第28話 セルフィスとメドゥーサ
銀色の細長い蛇の髪を持ち、碧眼に白い肌、ノースリーブの白いワンピースを着ている。
そして、顔立ちは私に驚くほどよく似ていた。
「メドゥーサ……?」
私が問いかけると、メドゥーサが答える。
「うむ、私はメドゥーサだ」
意外にも、透き通るような声だった。だけど確かな威厳も感じられる。
ただし、緊張するようなことはなかった。驚きや恐れはなく、平常心でいることができた。
「ここがどこだかお前には分かるだろう」
「はい、私の夢の中ですよね」
「そうだ。しかし、私のことは本物のメドゥーサと思ってもらいたい。私はとうに死んでいるが、こうして現れることができた」
突拍子もない話だけど、私は全てを受け入れることができた。
「どうして現れてくださったのでしょうか」
「お前が私に追いついたということだ」
「私が? あなたに?」
「今のお前は私ほど石化を扱えている。だから精神の波長が合い、こうして夢にやってくることができた」
「……!」
ついに、私の石化能力はその段階まで達したということか。
メドゥーサは微笑を浮かべる。とても美しい。
「そのことを、とても嬉しく思う」
「私も……誇りに思っています」
「誇りに思ってくれるか」
私はうなずく。
「はい。最初はこの能力を呪われた力のように認識していましたが、今では人の役に立つこともできて、この力を手に入れてよかったと思っています」
「そうか……ありがとう」
安堵するメドゥーサを見ると、私もホッとしてしまう。
今度は私から切り出してみる。
「あなたは魔物メドゥーサとして、悪者を退治していたんですよね」
「そうだ。当時数多くはびこっていた野盗や、汚職する役人、人民を脅かす悪しき剣士や魔法使い……次々石にしてやった」
「だけど、石化を解除したこともあったんですよね?」
「うむ、あくまで私の基準ではあるが、もう十分石化をしたと判断すれば、解除していた」
こうしたメドゥーサの活動は民衆からの支持も集めたと言われている。
だけど――
「その後、あなたは討伐されたと聞いています」
「そうだ。時の権力者たちは私を恐れ、大量の兵を送り込み、私は首を斬られ、討伐された」
メドゥーサは自身の首を指差しながら言った。
「そのことについてどう思っています?」
「もちろん恨みもあった。私は正しいことをしてきたのになぜ……と。しかし、今となっては奴らの気持ちも分かる。人間の世で人間を裁くべきはやはり同じ人間だからだ。私は出しゃばりすぎていた」
「……」
当時のメドゥーサを思うと胸が痛くなる。
人でない者として、人のために生き、人のために石化し、人によって討たれた。
一方で権力者たちの気持ちも分かる。おそらく当時からすでに法はあったろうに、それに基づかず、魔物が私刑として勝手に悪人たちを石化してしまう。いずれは自分も標的になるかもしれない。支配階級にとってこれほど恐ろしい存在はないだろう。
どちらの気持ちも分かる。曖昧で卑怯な言い分かもしれないけど、私はこう思った。
そして、率直に告げた。
「あなたのお気持ち、当時の権力者たちの気持ち。両方とも分かります。ですが、私はあなたは正しいことをしてきたと信じていますし、その意志を受け継ぎたいと思っています」
「そう言ってもらえると私の心も安らぐ」
メドゥーサは温和な笑みを浮かべる。
「ところで、あなたが石化した人の中には、当然解除されていない人もいますよね」
「ああ、私が死んでも石化が解除されることはない。お前も十分気を付けることだ」
これは知らなかった。というか確かめようがなかった。
今石化されているのはウォーゲンのお父上ただ一人。もし私が死んだら、ずっと石化したままということか。気をつけないと……。うかつに死ぬこともできない。
「あなたに石化された人は今も残っているのでしょうか」
メドゥーサは首を横に振った。
「私の力による石化は、やはり普通の石とは違う。何百年と経つうち、さすがに朽ちて、土に還っているはずだ。私にはなんとなく感覚で分かるのでな」
これで、あちこちから謎の石像が発見されたなんてことが起こらない理由も分かった。
メドゥーサが生きていた時代に石化され、彼女に解除されることのなかった悪人は、もうどこかで朽ちているのだろう。
そしてその魂は、きっとあの世と呼ばれる場所に向かうのだろう。
「しばらくは会話ができるだろう。なにか聞きたいことはあるか?」
こう問われたので、私は遠慮なく聞くことにした。
「メドゥーサ、あなたは子を産み、その子がルトゥーラ家の礎を築いていったんですよね」
「その通りだ」
「あなたの相手は……どんな人だったんです?」
非常にデリケートなことだったが、聞かずにはいられなかった。
ルトゥーラ家の始祖、もう片方はいったいどんな人だったのか。
「てっきり石化能力について質問されると思ったが、そうきたか」
メドゥーサがふふっと苦笑いする。
「なにしろ、恋愛に敏感なお年頃なものでして……」
私もついこんな言い回しをしてしまう。ミルフィの影響かもしれない。
メドゥーサは少し考えていたけど、答えてくれた。
「強く、優しい人だったよ」
「優しい人……」
「腕の立つ剣士でな。私が魔物ということで討伐に来たらしいのだが、『あなたを見て気が変わった』などと言い、剣を自ら捨ててしまった」
「まあ……」
思いのほか情熱的な話に、私も胸が熱くなる。
「少しの間、私のねぐらである小屋で二人で過ごした……。やがて男は旅立ってしまった。そして、私の中に新しい命が宿っていると知ったのはしばらく後のことだった」
人間と魔物とはいえ、二人は男女として交わった。
メドゥーサも、相手の男性も、まさか子供ができるとは思ってなかったんだろう。
「男の子を出産し、しばらくは私が育てていたが、まもなく権力者から命を狙われるきな臭い情勢になってな。私を支持してくれている民衆に我が子を預け、それからまもなく――私は討たれた」
そういうことだったのか。
その後、その子はルトゥーラ家の元となる一大勢力を形成していくこととなる。
支持者を集めるため謳っていたであろう「メドゥーサの子孫」という旗印は、いつしか単なる言い伝えになり、家名に箔をつけるためのキャッチフレーズのようになっていった。
そして、年月が流れ……メドゥーサの能力を受け継いだ私が生まれる。
「ひとつだけ、はっきりさせておこう」
「なんです?」
「お前は今や私と同等の石化能力を有するが、お前の肉体には魔物の要素は一切ない。魔物の要素があったのは最初の我が子だけ。以降の子孫は皆、肉体的には完全な人間だ。能力が受け継がれたのは遺伝によるものだろうが、お前の体に魔物的な性質はないと断言する。その石化能力も一代限りのものとなるだろう」
この私セルフィスに、石化能力を除くと、魔物としての要素はない。
メドゥーサは私を励ますために言ってくれたのだろう。
しかし、私の口からはするりとこんな言葉が出た。
「そうなんですか、ちょっと残念ですね」
「残念……?」
私の返事にメドゥーサは目を丸くしている。
「少し前までの私ならばいざ知らず、今の私は石化能力を好きになっています。ですから、むしろ魔物なところがあった方が嬉しかったんですけど……」
メドゥーサが歯を見せて笑う。
「そういうことか。しかし、お前の肉体に魔物の要素こそないが、私の能力と志を受け継いでくれている。お前ならば必ずや私以上の石化使いとなれるだろう」
「はい」
メドゥーサは目を細め、慈愛に満ちた面持ちとなる。
まだ時間はあるので、しばらく会話を交わした。
「私自身を石化することってできますか?」
「無理だ。たとえば自分に対し石化能力を行使したところで、自分が石化されることはない」
「一度やってみたかったんですけど、残念です」
「本当に変わっているな、お前は」
メドゥーサが笑うと、私も自然と笑みがこぼれた。
初めて会うのに、ここは夢の中なのに、ずっと前からの知り合いのように話は弾んだ。
やがて――
「……そろそろのようだ」
「ええ、私もなんとなく感じています」
「私とお前が会えるのは、これ一度きりだ。二度はない」
寂しくはあったが、驚きはなかった。なんとなくそんな予感がしていたからだ。
「しかし、案ずることはない」
柔らかな声だった。
「お前には頼もしい味方がいる。浅ましい悪などに敗北することはあり得ない。必ずやお前の望みは達成されるだろう」
頼もしい味方――そう、私にはレイゼム様、ミルフィ、私を信じてくれている家族、エデルワイト家の方々、領民の方々……大勢の味方がいる。
ウォーゲンやマリンダなんかに負けるはずがない。
「はいっ! ……ご先祖様!」
「フッ、“ご先祖様”と呼んでくれるか」
「ええ、あなたが拒否しても、そう呼ばせていただきます」
ぐにゃりと、急速に景色が乱れていく。
そろそろお別れの時間が来たのだと分かる。
「では、さらばだ。私の力を受け継ぐ子孫セルフィスよ。他の者たちにもよろしく」
「ご先祖様、あなたもどうか安らかに……」
最後の瞬間までご先祖メドゥーサは温かな眼差しを向けていてくれた。
想像よりずっと柔らかく、優しい人だった。
あなたに会えてよかった。
――私は夢から覚めた。小鳥の鳴き声が聞こえる。とても爽やかな目覚めだった。




