第26話 石化令嬢は慕われる
晴れた日、私はお気に入りの白のドレス姿で、エデルワイト家のお膝元、ロディーシャの町を歩いていた。
大きな町で、その活気さは王都にも引けを取らない。
もちろん、ただ歩いているわけじゃない。
レイゼム様やそのお父上ロスダム様に言われた言葉。私はこの領内で、領民の信頼を得なければならない。それが叶えば、名誉回復する時大きな力になる。
といっても、自分から「私に危険はありません!」と吹聴するわけにはいかない。ますます警戒されてしまう。
結局のところ、普通にしているしかない。
私は散歩をしたり、買い物をしたりして過ごす。
周囲の目はさまざまだ。
私を貴族令嬢として敬うような目の人もいれば、やはり恐れている人もいる。
仕方ない。私は世間的には婚約者の父親を石化した罪人で、魔物メドゥーサの血と能力を受け継いだ女なんだ。
あからさまに私を非難したりしないだけ、ありがたい。本来なら「お前のせいでディロイアル家に狙われたらどうする」「レイゼム様を誘惑したんだろ」などと言われてもおかしくない立場なのに。それだけエデルワイト家の統治が堅調で、領民の気質も穏やかということなのだろう。
露店でビスケットを買う。
壮年ぐらいとおぼしき店主さんからこう言われる。
「あ、あの……セルフィス様」
「なんでしょう?」
「レイゼム様とは、その……お付き合いなされているのですか?」
私はふふっと笑いつつ答える。
「そういう関係ではありませんが、レイゼム様には非常によくしていただいております」
「そ、そうですか……」
店主が頭を下げる。
「あのー、私どもはレイゼム様を子供の頃からよく知っていまして、あの方はお優しく、本当にいい方です。ですので……よろしくお願いします」
「ええ、仲良くさせていただきます」
この壮年の店主からすれば、レイゼム様はどこか息子のような存在でもあるのだろう。
レイゼム様がこうして評価されていることを嬉しく思う。
通りの脇にあるベンチに座ってビスケットを頬張る。
サクサクしてて、とても美味しい。少し残してミルフィにも分けてあげようかな。
こうしてビスケットを食べながら、まったり街を眺めていると、ミルフィといる時、レイゼム様といる時とはまた違った種類の幸せを噛み締めることができる。
罪人の塔にいた時は、暗い部屋に閉じ込められ、食事は毎朝渡される水一杯とパン一個。ボロを着て、絶望と失望に身を焦がしながら、囚人生活を送っていた。
今、私がこうしていられるのも、我が身を省みず助けに来たミルフィと、私を想い駆けつけてくれたレイゼム様のおかげだ。
二人に報いるためにも、私は石化能力をマスターし、ウォーゲンとマリンダに自分の罪を思い知らせねばならない。
そんな決意をするように、私は咀嚼したビスケットを飲み込む。
さて、散歩を続けましょうか。
歩いていると、大きな木があった。
高さはだいたい三階建ての建物ぐらい。
その周囲で子供たちが遊んでいる。私の顔もほころんでしまう。
それにしても、やけに盛り上がっている。
なにかあったのだろうか。私は気になって、女の子に話しかけてみる。
「どうしたの?」
「この木、てっぺんまで登った子がいるの!」
「え……」
上を見ると、木の頂上に男の子がいる。
背丈からしてまだ十歳にも満たないだろうに、大したものだ。
だけど、ハラハラしちゃう。もし落ちたら、あの子は大怪我する。命を落とすことだってありえる。
お願いだからあまりはしゃがず、大人しく降りてと願うが、こういった願いが通じるとは限らないのは世の常だ。
「すげえぞー!」
「お前はヒーローだ!」
「かっこいいー!」
男の子はみんなに褒められ、囃し立てられ、ますますはしゃいでしまう。
それは起こるべくして起きた。
枝の上で飛び跳ねていた男の子が足を滑らせて、落下した。
誰かが悲鳴を上げるより早く、私は即断した。
(男の子を……石化する!)
落下している男の子を見て、石化させた。
男の子はそのままドスンと地上に落下した。
「キャーッ!」
「大丈夫か!?」
「落ちたぁ!」
子供たちが大騒ぎする中、私はゆっくり駆け寄る。
「大丈夫よ、石にしておいたから」
子供たちはますます驚く。
私は男の子の石化を解除した。怪我はしていないようだ。
「立てる?」
「う、うん……。お姉さんが助けてくれたの?」
「そうよ」
「ぼく、木から落ちた時、体がカチカチになる感覚になったけど、お姉さんが?」
「ええ、そうよ。私の力であなたを石化したの」
自分でも驚くほど自然と返事ができた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
私は男の子の頭を撫でて、その場を後にした。
石化が役に立った……。
私の心は人生でもあまり味わったことのない充足感に包まれていた。
通りを歩いていると、突然悲鳴が聞こえた。
「しっかりしろ!」
「うわ……こりゃひでえ」
「タオル巻け、タオル!」
行ってみると、どうやら大工さんたちだった。
作業の最中、ノコギリで腕に傷をつけてしまったらしい。動脈を切ってしまったのか、出血がひどい。
私が近づくと、何人かは私を知っているようだった。とはいえ、挨拶をしてる場合じゃない。
出血箇所を見ると、ちょっとやそっとの止血じゃ止まりそうにない。
だったら――
(傷口付近だけを……石化!)
大工さんの傷周辺だけが灰色に染まる。
部分的な石化。初めての試みだったけど、あっさりできてしまった。
「こ、これは……!?」
「傷のところだけ石化しました。ご安心ください。ちゃんと戻せますから。それより、このままレイゼム様のところに向かいましょう。あの人ならこの程度の傷はすぐ治せるはずです」
私は大工さんたちを連れて、エデルワイト家本邸を訪れた。
レイゼム様は快く応じてくれ、回復魔法で大工さんの傷を速やかに治してくれた。
「念のため、お医者にも寄って消毒や包帯などの処置をしてもらってくれ」
「は、はい! ありがとうございます……!」
全てが終わった後、レイゼム様に問われる。
「セルフィス、いつの間に“部分石化”なんてできるようになったんだ?」
「ついさっきです。思いつきでやってみようと思ったらできちゃったんです……」
レイゼム様は目を丸くする。
「君は、石化の天才なのかもしれないね」
「天才といっても、他に比べられる人がいませんけどね」
「それもそうだ。でも、もし太古のメドゥーサが今の君を見たら、喜んでいるかもしれない。『自分に並ぶ者が現れた』って」
「どうでしょうね。でも、もしそうだったら嬉しいです」
石化の力を使いこなせるようになればなるほど、メドゥーサがどんな人だったのか気になってしまう。
私は遥か昔いたとされるご先祖に思いを馳せた。
***
後日――
ミルフィからこんなことを言われた。
「お姉様、街を歩いてたら、セルフィスさんに助けられたとか、セルフィスさんと会いたいとか、やたら声をかけられたんだけど、なにかしたの?」
私は驚いた。この間のことは早くも噂話として広まっているらしい。
「えっ……ちょっとね」
「お姉様ったら、私を差し置いて人気者になっていくんだから……私を置いていかないでよね」
頬を膨らませるミルフィに、私は笑みを返す。
「ありがとう、ミルフィ」
「えへへ……」
少しずつではあるけど、私は領民からの信頼を勝ち取っていった。
同時に、石化の力は人々のために役立てることができる、と確信できたことは大きかった。




