第24話 ミルフィーネの稽古
朝、ミルフィが武僧としての道着姿で出かけようとしている。
クリーム色のゆったりとした半袖シャツと、ズボンを履いている。腰には帯を締めている。
この姿だとミルフィが一段と凛々しく見える。
「どこに行くの?」
「レイゼム様のお屋敷にある訓練所! お願いしたら、稽古をつけてくださるらしいの!」
「レイゼム様がつけてくれるの?」
「まさか! お屋敷の護衛隊長の人だって!」
拳を握り締めるミルフィ。
それはそうよね。レイゼム様も殴ったり蹴ったりに関してはさすがに門外漢だろう。
「せっかくの機会だし、胸を貸してもらわないと!」
そういえば私はミルフィが実際戦う姿をほとんど見たことがない。
「私もついていっていい?」
「もちろん! もし予定がないのなら、誘おうと思ってたもの!」
「あまり無茶しないでね」
「うん、分かってる!」
私たちはエデルワイト家の本邸近くにある訓練場に到着した。
レンガの塀で囲まれ、芝生が生い茂っている。ところどころにトレーニング器具らしき物も見受けられる。貴族らしい華やかさはなく、物々しい雰囲気だ。ここで日々多くの男の人たちが訓練をしているのだろうと想像できる。
そこではレイゼム様ともう一人、筋骨隆々な男性が待っていた。
胸板はぶ厚く、着ているシャツとズボンがピチピチだ。
こんな強そうな人とミルフィが戦うの……?
一気に不安が押し寄せる。
「紹介するよ。エデルワイト家の護衛隊長ガルド・ライノスだ」
「はじめまして」
あちこちが太いガルドさんだけど、やはり声まで太かった。
ミルフィは恐れずに相対する。頼もしくなって……。
「ミルフィーネ・ルトゥーラです。よろしくお願いしますっ!」
レイゼム様が仕切る。
「じゃあさっそくだけど、模擬戦を始めよう。二人とも、前へ」
ミルフィとガルドさんが向き合う。
頭一つ分、いやそれ以上の身長差がある。
ハラハラする……。
怪我しないでね、ミルフィ……。
ミルフィが拳を構える。ガルドさんも構えを取る。
おそらくガルドさんは、ミルフィの実力を試すつもりだ。
レイゼム様が試合開始の合図をする。
ガルドさんはじっと動かず、ミルフィは足をトントンと動かしている。
「てやぁぁぁっ!」
ミルフィが走った。速い。一瞬でガルドさんの懐に飛び込んだ。
「はっ!」
ミルフィの拳がボディにヒット。
ガルドさんの表情が少し歪む。効いているんだ。
「むんっ!」
ガルドさんも拳を繰り出すも、ミルフィはそれを軽やかにかわす。もう一撃ボディに入れる。
ミルフィは勢いに乗って、次々拳をヒットさせる。
ガルドさんも大砲のような拳を放つんだけど、当たらない。
私は武術には詳しくないけど、ミルフィの一撃一撃はたとえるなら蜂の針。
的確な一撃を、フットワークとともにガルドさんの全身に叩き込んでいく。
すごい。素人目にもミルフィが押している……。
だけど、ガルドさんもさすがだ。そう簡単に体勢を崩さない。まさに難攻不落。
この鉄壁の要塞を、ミルフィもちょっと攻めあぐねてる。
攻防は続き、今度はミルフィがピンチになる。無理に攻めすぎて、隙ができてしまった。ガルドさんの剛腕が唸る。
――ミルフィ!
巨大な拳による一撃。これをミルフィは両腕をクロスさせ、きっちりガード。
しかも、この体重差なら吹き飛ばされそうなものなのに、微動だにしない。あの細い体のどこにあんな頑強さが詰まっているのやら。
今のこの子ならゲイルたちなんか百人いても簡単に片付けちゃいそう。
三分ぐらい経ったろうか。
ミルフィの動きがどんどん速くなっている。パワーは男性に劣るけど、的確に打撃を当てている。
ガルドさんはダウンこそしないものの、防戦一方で、ほとんど手を出せなくなっている。
「そこまで!」
レイゼム様が試合を止めた。
そうか、これは模擬戦だった。どちらかが倒れるまでやる趣旨ではない。
ミルフィは笑顔、いい汗をかいたという風情で、ガルドさんは息が上がっている。
レイゼム様がガルドさんをねぎらう。
「ガルド、お疲れ。いい試合だったよ」
「どうも……」
「ミルフィーネも素晴らしい戦いだった」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
ミルフィが駆け寄ってきた。
額にしたたっている汗が、ミルフィの魅力を格段に引き上げている。
「どうだった?」
「……ハラハラしちゃった」
私は素直に答える。
「あちゃ~、私もまだまだね。お姉様に心配かけちゃうなんて」
「というより、あなたが相手に大怪我させないかハラハラしたんだけど……」
ガルドさんがやってきた。山が動くような、のしのしといった感じの歩き方だ。
「ミルフィ嬢、私の完敗です。もっと続けていれば、あなたが勝っていたでしょう」
ガルドさんにも護衛隊長としてのプライドはあるでしょうに、あっさり認めた。
この人もまた、素晴らしい人だ。公爵家の護衛を任されるだけのことはある。
「いえいえ! ガルドさんのパンチ、痺れました!」
「ハハ、ビクともしないので驚きました」
「先生の言った通りにガードしたおかげですよ! だから吹き飛ばされずに済んだんです!」
格闘技のトークに花を咲かせ、最後には握手をする。
見比べると、ホントに大人と子供ぐらいの体格差があって、ミルフィはよく頑張ったと思う。
それからもミルフィはガルドさんと、さまざまな訓練をしていた。
お互いのフォームを確認したり、ガルドさんが大きなマットを持ち、ミルフィがそこに拳を打ち込んだり。
私もレイゼム様と一緒にそれを見学させてもらう。
「ミルフィーネもますます逞しくなったね」
「はい、私も負けていられませんね」
「なに、君だってずいぶん石化を使いこなせるようになったじゃないか」
「レイゼム様のおかげですよ」
魔法使いであるレイゼム様が体を張って練習台になってくれているから、私は石化能力を短期間で使いこなしつつある。
レイゼム様にはいくら感謝してもしきれない。
格闘技の訓練は二時間ほどで終わった。
私はミルフィと一緒に別邸に帰る。
「お疲れ、ミルフィ。どうだった?」
「すごくためになったよ! あとガルドさんは本業が護衛兵だから、本来の武器は剣みたい。いずれ剣を持ったガルドさんにも挑戦してみたいなぁ……」
「剣相手はさすがに怖いわね……」
苦笑いしたけど、ミルフィが立派になっていることは素直に嬉しい。
この子が貴族令嬢として返り咲くには、なんとしても私が名誉回復しなければならない。
感心ばかりしてないで、私も頑張らないと!




