第29話 石化して愛をささやく
翌日、別邸の訓練用の一室にて、私はレイゼム様に、夢の中でメドゥーサと会ったことを話した。
レイゼム様は私の話をなんの疑いもなく受け入れてくれた。
「つまり君はもう石化を完全に使いこなせている」
「おそらく、そうでしょうね」
しかし、今の自分が限界だという気はしない。まだ伸びしろはあるという感覚もある。
ここからは私自身で石化能力を極めていかねばならない。
ふと、私はレイゼム様に尋ねてみた。
「せっかく石化を使いこなせるようになったんです。なにかやってみたいことってあります?」
「うーん、じゃあ……」
レイゼム様は少し考える。
「できれば引かないで欲しいんだけど」
「……? はい」
「僕を石化して、耳元で『ずっとこのままにしてあげましょうか』なんてささやいてくれないかな」
あまりに予想外な答えに、私はきょとんとする。
「いやっ、やっぱりいいんだ! 変なこと言っちゃったね!」
発言を取り消そうとするレイゼム様に、私は首を横に振る。
「いえ、かまいませんよ。やってあげます」
そう言うと、私は両目に力を込めてレイゼム様を石化した。
今やほとんど髪が逆立つこともなくなった。
石になり、立ち尽くしているレイゼム様に、近づく。
レイゼム様はぼんやりとだけど意識はあるはずだ。
そんな耳元に――
「石になってしまいましたね。こうなってしまっては、公爵家期待の後継ぎだろうと、天才的な魔法使いだろうと、手も足も出ませんね。いかがです? 今のお気分は……」
さらに――
「ずっとこのままにしてあげましょうか。怖いでしょう? 恐ろしいでしょう? 自分で命を絶つこともできず、あなたはずっとそのまま……」
私はくすくすと笑う。
「ですが、仕方ありませんよね。だって、あなたが望んだんですから。誓約書もあるから、私が罪に問われることもない。永遠にさようなら、レイゼム様……」
直近でご先祖様であるメドゥーサに会ったこともあってか、ずいぶん悪ノリしてしまった。内心でやりすぎたかなと反省する。
石化を解除する。
「……いかがでした?」
レイゼム様はしばらく黙っていたけど、感想を口にする。
「とてもよかった……です」
「なんで敬語なんですか!」
「いやー、なんというか本物のメドゥーサに石化されてしまったような感覚だったよ。ゾクゾクした」
「ありがとうございます」
私も悪ノリしすぎたけど、好評でよかった。胸をなで下ろす。
「じゃあ今度は、私からやりたいことをやってみてもいいですか?」
「もちろんいいとも」
「では石化しますね」
「うん」
再びレイゼム様を石化する。
さて、改めて石化されたレイゼム様を眺める。
全身石になっているけど、その金髪は柔らかさを保っていると錯覚させるほど滑らか、アイーダ様譲りの顔立ちは美しく、ロスダム様由来の威厳と凛々しさも備えている。
背は高く、すらりとした体型で、愛用のコートがよく似合う。このまま石像になったままでも惹きつけられてしまう。
見れば見るほど、公爵家の後継ぎに相応しい若者だ。
だけど、レイゼム様の真の魅力はその精神性にある。高潔で、ユーモラスで、市民からも愛され、いざという時に損を取ってしまう貴族らしからぬ性格を持っている。
こんな人に片想いされていたことを嬉しく、そして誇りに思う。
だから、石化を使いこなせるようになった今こそ、伝えたいことがある。
「レイゼム様、普段は言えないようなことでも、こうして石と化しているあなたになら言えそうな気がします」
私はレイゼム様と出会った頃を振り返る。
「前にも言いましたが、最初の頃はあなたのことが怖かった。なんでこの人は私なんかにここまでしてくれるんだろうとずっと思ってました。あなたは私を兵器みたいに利用するつもりなんだろうと考えていました」
私は続ける。
「だけど、あの月が綺麗な夜、あなたの想いを知って本当に嬉しかった。自分の気持ちが分からないなんて答えましたけど、その日のうちにはあなたの夢に見るほどに」
レイゼム様を見据えながら、ゆっくりと喋る。
「それからの日々は本当に楽しかったです。一緒に街を歩いて、ミルフィの稽古を見て、二人で瞑想して、ついには一緒に悪い連中を退治して……。だからこそ、私は必ずウォーゲンたちと決着をつけます。あなたの想いに応えるために」
私はレイゼム様に近づく。
「ホント、このままずっと眺めていたいぐらい。さっきの『ずっとこのままにしてあげましょうか』というのは実は本音だったりするんです。あなたを部屋に飾って独り占めしたい欲求に駆られることもある」
でも――
「でも、私はやっぱり動いて、喋っているあなたの方が好き。だから、戻しますね。ちょっと変わった方法で……」
私は自分の唇を、そっとレイゼム様の頬に近づけ、かすかに触れる。その瞬間、石化を解除した。
「……いかがでした?」
レイゼム様はしばらく目を閉じていたけど、ぽつりとささやく。
「すごくよかった……」
恍惚な表情をなさっている。
「今、この国――いや、この世界で一番幸せなのは僕なのだと断言できる」
「レイゼム様……」
こうまで言ってもらえると、私の体温も上昇する。
石化能力での余興であるはずが、私たちはさらに関係を深め合ってしまった。
私とレイゼム様は見つめ合う。
心臓が高鳴る。もう今この場で、この人にとことん我が身を委ねたい――そんな欲求に駆られる。とても理性では逆らえそうにない。
おそらく、レイゼム様も同じ気持ちだと分かる。
まだ、それは許されないと分かっているのに――
「二人とも、おやつ持ってきたよ。少しは休憩したら?」
ミルフィがお皿に載ったビスケットを持ってやってきた。
見つめ合っている私たちを見て――
「……! もしかして、お邪魔しちゃった? ――ごめんなさい!」
「ううん、そんなことないわ」
私もレイゼム様もどこか安堵したような表情をする。
なぜなら、今ミルフィが現れなければ、私たちの関係があまりにも進んでしまいそうな気がしたから。
まだ私たちはそういう関係であるべきではない。一線を越えてはならない。お邪魔どころか、ミルフィのファインプレーだった。
気を取り直して、レイゼム様がミルフィに、今私たちがやっていたことを説明する。
「えー、面白そう。私にもやってよ!」
「ミルフィにも?」
「うん、石になった私に語りかけてみて!」
「分かったわ」
今度はミルフィを石化する。
ミルフィは石になってもとても可愛らしい。背は低く、肩まで伸びたふわりとした銀髪は、石になった今もふわふわしてそう。
さて、姉として語りかけてあげよう。
「……ミルフィ、あなたにもお世話になりっぱなしだったわね。私が石化の力に目覚めた時は私を守るためにいびってくれて、学校に入ったら私のために男の子と交際しようとして、罪人の塔まで来てくれた時には本当に嬉しかった。あの時はあなたにも心無い言葉を叩きつけてしまってごめんなさい。私はもう二度と『自分はこの世にいてはならない』なんて言わないわ」
ミルフィを見据える。
「石化の力を持ったことは辛かったけど、それでも生きてこられたのは間違いなくあなたのおかげ。あなたという妹がいたから、今私はこうしてここにいる」
私は目を細める。
「そして今、あなたは本当に逞しくなった。この間のガルドさんとの試合なんて惚れ惚れしちゃったもの。あなたは私の自慢の妹よ。今にきっと私をも凌ぐ貴族令嬢になれる」
そして、石化しているミルフィに近づく。
「大好きよ、ミルフィ……」
ミルフィを抱き締める。
自然と出た行為だった。
自慢のミルフィをぎゅっと抱き締めてあげたかった。
それから解除をする。
すると、ミルフィは――
「お、お姉様ぁ……」
とろんとした顔になっている。以前酔っ払った時よりも表情が崩れている。
「えっ!?」
私はギョッとした。
「ありがとぉ……私もお姉様のこと、だいしゅきぃ……」
「だいしゅきぃ……って」
私は唖然としてしまう。
レイゼム様が私に言う。
「石化してもらった状態で抱き締めてもらうというのもいいね。セルフィス、僕にもやってくれないか?」
「レイゼム様、ずるい! お姉様、もう一度石化して!」
揃って石化を要求してくる二人に私は呆れた。右手で頭を押さえてしまう。
「レイゼム様も、ミルフィも、いい加減にして」
揃って「はい……」と答えた。息ピッタリだわ。
レイゼム様が真面目な顔に戻って場を仕切り直す。
「さてと、ミルフィーネがお菓子を持ってきてくれたことだし、三人でお茶にしないか?」
「そうですね」
「じゃあ、私お茶を淹れるね!」
三人で仲良く飲む紅茶は美味しかった。
石化能力を使いこなせるようになり、レイゼム様とはまた少し関係が進み、ミルフィもますます可愛くなって、全てが順調だ。毎日が楽しい。
だけど、私にはやらなければならないことが残っている。
少しずつ、だけど確実に、私を嵌めたウォーゲンとの対決の日は近づいていた。




