「ちょ、ちょっと待って!」
「……?」
本気できょとんとしている。
どれだけ覚悟決めてるのよ、この人。
とにかく目の前で自害されるのなんて見たくない。止めないと。
「ええっと……あなたの言ってることは分かったけど、この状況で死のうとするのはある意味逃げだと思うの。だから、お姉様たちが帰ってきたら、きちんと裁いてもらうというのはどう?」
「……それもそうだ。分かった。しばし、この命はあなたに預けよう。ただし殺したくなったらそうしてくれ」
「そんなことしないって!」
私はどうにか黒刃隊に勝つことができた。
勝つというか、勝たせてもらえたぐらいの感覚だけど。
察するに、彼らのモチベーションもだいぶ低かったみたいだし。
それにしても、神妙な顔つきのこの人とずっと一緒にいるのキツイなぁ。
お姉様、レイゼム様、早く帰ってきて~!




