第25話 レイゼムの魔法訓練
日中、街でレイゼム様とお茶をしていた時のこと。
私はふと尋ねた。
「そういえば、魔法の訓練ってどんなことをするんです?」
レイゼム様は紅茶を飲みながらおもむろに言った。
「説明するのは簡単だけど、説明だけじゃもったいないかもしれないな」
そして、ニヤリと笑う。
「よかったら、訓練に付き合うかい?」
「よろしいんですか?」
「うん。それじゃさっそく本邸に行こうか」
「はい!」
馬車で本邸に向かう。
案内された部屋は神秘的な部屋だった。
薄い紫色のカーテンに囲まれて、防音性も高い。かなり派手なことをしても大丈夫だなという印象を受ける。
本邸のあまり使われていない一室を、レイゼム様の魔法訓練用の部屋に丸ごと作り変えたらしい。
さすが公爵家、スケールが違う。
魔法は侯爵家以上でないと習えないという決まりがあるけど、それはそのぐらいの格のある貴族でないと、満足に魔法を練習できる環境を用意できない、というのもあるのかもしれない。
「さて、訓練を始めようか」
いったい何をするんだろう。と思っていると、レイゼム様は座り込んでしまった。
「何をやっているんです?」
「瞑想」
「瞑想……!?」
「目を閉じて、精神を集中する……。実際には魔法を使うことなく、さまざまな魔法を使うイメージをする。要はイメージトレーニングだね」
レイゼム様は微動だにしない。ものすごい集中力だ。私にまでピリピリした緊張感が伝わってくる。
「私もお付き合いします」
「うん、二人でやろうか」
私も石化能力に気づいてからは、あらゆる方法で感情を抑えようとした。
最近はずいぶん感情をあらわにするようになったけど、あの頃の記憶は未だに鮮明に思い出せる。氷のように、石のように、冷たく固い心を持つことを目標にしていた。父から「笑顔がなくなったな」と言われたこともあった。独学だけど、瞑想のようなこともやっていたっけ……。
私も床に座って、ひたすらにじっと黙る。
心の中で色々なものを石化する。そして、戻す。
ただイメージするだけじゃダメ。なるべくリアルに想像しないと。
レイゼム様との訓練もあってか、私はかなり真に迫ったイメージトレーニングをすることができた。
音もなく、動きもない。あまりにも地味な訓練。だけど楽しい。
レイゼム様に声をかけられた時には、瞑想開始から一時間以上経っていた。
「すごいね。初めてやるにしては上出来、いやそれ以上だ」
「一人で静かにしているのは得意でしたから」
石化能力に目覚めて以来、家でも学校でも、私は一人でいることが多かった。あの日々がこうして訓練の役に立つことが嬉しく感じる。
すると、レイゼム様は突然妙なことを言い出した。
「セルフィス、僕を罵ってくれないか?」
「え?」
「そりゃ驚くよね。実はこれも訓練の一環なんだ。試しにやってみて欲しい」
「かまいませんけど……ええと、レイゼム様のバカ!」
戸惑ったけど、とりあえず言う通りにしてみる。
レイゼム様は黙って聞いている。
「アホ! マヌケ! ……ええと、貴族!」
「最後のは悪口かい?」
「すみません。あまり慣れていないもので……。でも、これってなにか意味があるんですか?」
「あるよ。魔法使いはどんな状況でも心を揺らさないようにしなければならないからね。どんな罵倒にも耐える訓練は、魔法訓練の正式カリキュラムにも取り入れられている」
「へえ……」
「昔の僕は先生に『マヌケ』だの『ヘタクソ』だの言われて、訓練だと分かってもイライラしてたよ」
日常の動作でさえ、苛立っている時には上手くできないことがある。魔法はそれ以上に繊細なのだろう。おそらくは石化能力も……。
ということは、ミルフィにいびられてたあの頃は決して無駄じゃなかったってことか。後で教えてあげよう。
「じゃあ、どんどんいきますね」
「いいとも」
「えーと、バカ」
「……」
「えーと、ドジ」
「……」
全く動じない。涼しい顔をして聞いている。私の悪口が下手というのもあるかもしれないけど。
だったら趣向を変えてみようか。
「かっこいいです、レイゼム様」
「……!」
明らかに動揺した。私は弱点を発見したと言わんばかりにほくそ笑んでしまう。
「いつも優しいですね、レイゼム様」
「……!」
「訓練している姿も様になっていますよ。うっとりしてしまいます」
「……!」
いちいち表情がピクリとなるのが面白い。
面白いので、何度も繰り返してしまった。
「ずいぶん心が揺れているように見えますけど」
「……褒められるのは想定外だったよ」
レイゼム様も自分が動揺したことを認める。
「でも、もし敵となる相手がレイゼム様を褒めてきて、心が揺れてしまったらまずいですよね?」
「君以外だったら大丈夫だと思うけど……」
「訓練は必要です。というわけで、今から思い切り褒めてあげますね」
「……参ったな」
私は思う存分レイゼム様を褒めちぎった。
「この間のデート、楽しかったです」
「罪人の塔から私を連れ出してくれてありがとうございます」
「レイゼム様の夢を見ると朝の目覚めがいいですよ」
レイゼム様が分かりやすく動揺し、顔を赤らめるのが可愛らしかった。彼のこんな表情を見るのは初めてかも。
「いやぁ、たっぷり訓練になったよ。僕もまだまだだということがよく分かった」
「ふふっ、嬉しいです」
「じゃあせっかくだし、本格的な魔法訓練も見せようか。念のためこのマントをつけておいて」
私は魔法耐性が上がるという黒いマントをつける。
ここからレイゼム様はさまざまな魔法を見せてくれた。火炎を出し、雷鳴を轟かせ、吹雪を放ち……。レイゼム様自身が小さな天変地異のようだ。
この間の虹も美しかったけど、レイゼム様が本気になったらそれこそ兵士何十人、いいえ何百人分もの力があるのだと感じた。
あの時、私がたまたま命を救った男の子が、今やこんなに立派になった。私はそのことを誇らしく思い、感動でつい目を細めた。
レイゼム様と別れ、別邸に戻った私は、ミルフィと魔法について話す。
「火や雷を自在に出せるなんてすごいなぁ」
「ええ、お見事だったわ」
ミルフィは自分の拳をじっと見る。
「私も拳に炎を纏えたら、もっと強くなれるかもしれないのに」
「自分も熱そうね、それ」
「確かに……」
二人で笑い合う。
「それにしても、お姉様も目覚めたのが“人を石にする力”でよかったよね」
「え、どうして?」
「だって相手を見ただけで燃やしたり凍らせたりする能力だったら大変だったよ!」
「それは言えるわね……」
そんな能力だったら、初めて石化した使用人は命さえ危なかっただろうし、他の石化してしまった人々も大怪我を負っていたかもしれない。
石化能力で本当によかった……。
私は会ったこともない、実在したかも定かではないご先祖メドゥーサに密かに感謝した。




