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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第四章
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第4章 5話 行方不明のシェルパ

 七層へ続く階段は、濡れた岩肌に覆われていた。


 水滴が天井から落ち、足元で小さく弾ける。

 ダンジョンの空気は、層を下るごとに冷え、重くなる。


「……ここまで来るの、早ぇな」

 シャルルが低く呟く。


 ミリは、腰袋から羊皮紙の地図を広げた。

 複雑に枝分かれした通路と、層ごとの目印。


「十層までは、下に降りるまでの“確定マップ”があるから」

「寄り道しなければ、丸一日で着くわ」


「……便利だな」

 レンが感心すると、ミリは苦笑する。


「商人やシェルパにとっては命綱みたいなものよ」

「でも――」


 地図の下の方を指でなぞる。


「七層から先は、モンスターの量が変わる」

「油断しないで」


 その言葉を裏付けるように――

 岩陰が、ずるりと動いた。


「来るぞ」


 シャルルが低く告げる。

 黒い影が、床を這うように滑り出す。

 細長い胴体。

 ぬらりと光る鱗。


「ポイズンバイパーだ」


 グレンが前に出る。

 毒牙を剥いた蛇型魔物が跳ねるが、


 シャルルの斬撃が一閃。

 レンの《風刃》が追撃し、

 床に叩き落とされた。


「……連携、だいぶ良くなったの」

 ジキルが感心する。


 さらに奥。

 岩壁が軋み、石に擬態したロックイーターが姿を現す。


 ハルの《光陰の矢》が、岩の継ぎ目を貫き、

 グレンが叩き割る。


 六層までは、テンポよく進めた。

 ゴブリンの小集団、

 赤い体液を弾くレッドスライム、

 粘着質のイエロースライム、

 酸を帯びたブルースライム。


「色で性質違うの、地味に面倒だよね」

 レンが言うと、


 シャルルは鼻で笑った。

「慣れろ。ダンジョンは親切じゃねぇ」


 小休止。

 レンが手をかざすと、

 空間が揺らぎ、荷物が次々と取り出される。


「……それ、妖精の倉庫?」

 ミリの目が、きらりと光る。


「はい」

 レンが頷くと、


 ミリは深く溜め息をついた。


「商人もシェルパも、喉から手が出るスキルよ」

「補給も撤退も、段違いに楽になる」


「ビルトは持ってるけどね」

 ミリがぽつりと付け足す。


 七層に入ると、空気が変わった。


 足音が、妙に遠くまで反響する。

 壁の苔は黒ずみ、

 どこか湿った匂いが鼻につく。


 天井から、ばさりと影が落ちた。

 羽音。

 鋭い鳴き声。


「こうもり、右に4体!」

 シャルルが叫ぶ。

 洞窟棲みの吸血コウモリだ。


 続いて、足元を走る影。

 牙を剥くネズミ型魔物。


「くそ、確かに、量が多いな」

 シャルルが蹴り飛ばす。


 八層。

 戦闘の間隔が、明らかに短くなった。


 ゴブリンも、武装がましになっている。

 連携を崩せば、すぐに押し切られる危険域。


 九層に入った瞬間、

 空気が張りつめた。


「……ここからが、本番だな」

 シャルルの声が低くなる。


 通路の壁には、

 削れた跡。

 折れた矢。

 解除されたトラップのような跡。


「……ここにいるかな」

 ハルが呟く。


 さらに進むと、

 崩れた通路の先に、

 破れたロープと、

 使い古された杭が落ちていた。


「……ビルトの道具だ」

 ミリの声が、わずかに震える。


 静かすぎる。

 モンスターの気配が、逆にない。


 ――嫌な沈黙。

 レンは、無意識に剣を握り直した。


「……生きてるのか」

 誰かの小さな呟きが、闇に溶ける。


 だが、その先――

 かすかな音がした。


 石を踏む音。

 人の足音。


「……誰かいる」


 レンが囁いた瞬間――



 ――カツ。

 石を踏む音。


 モンスターのものではない、はっきりとした足取り。

 影が、岩陰から現れた。


 痩せた人影。

 ぼろ切れのようになった外套。


 背には大きな袋。

 肩からは、いくつもの素材袋が下がっている。


「……ビルト……?」

 ミリの声が、かすかに震えた。


 影は一瞬だけ立ち止まり、

 こちらを見て、目を瞬かせる。


 次の瞬間。


「……ミリ?」

「なんで、ここにいるの?」


「……は?」


 空気が、完全に止まった。

 レンの口が、ぽかんと開く。

 シャルルも、剣を構えたまま固まる。

 グレンですら、わずかに目を見開いていた。


「……生きてたのは、よかったです」


 レンが、ようやく絞り出す。


「あれ、こちらの方々は?」


 ビルトの問いかけに、ミリは言葉を探す。


 ミリの返答を待たずにビルトはきょとんとした顔で言った。

「ん?生きてて?」

「普通に潜ってただけだぞ?」


「……普通に?」

 ミリの声が低くなる。


「依頼は?」

「一緒に入った依頼主はどうしたの?」


「え?」

 ビルトは、ぽかんとした顔のまま首を傾げる。


「……いないよ?」

 沈黙。


「……は?」

 シャルルが間の抜けた声を出す。


「直前にキャンセル食らったんだよ」

 ビルトは、悪びれもせず言う。


「急用ができたとかでさ」

「しかも人伝だぜ?」


「キャンセル料も取れなかったよ」


「それで、せっかく来たし暇になったから」

「素材、集めてた」


「…………は?」

 ミリの額に、うっすらと青筋が浮かぶ。


「五日も、連絡なしで?」


「食料が4人の、2日分だぜ?」

「もったいねーじゃん」


「それに――」

 ビルトは、背負った袋を軽く叩く。


「ほら」

「結構、良い素材、集まったぞ」


 袋の口から、

 淡く光る鉱石や、魔物の牙が覗いた。


「……で?」

 ミリの声が、さらに低くなる。


「なんで、九層なんかにいるのよ」

「いやぁ」

 ビルトは、少しだけ目を逸らした。


「九層覗いたらさ、」

「モンスターが少なくてさ」

「ここのが良い素材多いんだよ」


「ラッキーと思って……」

 レンは、言葉を失った。


「……要するに」

 シャルルが、頭を押さえる。


「別に何の問題もない訳だな」


「まあ……そうなるな」


「で、こちらの方々は?」


 ミリの拳が、ぎゅっと握られる。


「……五日間」

「……私がどれだけ心配したか」


「え?」

「そんなに?」


 次の瞬間。

 ごつん。


「いったぁ!?」

 ビルトの額に、ミリの拳が落ちた。


「バカ!!」

 ダンジョンに、怒鳴り声が反響する。


「シェルパ仲間も総出で探してたし!」

「依頼人も行方不明扱い!」


「私だって――」


 言葉の途中で、ぐっと堪える。


「……とにかく」

「無事だったなら、それでいいけど……」


「次は、ちゃんと報告してから潜りなさい」


 ビルトは、額を押さえながら苦笑した。

「……悪かった」


 その光景を、

 レンたちは呆然と見つめていた。


「……ホラー展開かと思った」

 ハルが、へなっと座り込む。


「ミステリどころか、ただの職業欲だったな」

 シャルルが呆れたように言う。


 グレンは、真面目な顔で頷く。

「……無事で、何よりです」


 ルゥが、ほっと息を吐く。

「……よかったぁ」


 ダンジョンの闇は、

 先ほどまでの不気味さが嘘のように、

 ただの“鉱石と魔物の巣”に見えた。


 だが――

 帰るまでが探索だ。

 レンは、気を引き締めるように剣を握り直す。


「……帰り道も、気を抜かずに行きましょう」

 ミリは、苦笑して頷いた。


「まったく……世話が焼ける」


「で、この人達は誰なんだ?」

「うるさい」


 こうして、

 行方不明事件は、

 “欲張ったシェルパの自己責任”という


 拍子抜けの結末を迎えたのだった。

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