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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第四章
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第4章 1話 朝の光はまだ低く

 事件から二日後、孤児院の庭に、やわらかな朝の光が差し込んでいた。


 二日目前の混乱を思わせるような大きな破壊は、ほとんど残っていない。

 だが、よく目を凝らせば、石壁の一部に走った細かな傷や、踏み荒らされた土の跡が、 

 静かに“あった出来事”を語っていた。


 すべてが元に戻ったわけではない。

 

 年嵩のシスターが、一行の前に進み出て、深く頭を下げた。


「……改めて、お礼を申し上げます」

「皆さんが来てくださらなければ……」


 言葉の途中で、セリルが、そっと肩に手を置いた。


「……私からも、お礼を言わせてください。」


 シスターは一度、大きく息を吸い、ゆっくりと顔を上げる。


「……ええ。本当に……ありがとうございました」


 ジキルは視線を巡らせ、壁の傷跡や、床に残るわずかな焦げを見つめた。


 それから、ルゥへと視線を移す。


「……ルゥ。昨夜、教えてくれた話を」


 ルゥは小さく尻尾を揺らし、頷いた。


「《盗み聞き》で……少しだけ聞こえたの」


 皆の視線が集まる中、言葉を選ぶ。


「……低い男の声。名前は“ノクス”って呼ばれてた」

「それから……仮面の人――クロウは、敬語だった」


 レンが、無言で息を呑む。

 シャルルは視線を細め、低く言った。


「……黒幕、か」


 ジキルが続ける。


「おそらくその男が、闇ギルドの“頭”じゃな」

「オウルもモスも、駒に過ぎん」


 空気が、わずかに重く沈む。

 ルゥは、もうひとつだけ言い添えた。


「……“悪魔の系譜の力を、必ず我が手に”って」


 誰も、口を挟まなかった。


 セリルは、シスターと視線を交わした。


「……昨晩、シスターと、話し合いました」


 言葉は静かだが、決意が滲んでいる。


「闇ギルドに狙われているのなら、このまま孤児院に留まるのは……」


 一瞬、言葉を探し、続ける。


「……こどもたちを、危険に晒すことになります」


 中庭の端で遊ぶ子どもたちの声が、かすかに聞こえた。

 その笑い声が、かえって胸に刺さる。


「……ですから」

 セリルは、一行へと向き直る。


「一緒に、行かせていただけませんか」


 ジキルは、しばらく沈黙したまま、セリルを見つめた。


「孤児院にとっては……それが、一番よかろう」


 そして、現実的な声で続ける。

「騎士団と冒険者ギルドには、見回りを頼んでおく」


 言葉を区切り、視線をまっすぐに向けた。


「ただし――お前の身は、こちらの旅の方が、よほど危険じゃ」


 脅しでも、拒絶でもない。

 ただの事実だった。

 セリルは、静かに声の方を向く。

 はっきりと”こちらの方が危険”だと言われた意味を探っているようだった。


 沈黙。

 そのとき、ハルが一歩前に出た。


「……私、神託の巫女なんです」


 場に、緊張が走る。

 続いて、レンも言葉を継ぐ。


「……俺は、ハルと勇者の契約をしています」

「それから……、もともとこの世界の人間ではありません」


 セリルに過去の事情を話した。


「……やっぱり、そうでしたか」


 驚きよりも、納得に近い声音。


「グレンから“勇者を探している”って話は聞いていたので……」

「もしかしたら、とは思っていました」


 ジキルは、二人の言葉を受けて、静かに言った。


「わしらの目的は――悪魔を討つことじゃ」


 その言葉を聞いたとき、セリルの胸に、ようやく繋がるものが生まれた。


 自分の“力”。

 そして、なぜ自分だけが生かされているのかという疑問。


「……私も」


 セリルは、言葉を選びながら続ける。


「あの悪魔が」

「なぜ私だけ生かしたのか……なぜ、この力を与えたのか」


「……それを、知りたいと思っています」


 視線を上げる。

「……だから、一緒に行かせてください」


「もともと、”危険”から身を遠ざけて」

「生きていけるとは、思っていません」


 グレンは、言葉を探すように一瞬だけ視線を落とし

 ――それから、ほんのわずかに口元を緩めた。


 一瞬、笑みが零れ、

 すぐに、その表情を隠す。


「……共に進めるなら、心強い」


 シャルルが、肩をすくめて受ける。


「堅物さん、顔に出てるぞ」


 どこか温度のある言い方だった。

 グレンは焦ったように、鋼鉄の腕で顔を隠す。


「よろしくお願いします」

 レン、ハル、ルゥが順に頭を下げる。


 セリルは改めて一歩前に出た。


「セリルと申します」


「このとおり、目は見えませんが」

「魔道具のおかげで、特に支障はありません」

 目に巻かれた布を触りながら言う。


「それから」

「《魔道》と《騎士》の系譜を持っています」


 そして、ほんの一拍だけ間を置く。


「……悪魔の《強欲》の系譜も、です」


 その事実は、すでに全員が知っている。

 それでも、セリル自身が口にしたことに、意味があった。

 誰も目を逸らさなかった。


 ただ、覚悟の色が、少しだけ濃くなった気がした。


 午後。

 孤児院では、小さなお別れの時間が設けられた。


 豪華なものではない。

 温いスープと、焼き菓子が少し。


 それでも、子どもたちは笑っていた。


 ユーノが、グレンの前に立つ。


「おーくのおじちゃん……セリル姉ちゃん、守ってね」

「ぼくも、強くなって……孤児院、守るから」


 グレンは、目線を合わせるようにしゃがみ込み、頷いた。


「……約束します」

「あなたが強くなるまで……私は、先に歩いています」


 ユーノは、胸を張って頷いた。


 翌朝。

 出立の準備を整えながら、ジキルがふと思い出したように口を開く。


「……そういえば」


 荷袋から、古い装丁のグリモアを二冊、取り出す。


「あやつらのアジトで回収した書だ」

「神官系の系譜に関わるスキルが記されておった」


 ハルが、ぱっと顔を上げる。

「……ちょうどよかった」


「ほんとうだな」

「おまえ最近、“縛って”ばっかだったからな」


 笑いながら言うシャルルの言葉に、ハルは睨む視線で返した。


「《光陰の矢》と、《浄罪》じゃ」


 レンが目を輝かせて聞く。

「どんなスキルなんですか?」


「神官系では珍しい、攻撃系のスキルと、」

「もう一つは、対アンデットのスキルじゃな」


 ジキルが返す。


 ハルは、小さく息を整えた。

「……もっと、強くならないと」


 シャルルが口を挟む。

「ていうか、セリル。お前、神官じゃないんだな」


 セリルは苦笑する。


「……騎士の系譜の力で、神官の代用してました」

「真似事をしていただけで……本職ではありません」


「ほー【騎士】ねぇ」

「グレンと一緒だな」


「騎士の系譜の男女は、相性が良いらしいぜ?」

 そう言ってシャルルは、にやにやしながらグレンを見る。


 グレンは顔を逸らしながらも、


「どんな“系譜”だとしても」

「セリルはセリルですから」


 少し照れながら言う。


 ハルとルゥがキャーキャーと楽しそうに声を上げる。

 セリルは、グレンを見て、


「……ありがと」

 と、そう言った。


 軽く咳払いをして、ジキルは話を締める。


「まずは賢者の石で底上げじゃ」

「生き延びる準備を整えてから、次へ向かう」


 孤児院の門が、ゆっくりと閉じる。

 見送る視線の重みを背に受けながら、

 一行は、次の夜へ向けて歩き出した

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