第31話 公爵の“石像”のありか
メドゥーサの夢を見て数日後の昼下がり、レイゼム様が別邸にやってきた。
私はミルフィとともに出迎える。
「いらっしゃいませ」
「やぁ、セルフィス」
「こんにちは!」
「相変わらず元気だね、ミルフィーネ」
挨拶もそこそこに、私たちはリビングのソファに座る。
「あまりいいお話ではないようですね」
あえて私から切り出す。
「……! よく分かったね」
「なんとなくですけど、レイゼム様のお顔や仕草を見ていたら、分かってしまいました」
「お姉様すごーい!」
横に座るミルフィがパチパチと手を叩く。
「よく見てもらえて嬉しいような、自分の気持ちを隠せていないことを恥じるような、そんな気分だよ」
「恥じないでください。私はレイゼム様のご様子を当てられて嬉しかったんですから」
「う、うん。そうさせてもらうよ」
「それより、お話を聞かせてもらえますか?」
レイゼム様はうなずくと、真剣な面持ちになる。
「知っての通り、エデルワイト家は“影”――いわゆる工作員をディロイアル家領に放ち、君が石化してしまった公爵を探した」
もし公爵様が見つかり、私が石化を解除できれば、ウォーゲンとマリンダの罪を暴くことができ、私の名誉回復も大きく前進する。
「だが、今のところ見つかっていない」
「……」
予想できた返答なので、さほどショックはない。
「そうなると、どこにあるのかが気になりますね」
隣に座るミルフィが焦る。
「もし、埋められちゃってたりしたら、どうしようもないんじゃ……」
「その可能性はもちろん考慮している。影たちもウォーゲンらは公爵をどこかに埋めたのでは、と考えたが、それらしい情報は確認できなかった」
「……」
「それに、ウォーゲンたちの気持ちになって考えると、石化した父親をどこかに埋めるだろうか? もし僕だったら誰かに掘り返されるんじゃとか気が気でない気がする。ウォーゲンとて、ディロイアル家の全てを掌握したわけではないだろうしね」
「私もそう思います」
ウォーゲンは私を罪人の塔に送り込んだ後は、自分の権力を盤石にするために、領地経営に集中していたはずだ。
数多くの有力者を押さえつけねばならず、私を利用して公爵様を石化するよりも困難な作業ともいえる。
「うーん……じゃあお屋敷の地下室みたいなところに隠してる?」
「それも考えにくい。もし公爵が石化から復活したら終わりだからね」
石化された公爵様について、ディロイアル家の領地にそれらしい手掛かりはない。
どこかに埋められた可能性は低い。
屋敷にある可能性も低い。
じゃあ、どこに……?
「もちろん、こうと思い込むことは危険だ。影たちには引き続き調査をさせる。どうか諦めないで欲しい」
「はい」
毅然と返事しつつ、私の中に不安が生まれていた。
石化されたディロイアル公爵様を探し出す。雲をつかむような話だ。
望みは薄いと言わざるを得ない。
それに、できればこの件は、やはりあまりエデルワイト家の力に頼らずに解決したかった。
この最重要局面でなにもできない自分がもどかしい。
せっかく、石化能力をここまで使いこなせるようになったのに。
……ふと、私の中である閃きが生じた。
夢で会った時、メドゥーサ――ご先祖様はこう言っていた。
『私の力による石化は、やはり普通の石とは違う。何百年と経つうち、さすがに朽ちて、土に還っているはずだ。私にはなんとなく感覚で分かるのでな』
感覚で分かる……。
ご先祖様から太鼓判を押してもらったのだから、私はもうあの人ほど石化を使いこなせているはず。
だったら――
「試したいことがあるのですが」
「なんだい?」
「私が……公爵様の居場所を探し出してみせます」
「……!」
ご先祖様からも認められた今の私ならできるかもしれない。
「お姉様、そんなことできるの?」
「分からないわ。だけど、試してみて損はないと思うの」
レイゼム様がうなずく。
「その通り。魔法においても“できない”と決めつけることは禁忌だ。とにかく試してみないと始まらない。セルフィス、やってみて欲しい」
「はい」
私は全神経を集中させる。
……何も感じられない。
レイゼム様とミルフィはじっと私を見ている。
「時間がかかりそうだから、くつろいでていいですよ」
「え、でも……」とミルフィ。
すると、レイゼム様がミルフィに笑いかける。
「セルフィスは集中したいんだろう。僕たちはくつろいでいよう」
「……はい!」
レイゼム様の心遣いがありがたかった。
二人にはくつろいでもらっていた方が、こちらとしてもゆっくり集中することができる。
私はさらに意識を集中させる。
そう、自分が石かなにかになったかのように――
目の前に“自分”という暗い海が広がっている。
その中に、私は着の身着のままで飛び込む。
何も見えない。けど、どんどん潜っていく。
もっと深く、もっと深く、もっと深く……。
どれだけ時間が経っただろうか。
私は暗闇の底をさまよっていた。
自分がどこにいるかも分からない。でも歩かねばならない。
使命感だけをモチベーションに、私は闇より暗い空間を歩き続けた。
……光?
光が見えた。
あっちになにかがある。行ってみよう。
私は細心の注意を払いながら、光に向かって歩いていく。
慌てて駆け寄ると、おそらく見失ってしまう。
ピンセットを使って、コインを一枚ずつ積み重ねていくように……。
そろり、そろりと……。
そして、ようやく私は光を掴める距離まで来た。
ここまできたら、あと一息だ。
「これだ――!」
……私の感覚がとらえた。
私は集中を解除し、レイゼム様とミルフィを見る。
二人は駒を動かし合うボードゲーム『クリク』をやっていた。
盤面を見ると、かなり進んでいる。相当時間が経っていたようだ。だけど、おかげで重要な情報を手にすることができた。
「お姉様!」
「セルフィス……終わったのかい?」
私はうなずく。
「公爵様の居所が……おそらく分かりました」
“おそらく”とは言ったけど、私は確信している。
「どのあたりだい?」
レイゼム様の質問に、私は答える。
「北西……です。北西の方向……遠いですが、王国内……。暗い、どこかの底……」
掴んだ感覚を装飾したりせず、そのまま述べる。
レイゼム様はすぐに地図を用意し、テーブルの上で開いた。
「北西……暗い、底……」
レイゼム様が目を見開く。
「ここだ! ……モアナ湖!」
モアナ湖。王国内で最も大きな湖。
「なるほど、ここはディロイアル領からも近く、しかも湖に沈めてしまえば、もし公爵の石化が解けたとしても、その瞬間に溺れて死んでしまうことになる」
もし私が死んで、死んだことで石化が解けたとしても、安心というわけか。
実際には私が死んでも石化は解けないのだけど。
「その上ここには怪魚“ネーヴィス”がいる」
「ネーヴィス……」
「年齢数百歳とも言われる竜と見紛う巨大魚。あまりに獰猛で、人にも襲いかかることで知られている。この魚がいるから湖にほとんど人は寄りつかないし、公爵を呑んでもらえる可能性さえある」
そこまで考えて、ウォーゲンは湖に自分の父親を捨てたということか。
その冷酷さを恐ろしく感じる。
「私たち、どうしたらいいんでしょう?」
ミルフィが問う。
「行くしかないだろうね。実は影によると、ウォーゲンはいよいよ公爵の位を継ぐ儀式をすることになっている。領内での地盤固めが済んだと見ていいだろう」
「……!」
「一度公爵の座についてしまえば、その権威は絶大になる。たとえウォーゲンの父上を救出できたとしても、情勢をひっくり返すことは難しくなる。もう時間は残されていない」
「分かりました。明日にでも向かいましょう」
「できればガルドたちに護衛を頼みたいが……実は別件で父上たちが大事な会見があるんだ。彼らはそちらの護衛に回ってもらいたい。それに……」
「ええ、分かっています。私はまだ罪人です。もし、エデルワイト家が私に協力したという話になってしまえば、そちらにもご迷惑がかかってしまう。それは私が望むところではありません。護衛とはいえ部隊を率いて移動するのも、他の領を刺激しかねませんし」
「すまない、セルフィス」
すると、ミルフィが手を挙げた。
「私も行く!」
「ミルフィ……」
「私も強くなったし、女の子一人連れて行ったって、誰かを刺激することはないと思うわ!」
「うん、分かった。一緒に行きましょう」
私たちはモアナ湖に向かうことにした。
公爵様の救出。一筋縄ではいかない予感はしたけど、恐ろしさはなかった。
だって私にはレイゼム様とミルフィ。こんなにも頼もしい二人がついているんだから。




