第3章 27話 孤児院の朝は、
剣閃が、闇を裂いた。
「終わりだ。オウル――」
グレンの声と同時に、
《起死回生》の一撃が振り抜かれる。
剣は、正確に――
急所を捉えた。
「……く、そ……」
血を吐きながら、
オウルは、ゆっくりと崩れ落ちる。
影は、床から消え、
地下空洞は、静寂に包まれた。
――終わった。
張りつめていた空気が、
ふっと、ほどける。
グレンは、その場に膝をついた。
「……っ」
全身から、力が抜ける。
すぐに、
セリルが駆け寄った。
「グレン……!」
その膝元に座り込み、
杖を握りしめる。
「……《癒しの光》」
淡い光が、
鎧の継ぎ目へと染み込み、
砕けかけていたヴェールが、ゆっくりと修復されていく。
グレンは、荒い息のまま、
問いかけた。
「……こどもたちは……?」
セリルは、ほっと息を吐き、頷く。
「冒険者ギルドに預けてきました」
「もう……安全です」
その言葉に、
グレンの肩から、力が抜けた。
「……良かった」
光が消える頃、
ヴェールは、はっきりと形を取り戻していた。
グレンは、ゆっくりと立ち上がる。
「……もう、大丈夫です」
そのとき――
地下へ続く階段から、足音が響いた。
「また、すべて終わっておったか」
低い声。
現れたのは、ジキルだった。
空洞を見回し、
倒れた部下たちと、黒く焦げた床を見て、
鼻で笑う。
「おぬしに出会った時と、同じじゃな」
その言葉に、
グレンの脳裏に、ひとつの光景がよぎる。
セルトゥールに向かう街道。
モンスターに襲われていた商隊。
「あの時と同じで」
「あなたが早く来てくれていたら」
「簡単に終わっていたでしょうね」
グレンが笑って言う。
「おぬしじゃから」
「“守れた”んじゃよ」
ジキルもにっこりと笑って、そう言った。
*
少し遡った、孤児院。
瓦礫の間で、
レンとシャルル、ルゥ、ハルは、息を整えていた。
クロウは、剣先で距離を取りながら、
胸元の魔道具に指を当てる。
淡い光。
レンたちには聞こえないほど低く、
男の声が、クロウの耳にだけ届いた。
「……ノクス様、いかようで?」
『……オウルとモスがやられた』
クロウは、わずかに目を細める。
「……そうでしたか」
「ふふっ、足止めは無意味でしたね」
『……作戦は失敗だ。戻れ』
「ええ、そうしましょう」
通信が切れる。
クロウは、ゆっくりと顔を上げた。
「……残念だが、今日はここまでだ」
「待て――!」
だが、レンが腕を伸ばして止める。
クロウは、ちらりと孤児院の方角を見る。
「オークが……子どもを助けたそうだぞ」
「行った方がいいんじゃないか?」
その言葉だけを残し、
クロウは、闇へと溶けるように姿を消した。
しばらくして、
ルゥがぽつりと呟く。
「……さっきの声」
「少しだけ、拾えた……」
不穏な名。
「……ノクス」
その名は、
まだ見ぬ“敵”の気配として、
レンの胸に残った。
*
暗い部屋。
高い椅子に、ひとつの影が腰かけている。
宙に浮かぶ映像には、
地下空洞の最期の光景。
「……駒が、二つ失われたか」
側近が、愉快そうに肩をすくめる。
「惜しい人材を亡くしましたねぇ」
低い声が、静かに響く。
「自分の思い通りに進んでいる時は良かったが」
「……後半は、期待外れだ」
「これは、手厳しい」
ノクスは、指先で映像を消した。
「“悪魔の系譜”は――」
「必ず、我が手に」
側近は、深く頭を下げる。
「……お心のままに」
*
夜が明ける。
孤児院に、朝の光が差し込む。
少し離れた場所から、
グレンは、孤児院の庭を見つめていた。
朝の光の中で、
子どもたちが走り回っている。
転びそうになって、笑って、
また追いかけっこを始める。
――もう、怯えた様子はない。
それを見ているだけで、
胸の奥が、静かにほどけていく。
その視線に、
セリルが気づいた。
「あ、グレン」
「何してるの、早くっ!」
そっと、
グレンの手を引く。
「え……?」
引かれるまま、
庭へと足を踏み出した、その瞬間。
子どもたちが、
ふっと動きを止めた。
――鎧の巨体。
一瞬だけ、
空気が、ぴしりと張る。
(……いや、助けられた)
(……それだけで十分だ)
グレンは、口を開こうとした
「みなさん、無事で――」
「……よろいのおじちゃんだ!」
ユーノの声だった。
弾むような声。
他の子どもも集まる。
グレンは、目を見開いた。
「……っ」
兜を被ったまま、膝をついた。
「みなさん、ご無事で何より……です」
セリルが、くすりと笑う。
「どうせ、まだ兜を被ってるんでしょう?」
「……もう、取ってもいいんじゃない?」
その言葉に、
子どもたちの視線が、いっせいに集まる。
期待と好奇心の混じった目。
グレンは、
ほんの一瞬だけ、躊躇して――
恐る恐る、
兜に手をかけた。
ゆっくりと。
静かに。
金属が外れ、
朝の光に、オークの顔が晒される。
一拍の沈黙。
「……おーくの、おじちゃんだ!」
その声に、
場の空気が、一気に緩む。
「牙、かっこいいね!」
「敵のぼす、倒したんでしょ?」
「つよいんだね!」
次々と、
無邪気な声が飛んでくる。
グレンは、言葉を失ったまま、
しばらく瞬きを繰り返す。
セリルが、肩越しに微笑んだ。
「……ね?」
「大丈夫でしょ?」
グレンは、ゆっくりと頷く。
「……ああ」
「……そうだな」
ユーノが、胸を張る。
「ぼくも!」
「おーくのおじちゃんみたいに強くなって!」
「正義のヒーローになるんだ!」
グレンは、思わず笑った。
ほんの少し、照れたように。
「……そうですね」
「ユーノなら、なれますよ」
子どもたちは、
満足したように頷き合い、
また庭へと駆け出していく。
「出たな、悪者め!」
「ぼくはおーくだ!」
「つよいんだぞ!」
そんな声が、
朝の空気に混じって、弾んでいた。
グレンは、その背中を見つめながら、
ぽつりと零す。
「……一番、見た目に拘っていたのは」
「……私でしたね」
セリルは、やさしく微笑んだ。
「……ええ」
少し離れた場所で、
レンが、ほっと息をつく。
「……良かったな」
ハルも、小さく頷く。
「……うん」
ジキルとシャルルは、
言葉もなく、静かに目を細めていた。
一方――
「ううっ……よかった……よかったよぉ……!」
シリィが号泣している。
「泣きすぎ……」
ルゥが、呆れつつも頭を撫でる。
グレンは、兜を手に持って――にっこりと笑っている。
朝日は、まだ低い。
それでも、確かに世界を照らしていた。
夜が終わったことを、
教えてくれているかのように。




