第30話 元婚約者、気づく ~ウォーゲン・ディロイアル視点~
私が婚約者セルフィス・ルトゥーラを罠に嵌め、父を排除し、あの女を罪人の塔送りにしてから全てが順調だった。
父に従っていた旧態依然とした連中は全員追放か降格処分にし、ディロイアル家という組織を私のものに作り変えた。
領地をモダン化する計画も着々と進んでいる。
近いうち工事が始まり、我が領地は遅くとも数年後には、見違えるように最先端な街へ変貌を遂げていることだろう。そして、私はさらなる栄光を掴むこととなるだろう。
セルフィスはなかなか聡明な女だったが、新たな婚約者マリンダ・アミーラもセルフィスに匹敵する能力を持っており、片腕として十分役に立つ。
そしてなにより私と気が合う。
なにしろ他人を嵌めるということにまるで躊躇がない。敵に回すと厄介だが、味方に、まして恋人にしてしまえばこれほど頼もしい存在もない。
私は他人を罪悪感なく出し抜くことができるのも一種の才能だと思っている。
皿に残った最後のビスケットを遠慮なく取る。
荷物運びを頼まれたら、他人に途中まで荷物を運ばせ、自分はわずかな距離だけ運んで荷物の主から感謝される。
かけっこをする際は、相手の靴の裏に油でも塗って滑りやすくしておく。
こういったことをためらいなくやれる人間が、社交界ではのし上がることができる。
私はそうであり、マリンダもまたそうだった。
だから、私は公爵家の当主となれるし、マリンダもその妻となれる。
一方、セルフィスはそういうことはできない女だ。ビスケットは他人に譲り、荷物運びは律儀に自分で運び、かけっこは正々堂々勝負する。
だから負けた。だから罪人の塔に入るはめになった。
美しく聡明ではあったが、所詮貴族令嬢の器ではなかった。
あの女は罪人の塔で、みすぼらしい格好をして、みすぼらしい生活をして、みすぼらしく死んでいくのだろう。
想像すると、哀れではあるが、それ以上に愉快でたまらない。
たとえ石化能力があろうと、あの塔から脱出することは不可能だ。あの女が牢獄の中でみじめに野垂れ死にする光景を想像し、肴にしつつ、私は邸宅のリビングでマリンダとワインを楽しむ。
「さ、今宵も楽しいひと時を過ごそうじゃないか……マリンダ」
「ええ、ウォーゲン様……」
父が健在だった時はめったに味わえなかった、最高級ワインを味わう。
「父は“ワインは少しずつ愛でるもの”などと言っていたが、所詮ワインなど消耗品だ。飲みたい時に好きなだけ飲めばいいのさ」
「私もその意見に賛成だわ」
「愛しているよ、マリンダ……」
「私もよ、ウォーゲン様……」
私はマリンダを抱き寄せ、マリンダもためらいなく体を寄せてくる。
なにもかもが上手くいっている。
マリンダの赤い髪が、私の情欲をかき立て、より燃え上がらせてくれる。
この日、私たちは激しく求め合った。理性のない獣のように。
***
しかしそんなある日、リビングでくつろいでいると、部下から気になる情報が入ってきた。
「……なんだと!? 罪人の塔からセルフィスが脱け出した!?」
「はい……。しかも、手引きしたのはエデルワイト家の長子レイゼムとか」
「レイゼムぅ……?」
レイゼム・エデルワイトは私と同じく公爵家嫡子。
魔法の才能があり、魔法使いになったと聞いている。
なぜ、奴がセルフィスを助ける……?
私のように政敵を石化させたいのだろうか。いや、奴がそんな野心家だとは聞いたことがないし、実際会った時もそんな感じはしなかった。
社交や出世に興味はなく、ただ純粋に魔法を極めたいという人間だった。敵対すれば処理に苦労するだろうが、関わらなければどうということもないという印象だった。
だとすると、セルフィスの石化能力に興味を持ち、研究対象にすべく助け出したのだろうか?
そのセンが濃厚だろう。でなければ公爵家の男が、わざわざ罪人を助け出す合理的理由などないからな。
しかし、セルフィスが私からの仕打ちを奴に話したとしたら話は変わってくる。
レイゼムもあの女に同情し、石化された我が父を助け出そうなんて動き出すかもしれん。
面倒なことになった……。
しかし、エデルワイト家も、確たる証拠もなくウチと対立するような真似はすまい。
ようするに、石化された父上のありかが割れなければなんの問題もない。
石化した父は、奴らに分かるはずもない場所にある。
だが念のため、保険をかけておくか……。
私はシュラトを呼び出した。
「お呼びでしょうか」
シュラトは黒髪黒目、鋭い眼光を持つ剣士である。
傭兵稼業を生業とするステイク男爵家の令息で、今は実質的な当主を務めている。
シュラト率いる“黒刃隊”は、その名を聞くだけで震えを起こす人間がいるほどの勇猛な剣士部隊だ。
しかし、今は私の私兵のような立場になっている。それはなぜか。
シュラトの父はある富豪から受けた依頼で、重大な契約不履行を起こした。
おかげでステイク家は傭兵としての信頼を失い、さらには違約金で莫大な借金を背負うはめになってしまった。
そこでその肩代わりを買って出たのが、この私だ。
シュラトはその恩に報いるため、父の恥をそそぐため、この私の私兵となってくれているというわけだ。
……もっとも、その契約不履行は私が“そうなるように”仕組んだものなのだがね。ようは自作自演だ。
おかげで私は王国最強とも言われる部隊を、顎で使える立場になれた。
黒刃隊の機動性、隠密性は素晴らしく、奴らを配下にしているだけで、大抵の貴族はペコペコするようになってしまう。
ま、ようするにシュラトもセルフィスと同様、利用されるだけの間抜けだったということだ。せいぜいこき使ってやるさ。
私はセルフィスやレイゼムのことを説明し、命じる。
「例の場所に待機してくれ。もしレイゼムやセルフィスが現れたら、殺せ」
「よろしいのですか?」
「ああ」
そこへマリンダがやってきた。グッドタイミングだ。
「ウォーゲン様、聞いた? セルフィスが罪人の塔から脱獄したって」
私はうなずく。
「ちょうど今、シュラトにセルフィスの始末を命じたところだ。あの場所に現れたら殺せってね」
「あらそうなの。さすがウォーゲン様、素晴らしいご判断ですわ」
マリンダは私の機嫌を取るのも上手い。最高のパートナーだ。
「だけど、どうせだったらセルフィスの首を取ってきてもらいたいわね」
「首を? なぜ?」
首を取る。なかなか思い切ったことを言うので、私も首を傾げる。
「セルフィスの首に加工を施してメドゥーサを思わせる化け物みたいにするのよ。そうしたら、化け物の首を取ったってあなたは一躍英雄になれるわよ」
「ほう……」
「首を見せしめにして、セルフィスは正真正銘の化け物だったって喧伝すれば、ルトゥーラ家を連座で根こそぎ処刑まで持っていくことも可能かもしれないしね。そうすれば、あの家の領地と財産は私たちのもの。どうせだったらセルフィスと、妹の……ミルフィーネだったかしら、の首は並べて晒してあげたいわねえ」
マリンダめ、恐ろしいことを考える。セルフィスの首を晒すなど、私でも思いつかなかったことだ。この美しい赤髪と真紅の瞳にどれだけの悪意を潜ませているのやら。
だが、これでこそ私の妻になるに相応しいともいえる。
「お前は恐ろしい女だな。セルフィスに恨みでもあるのか?」
「あの女には、幾度も恥をかかされて、楽しい学校生活を散々台無しにされたからね。罪人の塔送りぐらいじゃ生温いと思っていたのよ」
「そうだな。塔で野垂れ死にさせるなんて画策した私が甘かったようだ。よし、もしセルフィスが父上のありかに気づくようなら殺して、首は見せしめにしてやろう。シュラト、頼んだぞ」
「分かりました」
シュラトが出ていく。今の我々の話を聞いていても眉一つ動かすことはなかった。
まったく頼もしい手駒を手に入れることができた。
私とマリンダはそのまま見つめ合い、ソファになだれ込むように寝転がる。
ベッドまで行くなんてまどろっこしい。今から私たちはただの二頭の獣になる。
「今夜は激しくするぞ」
「ええ……お願い」
厄介なことが起きて、その解決の目処が立った時の夜の営みはまた格別だ……。




