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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 25話 化け物だったからこそ

 オウルの合図と同時に、部下たちが一斉に間合いを詰めた。

 刃の反射が、地下空洞にぎらつく。


 ――だが。

 グレンは、動じなかった。


 一歩、踏み出す。

 それだけで、床石が軋む。


 鎧の重みが、地面へと沈み込み、

 “そこに立つ”という行為そのものが、圧力になる。


 最初に飛び込んできた男の刃を、

 剣ではなく、盾でもなく――

 鎧の前腕で受け止めた。


 甲高い音。

 衝撃が、金属越しに響く。


「――軽い」


 低く呟き、

 掴む。


 男の手首を、握り潰すように掴み、

 そのまま身体ごと振り回した。


 次の瞬間、

 男の身体が、別の部下へと叩きつけられる。


 鈍い音。

 二人まとめて、壁へと吹き飛んだ。

 別の一人が、背後から斬りかかる。


 だが、グレンは振り向かない。

 肘を、後ろへ打ち出す。

 鎧越しの一撃が、鳩尾にめり込む。


「……っ!!」


 男は、声も出せずに崩れ落ちた。


 さらに二人。

 左右から同時に間合いへ入る。

 グレンは、半歩だけ前へ。


 狭めた距離の中で、剣を横薙ぎに振るった。


 ――叩き斬る、ではない。

 叩き潰す、という軌道。


 剣の腹が、二人まとめて薙ぎ倒す。

 床を転がる身体。

 立ち上がれない。


 地下空洞に、重たい沈黙が落ちる。

 オウルは、その光景を見て、

 わずかに目を細めた。


「……なるほど」

「噂以上だな」


 グレンは、剣を下げたまま、

 オウルを真っ直ぐに見据える。


「……次は、あなたですか」


 オウルは、肩をすくめる。

 その余裕の仮面が、ほんの一瞬だけ剥がれる。


「……何を隠れている」


 影の奥。

 そこに、モスの気配があった。

 モスは、一瞬だけ息を詰める。


 そして、諦めたように前へ出た。

「……戦闘は専門外ですので」


 オウルは、淡々と言う。

「少しでいい。時間を稼げ」

「その後は、隠れていて構わん」


 モスは、ぎこちなく一歩を踏み出した。

 一瞬だけ、グレンへと駆ける。


 剣を振るう――というより、

 “触れにいく”ような、半端な踏み込み。


 グレンは、迷わない。

 刃を受け流し、

 鎧の肩で押し返す。


 軽い衝撃。

 モスの身体が、よろめく。


 次の瞬間――


 オウルが何か呟くと、足元から、

 “影”が滲み出した。


 それは、ただの影ではなかった。

 床の隙間から滲み、

 生き物のように這い、

 黒い羽根の筋のような模様を描きながら、

 一気に広がっていく。


 グレンとモスの足元へ――

 絡みつくように、影が走る。


 床一面に、

 梟の羽根を思わせる幾何学の陣が展開された。


 闇で描かれた魔法陣。

 羽ばたく羽根の影が、

 円環を描くように重なっていく。


「――遅い」


 オウルの声は、静かだった。

 まるで、夜に囁く独り言のように。


 次の瞬間。

 黒い衝撃が、

 地面を這うように奔った。

 “影”そのものが爆ぜる。


 床から噴き上がる闇。

 羽音のようなざわめき。

 梟が一斉に飛び立つ錯覚。


 モスとグレンを、

 まとめて飲み込む範囲攻撃。


「――っ!」


 重い衝撃が、鎧を叩きつける。

 視界が、一瞬だけ暗転する。


 黒い衝撃に呑まれながら、

 モスの身体が、投げ捨てられるように弾き飛ばされた。


 床に転がる影。


 モスは、床に伏したまま、わずかに動いた。


「オウル……貴様……」

「……仲間……では……なかった……のか……」


 オウルの声が、淡々と響いた。


「ネタが知れた手品しか使えんやつは」

「……もう要らない」


 オウルは、一瞥すらくれない。


 その代償は――

 グレンにも、確実に届いていた。


 鎧の継ぎ目に走る、鈍い痛み。

 衝撃が、骨の奥にまで染み込む。


 グレンは、片膝をつく。


 ――“巻き添え”ではない。

 最初から、まとめて撃つつもりだった。


 オウルは、楽しげに肩をすくめた。


「ほら」

「仲間は守るものではありません」

 愉しむように、囁く。


「こうやって――」

「――使うものなのですよ」


 衝撃が、遅れて身体を追い抜いた。

 鎧の内側で、骨が軋む。


 呼吸をしようとした瞬間、

 肺の奥に、熱を帯びた痛みが走った。


 ――息が、うまく入らない。


 片膝をついたまま、

 グレンは、わずかに俯く。

 視界の端で、

 転がるモスの影が、かすかに動いた。


 だが、もう――

 こちらを見ていない。


 守れなかった。

 そう、思った瞬間、

 胸の奥が、じくりと痛んだ。


 ――違う。

 守るべきは、あいつじゃない。

 分かっている。


 分かっているのに、

 “切り捨てられた命”を目にすると、

 どうしても、心がざわつく。


 オウルの言葉が、脳裏に残る。


 ――正義のヒーロー。

 ――化け物退治。

 子どもたちの怯えた目。


 兜を外された時の、あの沈黙。


 (……見られたくなかった)


 心のどこかで、

 そう思っていた自分が、まだいる。


 ――化け物だと、思われるのが怖かった。

 剣を握る指が、わずかに震える。


 視界の向こうに、

 階段が見えた。


 ――もう、子どもたちはいない。


 外へ行った。

 無事に逃げた。


 あの小さな背中。

 振り返って叫んだ声。


 ――がんばって。

 ――まけるな。


 守れた。

 今回は――守れた。

 

 グレンは、ゆっくりと息を吸い直す。

 痛みで、肺が軋む。


 それでも、

 深く、深く。


 ――私は、守ると決めた。


 誰にどう思われてもいい。

 化け物と呼ばれても構わない。


 “化け物だったからこそ、守れたもの”がある。


 グレンは、

 片膝をついたまま、剣を突き立てる。


 それを支えに、

 ゆっくりと、立ち上がった。


 血が、鎧の内側を伝う。

 痛みが、視界を滲ませる。


 それでも。

 目は、オウルから逸らさない。


「……次は、私の番だ」

 化け物と呼ばれたオークは、そう言った。

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